朔月

深川夏眠

朔月(さくげつ)

 月明かりで深夜に露天風呂を満喫しようと貸し別荘にやって来た我々は、散々飲み食いしてデタラメな歌を歌ったり、即興詩を朗唱したりしていて、不意に酔いが醒めるのを感じた。


  待ちたまえ、否、待つのはよしたまえ

  待っても無駄だ、きみ、今夜は新月だから――


 そう、忘れていたが新月、月見風呂は不可能——。

 一座はしばし気まずい沈黙に支配されたが、開き直って、闇鍋ならぬも風流だろうと、道具を携えて外に出た。そこには砂利の下から温泉が湧き出して川の水と混じり、ちょうどいい熱さの即席ミニ浴場が造れる川原があるのだった。

 ランタンの明かりを頼りに、肉体労働。持参した籠に脱いだ服を放り込んで湯に浸かった。

「フーッ、ヒャーッ……!」

 歓声が静まると、後ろの木立で何者かがザクザクと土を掘り返す音が耳に入った。一心不乱、しかし、焦った風でもなく、淡々としている。暗がりの中で顔を見合わせたが、振り返る勇気は誰にもなかった。


 ザ、ザッ……ズ、ズ……ズルズル……ドシャッ……サッ、ササッ、サッ……。


 ややあって、不穏な物音の主はパパッと手をはたき、満足げな嘆息を漏らして、静かに遠ざかっていった。


                 【了】



◆初出:note(2015年)退会済

縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』にて無料でお読みいただけます。

https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

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朔月 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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