皇帝

深川夏眠

皇帝

 猫雷ネコライは路傍で保護された白猫である。譲渡会で一目惚れした日は遠雷が轟いていたので名前に「雷」の字を与えた。

 我々の会話に耳を傾けては度々「浅慮せんりょ」と呟くように聞こえるので、人語を解する化け猫かと、半ば冗談でタブレットを差し出すと、タッチキーボードにと肉球を押し当てて来歴を綴った。ところどころ誤字・脱字・衍字、はたまた無意味なスペースが存在するのはご愛敬。

 要約すると、彼は遠い昔、北の都で生まれたが、ゆえあって来日し、暗殺されかかって一命を取り止めたのち、不老長生を悟り、頃合いを見計らっては住処すみかを離れ、澄まし顔で生活のリセットを繰り返してきたそうな。


「お父上の名は?」

 > 浅慮。


「失敬。ご家族は?」

 > 一般には皆殺しにされたと思われていようが、実は銘々、息災である。


 猫雷は、とあるページを開いて、モニタに表示された画像をした。ネコ……もとい、ニコラシカと呼ばれる面妖なカクテルだ。

「私は下戸げこですが、来客用に酒を常備しているので、お作りしましょう」


 人間の姿で、並外れて長命で、外見もある年頃から変化しないのは相当に不便である。飲めない私は今夜も生餌いきえを探さねばならない。ブランデーを満たしたグラスに載せたレモンの輪切り、その上に置いた砂糖の塊をペロペロ舐めてご満悦の猫雷を横目に見ながら、身支度を整えた。



                 【了】



◆ 初出:パブー(2018年3月)退会済


⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/BDVUFe4a

*縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』にて無料でお読みいただけます。

https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

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皇帝 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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