第32話 君と僕の最終決戦
ルミナリエに向かう電車の中は幸せそうなカップルで埋め尽くされていた。変に意識してしまい、何を話してもギクシャクしてしまうし、オーディションの話題にも触れたくない。最近の音楽とか漫画、そんなとりとめのない話をしている間に三宮に到着した。
イルミネーションが点灯前なのに人が多い。佐倉が僕の前を歩き、人混みを掻き分けどこかに向かっている。必死で付いていこうとするが、人混みにまみれ何度も距離が空いてしまう。必死で追いつき謝ると、佐倉が僕の手を取った。驚いて顔を見ると表情を確認する間もなく前を向き進む。度重なる不合格の痛みを和らげる温もりを感じながら、イルミネーションが設置された道を抜けてメイン会場に入った。
「もうすぐだよ」
音楽が流れ点灯を告げる放送がはじまる。瞬間、僕と佐倉を囲むイルミネーションが一斉に輝き、神戸が持つ悲しみを癒やす光景が広がった。周りでは知らない恋人同士が声を掛け合い写真を取り合っている。僕らも何度か声を掛けられた気はするが、イルミネーションに圧倒されて反応できなかった。
その後はメインの開場から出て順序通りに見て回る。警備員が声を枯らさんばかりに誘導している。一周してメイン開場に戻り、夜店でお好み焼きやベビーカステラを買って喧騒から少し離れた場所に腰を落ち着けた。
「なんか、無理やり連れてきたみたいでごめんな。柳がいきなりあんなこと言ってさ」
「ううん…行きたいと思ってたから」
お好み焼きを食べて沈黙を誤魔化す。遠くを見るとメイン会場の明かりに賛美歌のような歌も聞こえる。明るい夜の下にいる佐倉を見ると妙に胸が高鳴った。
「今日、雰囲気が違う気がするんやけど。化粧変えた? 服もいつもと違う感じやん」
照れたように頷く佐倉を見てさすがに察し、柳に一杯食わされたことを理解すると少し笑ってしまった。それが佐倉にも伝わったのか顔を上げて一緒に笑う。
「少し楽になったわ。今日も怖くて仕方が無かったんよ。落ち続けるってかなりキツいな……佐倉はナレーターズカンパニーに行くの? 養成所3年目で特待生だっけ? 準所属はいないからトップ当選やん」
「考えてる所……」
「行かないならどこ受けるの?」
「……芸心」
顔を真赤にして黙る。
「紀川君と一緒なら、もっとお芝居が楽しいと思うから……間垣先生にも相談したら、ナレーターズカンパニーの答えは来月末まで待ってくれるって」
絞り出すように言葉を紡ぐ。この学校に入学して、初めて結果が出た。それは声優になるための目標でも結果でもない。しかし、何よりも欲しかった結果だ。届いたのだ。やっと自分の思いが、人に届いた。僕は間違っていない。間違っていない。間違っていたとしても間違っていない。届けたい人に届く。そんな当たり前のことがこんなにも力になるなんて。
衝動的に佐倉を抱き寄せた。佐倉の体がこわばるのを感じたが、しばらくすると僕に体重をあずけてくれた。
「僕は変わられへん側の人間やわ。才能もない。声優としてのセンスもない。そのことを、今までずっと恥ずかしいと思ってた。あかんことやと思ってた。せやけど違うわ。僕にそんなんあったらすぐ調子のってあかんようになる。それに……伝わることがこんな嬉しいって思えるようにならへんかった」
佐倉の手が僕の背中に回る。僕は僕になる。僕が描いた僕になる。それが、僕の求める変化だ。
名前を呼ばれ廊下に出る。オーディション会場の教室は隣だ。数歩進めばたどりつく。小さく声を出す。
「あめんぼあかいなあいうえお、うきもにこえびもおよいでる…」
意味がないと考えていた言葉をつぶやきながら入学当初から今までのことを思い出す。意味がないと思っていた。だが、それは意志が無かったからだ。
「たちましょらっぱでたちつてと、とてとてたったととびたった…」
こんなことを二年も続けてきた。楽しかったこと、辛かったことを思い出すと辛かったことの方が数倍多い。何度他人に嫉妬したか、何度自分に絶望したか。
「まいまいねじまきまみむめも、うめのみおちてもみもしまい…」
全ては加速のためだった。極限まで引かれた弦を開放する。風を切り裂き、走り抜ける。そして的に当てる。的はもちろん「声優になる」だ。
「わいわいわっしょいわいうえお、うえきやいどがえおまつりだ」
去年の今頃何をやっていたのだろう。その前は何をやっていたのだろう。そしてこれから先はどうやっていくのだろう。
多分、これからも同じだ。悩んで、悔やんで、後悔を続ける。だから楽しい。楽しすぎる。それを一生続けたい。才能がないのが才能だ。それが、僕の青春であり、人生だ。
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