第10話

 20人程の声優志望者がカラオケに入る。持ち込み自由なので各々が買ってきた飲み物や食べ物を机に並べる。パーティールームのソファに適当に座った所で酒巻が開始を告げるスピーチ。「まだちゃんと喋ったことない人もいるから良い感じに交流してチームワークを深めよう」をうにゃ~とかふにゅ~とか言いながらスピーチする酒巻にめまいを覚えたがどうにか会ははじまった。


 適当なお菓子や惣菜やジュースに手を出しながら、あっちこっちであれこれ話が咲いている。朗読発表は目と鼻の先、疲れも緊張も高まっている今日だからこそ良いのかもしれない。こんな充実した夏休みは無かった。毎日学校で自主練習。そしてバイト。僕はそれだけだったけど、周りでは恋愛とかそういうのも楽しんでいる奴等もいる。繰り返される日常が少しの勇気や思いで変質して新しい分岐を作っている。僕はその分岐をまだ強くは感じられてない。


「でもさ~! みんななんで声優目指したの~?」

「忍ちゃんから教えてや!」


 それまでいくつかの島に分かれていた会話が酒巻の一言で収束した。そう言えば皆がどうしてここに居るか知らない。そりゃ声優になりたいからというのは分かる。そう思うに至った部分。余りにも当たり前過ぎて聞いたりもしていなかった。


「忍は…うん…普通にアニメとか好きで…声優に成りたかったけど…高校卒業した時に目指すのが怖くてさ…大学にいた時…声優になりたいって言ってた仲の良い子が病気で死んじゃってさ…なんだろう…その子の夢を叶えるとかじゃないけど…うん…人生って一回しか無いと思ったら…四回生の時に就活もしないで願書出しちゃってた」

「俺は! 俺はずっと声優に憧れとってん! 小学校からずっとずっと憧れててさ! 中学校の時好きな声優の握手会で!俺も声優になる! って言ったら頑張って!って言って貰えて! それでなろうって決めてん!」

「私は…ずっと演劇部だったんだけど、顧問の先生に『南は声が面白いから声優やっても面白いいかもな』って顧問の先生に言われてさ…それで声優のこと調べてたら…こんな世界あったんだ!って思って…」


 皆が順番に語っていく。別チームの人間が4人、そして直方、佐倉、僕。時計回りに回ってくる。誰もが明確に声優になろうと思ってここにいる事に驚いてしまった。当たり前の事なのだけど、僕にはそこまで明確な思いが無かった事を改めて感じた。うつむいていた直方が話す。


「俺…入学して最初の自己紹介の時にさ…昔からいじめられてきたって言ったでしょ? その時、恥ずかしいんだけど本当にアニメとか漫画に逃げててさ。それで、いつかこの中に入りたいなって思っていて…そんな感じだな」


 さっきまでの和やかな雰囲気が消し飛んでいた。全員が真面目に、そして正直に本心を語っている。明るく希望あふれるキッカケを語った人間はいない。一人ひとりが何かしらの心の傷や、普通の生活を捨てるに至った道程を話していく。強い思いがあり、必然性があり、この不条理の世界を目指してきた。

 僕はそこまでの気持ちがあるのか?ここにいる必然性があるのか?必死で理由を自分の中で構築している時、その明確な理由が存在しない事に気が付いた。


「私はずっとお芝居が好きで…単純だけど…ずっとずっとお芝居したいって思ってさ。声優さんって70歳でも80歳でも、声が出たらずっとずっとどんなお芝居でもできるから…私、ずっとずっとお芝居したいから声優目指したの」


 皆が真面目な顔で佐倉を見る。照れくさそうにニコニコ笑う佐倉の雰囲気が皆に伝わり、少し場が熱を取り戻す。そして温もりを保ったままの視線で凍りついている僕を射抜いた。


「僕は…うん…皆と同じだね。これだけの人が言ったら…かっかっ…被るよね~!」


 クスクスと小さな笑いが聞こえる。そして目線は温もりを残したまま僕の隣に移動した。何が同じだ。全員違う理由を言っていた。その後も皆、自分の心、初期衝動を話して目線は酒巻に戻った。心の中の思いを言い、皆の距離が近くなったのを感じた。そして僕はそれを低い位置で眺めていた。何が皆と同じだ。僕だけが、僕だけが違っていた。能力や見た目、そんなオプションの話しじゃない。本当に大切な心根の部分が違っていた。

 目の前では多田がクラスメイトに手相を見てやると言い、嫌がられているのに女の子の手をベタベタと触って鼻息をフンフンしている。隣では大人が飲むべき麦ジュースを少し摂取した佐倉が半分寝ながら持たれかかってくる。少し離れた場所では直方が熱っぽくフライドチキンの骨を振り回しながら舞野の良さを語り、河内がそれを囃し立てている。南は酒巻と女の子らしいトークに花を咲かせて井波は僕の耳元で「やばい、風俗行きたくなってきた」と呟いた。皆の一体感が、チームワークが、絆が強くなっていく。僕はそれを窓の外から眺めていた。

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