第20話 声優専門学校学生プロ化計画「見た目」

 日が明けて本年度初のレッスンは「オーディション対策特別レッスン」だ。基礎的なことよりも、声優としての技や30秒ほどのセリフでどこまで商品価値を見せられるかや演じ分けにより目に留まりやすくする方法などが教えられるらしい。まさにオーディションについて学ぶためのレッスン。

 講師は間垣先生。今日はまだ何をやるのか知らない。ただ、着替えずに普段着のままでいろと言われた。間垣先生が教鞭をとるのは初めてだ。何が行われるのかを考えていると、まさに実践的なレッスンがはじまった。


「今年からオーディションに向けてのレッスンも多く行ないます。今日は見た目のレッスンね」


 そりゃ見た目は大切だろう。しかし声優の本質は声だ。声と芝居が良ければ目をつけてもらえるのではないか?


「プロになった時のオーディションを説明する。まず一次審査として資料を送ります。その中のプロフィールを見てボイスサンプルを5秒程聞きます。良かったらオーディションに呼ばれます。以上」


 以上?


「それだけ!?」


 大きな声を出す酒巻と頷く間垣先生。


「お前達が1人か2人だったらしっかりと聞くだろうな。だが、このクラスだけでも20人程いるよな? 学年合わせたら40人弱、そんな学校が日本中にある。さらに何十年もやってきたプロもいる。お前が選ぶ立場だったらしっかり聞くか? 見るか?」

「確かに……それなら少しでもひっかかる感じにして可能性を上げます!」

「正解! 今日はそんな授業です。お前たち、並べ!」


 教室にズラっと並べられた声優志望者達の私服は壊滅的だ。まずは多田。バンダナを鉢巻きの様に頭に巻き付け、右腕に2本、左腕に1本のバンダナ極限時空を演出。さらにはピンクの釣り用ベストを着用するなど非常に速度ある格好をしていた。

 次は八木沼。ドラキュラが着ていそうなロングコートに毛玉まみれのベージュのセーターに青いスラックス。ちなみに髪型はいつも通りのセンター分けだ。

 女性陣も負けていない、柳はオッサンが卓球をしている謎の長袖Tシャツに猫が集団自殺しているような絵が描かれたキュロットを履いている。腰まである長い髪は呪いの市松人形より業が深い。間垣先生は多田や八木沼には冗談交じりで指導していたが、柳に対しては笑顔を消した。


「ここは声優やタレントを作る場所だから厳しく言うが、お前の顔は可愛いんだよ。もう少し格好に気を遣えないか?」

「私は…私じゃないですか…」

「お前はプロになりたいんだろ? 事務所に入りたいよな?」

「はい…」

「それはな、社会人になるのと同じことだ」


 全員が黙り込み聞き耳を立てる。


「良いか? お前たちは商品なんだ。味が良くてもパッケージの悪い商品は売れない。お前は自分をどう売りたいかを真剣に考えろ。プロ以上の実力があればそんな努力は必要ないけどな。そう言えば、お前は1年の沢む」

「言うな!!」


 柳が吠えた。いつも何を考えているかわからない、無口な柳が吠えた。


「言うよ。お前を売るためだ。お前は沢村と被ってる。基礎的な能力ならお前の方がまだ上だ。しかし基礎を上げるには限界がある。基礎は大切な割に、一定レベルまで上がるとそれ以上は上がりにくい。そこから必要なのがパッケージングだ」


 野犬が唸っていると思ったら柳の呻き声だった。一番見たくない現実を突きつけられながらも必死で耐えている。怒りを纏い立ち向かおうとしている。その姿は服装も相まって色々ともう本当に凄い邪気を放出していた。


「今日の服装指導をはじめ、これからお前たちをパッケージングしていく。ちなみに基礎や演技がダメなら『パッケージが良くて味が悪い』って事になる。欲張って二兎追え。舞野、お前は自分が分かってる格好をしているな。柳に色々教えてやれ」

「嫌なんだけど」

「お前の面倒な性格を直すためでもある。紀川、お前は舞野と仲良いだろ。手伝ってやれ」

「どうして…」

「お前は普通すぎるからだよ。この2人はメチャクチャだ。良い所を盗め」


 先生が次々にバッサバッサと服装やメイクなどを切り刻んでいく。声優として第一線に立っている人のプロフィール写真などを提示し「この事務所はこの格好を好む・この立ち方はアイドル系」などパッケージングについて語る。先生に注意されなかったのは井波、舞野、佐倉、ギリギリで酒巻だった。ギリギリの理由は「何歳までロリータを着るんだ」との懸念だ。


「買い物でも行ってみる? 三宮だったらお店とか知ってるけど」

「興味ない…」

「興味ないから危機感を感じているんでしょ?」

「何それ、クソムカつく」

「あんた、自分に芯が通ってるフリして逃げてんのよ。武器があるなら全部使いなさいよ。紀川、あんたもよ。何その地味なシャツ。芸能人になるんでしょ? あんたら誰かに憧れられたいのだったら生きてる時間全てに気を遣いなさいよ。私も昔は地味だったから矯正したのよ?」

「矯正しすぎよ…」

「まあ良いわ。体のサイズとかしっかり見たいからちょっと来て。紀川は来ないで」


 2人で女子更衣室に使われている部屋に入っていく。教室にいる誰も彼もが服装について言い合い、個性や自分らしくなどの言葉が空虚に飛び交っている。それを大切にしろと言われて続けた1年だ。普通から脱却するチャンスが巡ってきたのかもしれない。


「ちょっと!紀川!」


 教室のドアが開き、舞野が大声で僕を呼ぶ。何事かとクラス全員の視線が舞野に注がれる。


「柳! Fカップだって!」

「ちょっと何言っとぉ!?」

「明後日買い物行くわよ! 柳は今日、私の家に来なさい!」


 柳、地元は神戸なのか。舞野に体当たりをする柳、柳の胸に触ろうとする舞野。「ほう?」と呟き右眉を上げる直方。声優専門学校生活2年目はこんな感じで幕を開けた。


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