第33話 声優専門学校における爆裂する十代と駆け抜けた声春

 ホテルの宴会場を貸し切った卒業式は酒の勢いと場のテンションで酷いことになっていた。ゲーム科、小説科、アニメーター科の生徒が声優学科の女の子に廊下の隅、カーテンの裏で連絡先を聞いたり告白したりしている。声優学科の生徒も負けじとあっちこっちで求愛行動を繰り返している。

 この卒業式が終わるとほとんどの仲間と二度と会うことは無い。東京にはかなりの人数が行くが東京での生活、養成所でのレッスン、能力がある人は収録などがはじまる。

 皆の盛り上がりも明日には落ち着き、明後日には今後を考えて慌てているだろう。


 騒がしさが増していく会場を抜け出して外で一息つく。少し離れた場所で井波の声がする。僕の視線に気が付いたのか、電話を切って駆け寄ってきた。


「会場内、凄いね!」

「みんな溜まってたんだろうな」

「僕も溜まってるよ…受かってたら吉原のソープに行こうとしてたのに…」

「レッドバロンの養成所3年目合格ってのも凄いのになんで断ったの?」

「約束したんだよね」

「南と?」

「絶対に準所属か所属じゃないと行かないって決めたんだ。涼子ちゃんもそのつもりだったし…だったら僕がって思ってさ……でも舞野さんは凄いね。ちょっと嫉妬しちゃう」


 井波はレッドバロンに落ちた当日は流石にショックを受けていたが、次の日からは持ち前の明るさで周りを和ませていた。舞野は所属の報に顔色一つ変えずに『ありがとうございます』と言っただけだった。条件なしの所属は舞野ただ1人。学校としては久しぶりの一撃所属を出せたことでかなり盛り上がっていた。


「河内さんのこと聞いた?」

「うん! 二年目からまたやるんだってね!安心したよ~!」


 両親は止めたらしいが、河内の強い希望でもう一度学校に通うことになった。井波は新設される週1回レッスンを行いオーディションに備えるコースに入る。レッドバロンの養成所にカスリもしなかった直方もそこに入る。


「涼子ちゃんもお母さんの具合が良くなって、週1コースに来るってさ」

「そうなんや? 安心したわ。なんか、本気でやってたらなるようになるんやな」

「うん。本気だもんね。本気で……声優目指してるんだもんね」


 まるで異世界だと感じた世界は、人生を捧げるに値した。その世界から抜け出す今日、少しの寂しさと大きな充実感を感じている。今から声優専門学校の卒業生としての毎日がはじまる。どれだけ辛いことがあっても、この青春の思い出で乗り越えられる。



 東京都板橋区、営団地下鉄成増駅から出ると地元の鳳駅とさほど変わらない景色が広がっていた。少し歩くと東京都が終了し埼玉県和光市に入る。川に架かる小さな橋を越え、笹目通り近くのアパートに向かう。

 大阪から持ってきた荷物の重さを感じながら階段を上っていると、小さな足音が室内から近づいてくる。二階に着くと同時にドアが開き、いつもの恥ずかしそうな顔が僕を出迎えた。その日、僕らは声優としての道を歩みはじめた。

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