第22話 夢に近づくための唯一の方法
「じゃあゴールデンウィークにオーディションね。今回は先方のリクエストで候補を絞ってます。名前呼ばれた奴は予定空けろよ」
4月末、間垣先生がレッスン終わりに発表した。僕は河内のことを諦めはじめ、騒がしい日常を感じている。このオーディションは東京で収録するアニメ。全員自分の名前が呼ばれることを願っている。ここで名前を呼ばれてもオーディションがある。小さな可能性を信じ、目を見開くことで不安を抑え込む。
「まず男ね、このクラスからは…井波、上田、紀川、佐藤、竹内、直方、八木沼、和田」
まず第一関門突破。人生を左右する関門がこともなげに設置され、今までの積み重ねで突破が決まる。何基準で選ばれた?高い声なら井波、佐藤、竹内。中くらいなら僕、直方、八木沼。低音なら上田、和田。典型的なアニメ声は少ない。
「次は女。愛川、加瀬、木村、酒巻、佐藤、園田、戸越、森、安田、柳」
女はアニメ声っぽい人が多いが、こういう機会に舞野が呼ばれないのは珍しい。舞野は気にする様子もなく柳と話している。隣から小さな溜息が聞こえた。佐倉だ。佐倉は舞野とは逆に全く声がかからない。僕はたまに候補として選んで貰える。そして間垣先生から「お前は最終選考に残る。でも普通すぎてダメってのが毎回だな」との言葉を貰う結果だった。今回は取りたい。いつもなら「どうせダメ」が支配しているが、その支配の手が緩んできている。やらなければいけない。そのためにここにいる。全員が変わったなら僕も変わらないといけない。
「他のクラスはもちろん、1年生からも数人受けるからな」
追う立場、ここに極まれり。その後、教室にいる人間は自主的な練習をはじめる。舞野は指定席の積まれたマットの上にはおらず、教室の隅に座る柳と話している。声は聞こえないが表情や仕草からアドバイスをしているようだ。ドアが静かに開き、佐倉が外に出る。見てしまったので後に付いて行くと予想通り屋上に向かっていた。声を掛けると僕に力なく笑いかけ、ため息を吐いた後に話し始めた。
「私、全然呼ばれないよ」
「ほとんどの人がそうだよ」
「一握りの人しか上手くいかないもんね」
声優になれるのは一握り、声優で食えるのは一つまみ、それを続けられるのは一欠片。多くを学ぶとそんな現実が体に染み込んでくる。大きな夢を抱えて進もうとしても、現実が足にまとわりつきスピードと心を殺す。それを取り払えるのは自分だけだ。その強さと厳しさを持たねばならない。
「そんなこと言ってるうちはダメだよ。僕も舞野も柳も…他のみんなも、自分で変わって自分で頑張っているんだから。南みたいにやりたくても続けられなかった人もいるんだよ?」
僕はこのままじゃ落ちる。今回のオーディションはもちろん、これからの事務所オーディション、そして人生からも転落してしまう。だから戦う。佐倉は優しすぎる。「私なんか」そう思っている限り勝てるはずがない。
「佐倉は本気で声優に成りたいの? やるしかないんだよ。僕はやるよ」
「私…頑張れるかな…?」
「そんなの知らないよ。やる人はやるんだよ」
口から自然と出てしまった。佐倉の目に涙が溜まっていくのを見ていると自分が言った言葉の重さを実感する。もう少し優しく接した方が良かったかと考えたが、その優しさで上手くなるはずもない。僕の中で佐倉を大切に思う心が大きくなるごとに言葉が強くなってしまう。
「ごめん……頑張るから……」
駆け足で階段を降り、屋上に取り残された。毎日色んな決断を下している。変わろうと決めてから毎日がそうだ。僕は無理矢理に変化をかけはじめてきた。正しいかはわからない。優しい言葉を掛けるべきだったのか。毎日恐怖が溢れそうになる。それを打ち倒すために変化し武装を整える。正直、めちゃくちゃ辛い。だけど、ここで倒れるなら死んだほうがマシだ。南が良く座っていた場所を見る。僕はここにいて、南や河内はいない。
次の日も演技のレッスンを受け、明日はオーディション。「人間は短期間で変われる」柳がこのクラスにいなかったらそう思っていなかった。柳はあれから多田に2回告白され、別クラスや違う学科の人間から7回告白されたと聞いた。もう無口で顔を真赤にする柳ではない。舞野と並ぶ実力者の地位に駆け上がった。
そんな柳と僕は舞野に呼ばれ、どんな服装でオーディションを受けるのかという話をしている。柳には「乳をもっと出せ」と言い、柳は頑なに拒否していたが「沢村に負けたいの?」と根拠のない一言で胸元がざっくりあいたワンピースを着ることに決定した。
僕は革ジャンを着ると伝えると「周りに着てる人いないし良いじゃない」とのことで決定。体を休めるためにも早く学校をでて電車に乗っている時、河内から着信が入る。戻ってくるのかと思い、最寄り駅でかけ直すと出なかったが気持ちは少し晴れた。誰だって変われる。それは河内も同じだ。
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