第2話
思えばケチの付きはじめはゲーメストだ。
1番上の兄はヤングサンデー、2番目の兄はファミ通、そして僕がゲーメストを買っていた。
ヤングサンデーは最高だった。なぜなら乳首が書かれているからだ。少年誌にはなかったカタルシスがあった。家は2階建てで兄弟3人の部屋は別々だった。でも僕の部屋にはテレビとゲーム機があったので兄弟が集まるセカンド居間になっていた。普通の家の普通の三男坊。僕は兄の影響で多少バンドをやったり、ファッション感覚で部屋にギターウルフなどのガレージロックのポスターを貼ったりスル程度の普通の高校生だ。
いつも通り、音楽を聞きながらゲーメストに釘付けになっていた。いつも楽しみにしている脱衣麻雀のページや良い感じにエロい読者投稿のページじゃない。
声優専門学校の体験説明会&特待生オーディションのページだ。
「声優か…」
僕は完全にボンクラ高校生だった。学区内で下から数えた方が良い高校。勉強は中の下。いや、本当は下の中くらいか。彼女なんて居たこともない。趣味はと言えば18時からテレビ大阪で放送されるアニメを見て、友達とゲームセンターに行くことくらいだった。ちなみに1番仲の良い友達と最初に交わした言葉は
「ゲーセンとか行く?」
「結構行くよ」
「餓狼3どう?」
「味がある」
そんな感じだった。そんな愛すべきボンクラフレンドは就職に向けてちゃんと勉強しはじめているので中々遊べなくなった。
「声優か。マイクの前で楽しく演技をしてお金を貰う。最高だな。僕、アニメ好きやし」
両親に進路を聞かれて声優専門学校のことを話したら予想通り爆笑された。母親は笑いすぎて湯呑みを落とし、落ちた湯呑みを見て更に笑っていた。ちょっとどうかしていると僕は思っていた。しかし、父親は真面目な顔で僕をじっと見る。
「修。本気なんか?」
「本気です」
「俺もな、昔はグループサウンズバンドやるために家を出た。親子やな」
「通わせてくれるのですか? 声優専門学校に。」
「お前の兄貴たちが通ってる金さえ出せば行けるアホ大学に比べたら半分の学費や。その代わり絶対に途中で辞めるなよ」
「お父さん…」
「ええんや。俺のおかんは俺に好きにやらせてくれた。子供に好きなことやらせたいって思ってたんや」
「お父さん…!」
「がんばれよ」
「ちなみに…バンドは誰の役割でした? ジュリーですか? 一徳ですか?」
「シローや」
「お荷物やんけ!」
その年の夏休みに体験説明会&特待生オーディションに行った。今までは鳳駅から自転車で30分、ドブと世界の終わりの香りが同居する石津川近くのミニマムな堺市内で生きてきた。電車やバスなんて数えるほどしか乗った事がない。そんな狭い世界で生きてきて全てを知った気になっていた。自分がそれなりに面白く、中々の声を持っていると感じていた。僕は愚かだったのか。いや、誰もがそう思っている。言わないだけだ。そんな狭い世界にいるのが怖かった。逃げ出したかった。
目的も目標もなく、ただ、今までとは違う場所に行こうとして人とは違う方向を選ぶ。そんな消極的な理由ではあったがともかく行動を開始した。第一の成長はJRと地下鉄の違い。JR阪和線。無駄に各駅停車に乗り、天王寺でヒロタのシュークリームを通り過ぎ、南海そばの近くの階段を降りて御堂筋線に乗り新大阪に向かった。
目的地には「優待生選考オーディション」と書かれている。このビル内にある声優専門学校の教室に緊張と吐き気と空嘔を引き連れて入ったのだ。
「はじめまして! 声優学科の担任を担当している間垣と申します!」
「あ、あう! あ! はじめまして…紀川…修です…」
「緊張してる? 大丈夫大丈夫! どんな声優さん好きとかある?」
「あ、あの、はい。あの、山路和弘さんとか…山寺宏一さんとか…江原正士さんとか…」
「なるほどなるほど~」
スラっと身長が高く、清潔感のある七三ヘアー。青い上下を着た優男。それが最初の印象だった。その後は適度な会話を適当に。舐められないように吹替えの声優の名前を出してみたが何の意味もなかった。間垣先生はあっちこっちに1人で座ってる生徒に話しかけたりして、この後に行われる特待生オーディションで緊張している状態を解きほぐしていたりした。
「さっき…山路さんとか山寺さん好きって言ってたよね…? 俺も…好きなんだよね」
「あ! そ、そうなんや!あー、うん。良いよね。うん。ねー。あ、あの、あ、僕、紀川…修って名前で」
「俺は直方、直方渡。なんかすごいよね。この教室だけでも50人位おるし…声優目指してる人ってこんなにおるんやなあ」
「そやね…うん…お昼の部に来たかったけど…定員らしくて午前になってさ…」
「俺もやで」
話しかけてきた男は直方渡。目に焼き付くようなオレンジ色のトレーナーの下にチェックのシャツ、その上にスーツ用のベストを着用して下は黄色のスラックス。これから僕は壊滅的な服装の彼とせめぎ合う事になるのか。
少なくとも今日だけで100人以上がいる。黒い服や謎の英語が書かれたTシャツの人間が多い。どこで売ってるのか見当もつかない「I LOVE BEAR」と書かれたシャツ。女の子はびっくりするほどダサいオーバーオールや、妙にフリフリの服を着ている人間が多い。堺のヤンキーが多い地域で育った僕にとっては全てが新鮮だった。「声優になるにはあんなヤバい服を着ていちいち十字架のアクセサリーを着けないとダメなのか」と真剣に考えたりもした。そのくらいに脳が平行世界と現実を無理につなげようとしてた。自分が薄いグリーンの半袖シャツに小奇麗な綿パンを履いてきたのが間違いだったのか?僕は声優としての第一歩を失敗しているのか?
直方の服装を見るとやはり「メイドインお母さんがダイエーで買ってきたような服」だった。僕は、僕はやってしまったのか?パンクロックが好きだったこともあり、スカルの指輪なんぞ着けてきたけどダメだったか。畜生。十字架。十字架だったのか。宗教の匂いがする物は誰が見てるかわからないので身につけないタイプの人間だったけど、そんな風に生きてきた事が間違いだったのか。やってしまった。
一旦空気を入れ替えなければクラクラしながら立ち上がり教室のドアを開けた。
「ひゃああ!」
「あ! ごめ、ごめん!」
そこには長い髪の綺麗な女が立っていた。おお。普通の人だ。そうやで。当たり前やんけ。普通で良いんだ。ビバ普通。現実が虚構に打ち勝ったから今日はリアル記念日だ。制定した。決定で良いじゃないか。異議なし!
「ごめんなさい、びっくりして声出ちゃった」
「や、あ、うん! こっちこそごめん」
「今日…オーディション受けに来た人?」
「うん…そうやけど…あ、名前は紀川、紀川修」
「私は舞野紗英。よろしくね。あ、トイレ? 出て左行ってすぐ右にあるわよ」
びっくりしてちょっと出てしまったが誤差の範囲だ。でもさっきの子、舞野さん…標準語だったな。ちょっと年上の人かな。何かそんなオーラがある。同じ夢を目指している人間だし…もしかしたらあな子と何かあったら嬉しいな。
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