にゃんこを探して、何とやらーー?。
(来たぞ、待ちに待った依頼人が!!)
白志は来訪者の入室に備え、ティーカップを片手に身構える。
そして数秒後、三十代くらいの女性がやや緊張した面持ちで、おっかなびっくりといった雰囲気を漂わせながら、ドアの隙間から顔を覗かせた。
服装の感じからして、独身女性ではなかろう。
白志は今まで多数見てきた依頼者の観察経験から、そう判断しつつ未だ言葉を発しない女性に向けて、問いかける。
「海道白志探偵事務所へ、ようこそ!
何か、お困りでございますか?」
「え、あ....はい。
あの....此方、動物の捜索とかも引き受けてくださるとの噂を聞いたので、その....。」
(動物......?
成る程、成る程、きっと猫が逃げたとか、そんな所か。)
過去の経験から、白志は状況の予測を始めた。
白志の今までの経験からして、ペット探しの相場は安く見積もっても一日約七万円程度。
迷いペット探しの料金侮り難しである。
しかし、手慣れた方々のマニュアルや伝手など皆無な白志は、ポスターも自作のコピーを使用し捜索もほぼ一人の為、捜索料金は相場を大きく割る格安料金で請け負っていた。
何故、相場を下回る料金で請け負っているのかといえば、単純に客が来ないからである。
それらを請け負う理由としては本業の迷い動物探しの方々から、溢れ落ちた仕事にありつけるといった苦肉の策的な部分があるのだが....。
もう一つ、格安で迷いペット探しを請け負っているのには理由があった。
その理由とは依頼者に少なからず、喜んでもらえるからである。
迷いペット捜索は手間も費用もかかる為、どうしても飼い主は途中で捜索を断念するのが殆どだった。
その点を考慮して、白志は暇な時には【大半、暇なのだが....。】迷いペット探しを率先して請け負っていたのである。
しかし、迷いペット探しは決して、良いことばかりではない。
何故なら幾ら頑張って探しても、既に手遅れといったケースも多々あるからである。
その結果、見ることになる依頼者の悲しみに暮れる姿は、白志にとって、とても嫌な状況に他ならなかった。
だが....。
例え、そんな結果に陥ろうとも今は状況を選んでなどいられまい。
何せ、生活はギリギリ。
切迫した状況にあるのだから....。
「ふむ、かなりお困りの御様子ですね。
私で良ければ、力になりましょう。」
白志はギラギラした瞳を依頼人に向けながら、紳士的な口調で言った。
それは飢えた野性動物さながらの圧力を秘めた瞳であったが依頼人の女性は、その威圧感に気付いていないのか、白志に向けて口を開く。
「本当ですか、ありがとうございます!
実はうちのタマが逃げてしまったんです。」
(タマねぇ......タマって言ったら、やっぱり猫だよな?)
白志はとあるアニメに出てくる白い毛並みの猫を、想像しつつ依頼人へと問いかける。
「因みに写真などはお持ちですか?」
「はい、ここにーー。」
依頼人である女性はスマートフォンに保存されていた画像を、白志へと見せた。
「えー、どれどれ....?」
しかしーー。
(ちょ....ちょっと待て、これ猫じゃないじゃん!!?
これって、まさか....。)
白志は信じられないモノを見たかの如き面持ちで、依頼人に尋ねる。
当然だ、それは何処をどう見ても猫ではなく、熊だったからだ。
「えーと・・・・・私の見間違いでなければ、これは猫ではありませんよね?」
「はい、確かに猫ではありません。」
「そう....ですか。
あの一応確認なのですが、私の目にはタマちゃんが熊のように見えるのですが、気のせいですよね?」
白志は腫れ物に触るかのように、依頼人に向けて問いかける。
だが、その直後、予想の斜め上を行く事実が白志に向けて告げられた。
「熊のように見えますが、実はタマは猫熊なのです?」
「へっ....?
何ですか、猫熊って?
聞いたこと無いんですが??」
(猫熊って何じゃらほい!??)
白志は幾度となく頭上に、クエスチョンマークを浮かべながら依頼者の答えを待つ。
「猫熊は猫の遺伝子を備えた新種の動物です。」
「新種の動物??
えっ....て事は、やっぱり熊って事ですよね?」
白志は首を傾げながら、依頼者に向けて問いかけた。
しかし、依頼者は首を横に振りながら白志へと告げる。
「いえ、猫熊は最初から存在していた動物ではないので、猫でも熊でもありませんし、また猫でありながら熊であるとも言えます。」
(猫でも熊でもある....うん??
あれ....それって結局、熊なんじゃね??)
白志は思わず首を傾げながら、依頼人の顔を覗き込む。
しかし、その直後、白志は必然にして至極当然の重大事項を、確認し忘れている事に不意に気付く。
(あっ......そう言えば、状況があまりにも奇抜だったから、その事に気を取られてお客さんの名前を聞くの忘れてた!?)
それは、やってはいけない類いの凡ミスであった。
しかし、白志は三流といえど探偵歴十年のベテランである。
当たり障りの無い形で、そつなく聞き出す術の一つや二つ、持ち合わせていた。
「さて....タマちゃんの事はさぞかし御心配でしょうが、先ず仕事の話の前にエレガントなお客様の素性をお聞かせ頂けませんか?」
白志は自然な流れで、顧客情報を聞き出しにかかる。
そして、白志の丸みのある巧みなる話術は見事に功を奏した。
「あっ....ごめんなさい。
申し遅れました....私、獅子川霞【ししかわ かすみ】と申します。
どうぞ宜しくお願い致します。」
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します。
てっ、うん......獅子川さん??」
白志は何か聞き覚えのある姓を耳にし、思わず首を傾げる?
(あれっ......?
獅子川ってあの獅子川じゃないよな??
いやいや、まさかまさか、あの獅子川ならこんな三流探偵の俺の所に依頼なんてしにくる訳ないじゃないか。)
だが、どう納得しようとした所で一度、気になり始めた事を簡単に有り得ないなどと、切り捨てられる程、白志は人間出来てはいなかった。
故にーー。
「あの~一応、確認なんですけど......。
あっ、いや、まぁ、何というか変な事を聞きますけど、獅子川さんはあの獅子川グループの関係者だったりします?」
「はい、会長の獅子川宿理【ししかわ やどり】は私の夫になりますが....?」
「あ~会長が夫って、旦那さんって事ですか........。
って、はい!???!」
(ちょ....ちょっと待ってよ、冗談はよしこさん!??
てことは、本当に獅子川グループの....??
)
白志はあまりの緊張感で、額から浮き出た汗をハンカチで拭いながら、可能な限り平常を装いながら口を開く。
状況はどうあれ、依頼人に動揺している事実を悟られる訳にはいかない。
何故なら、それは相手に頼りないとの印象を与えてしまうからである。
だが、事が事だけに演技にそれなりの自信を有する白志だが正直、今回は誤魔化しきれているかどうか、はだはだ疑問だった。
迷探偵・海道白志事件簿【かいどうはくしじけんぼ】 キャラ&シイ @kyaragon
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