高校生編(5) 戦い

「入部、するんだよね」

 何を、言っているんだこの人は。

 低い、低いその声に、心底不快感を覚える。

 そんなことよりもアキトだ。早く、アキトを追いかけないと。こんなところで立ち止まっている場合ではない。

 決意を新たに、ツネオミは次の一歩を踏み出そうとする。

「うちで、ドローン甲子園に出るんだよね?」

 この高校に入った理由は何だったか。あのしんどい受験勉強は何のためだったか。

 いや、そんなこと。アキトを見捨てていい理由になるものか。

 でも。

 アキトも自分も、自分自身がやりたいことをやるべきなんじゃないか。

 自分のやりたいこと。

 ドローン甲子園にはこの部でないと出場できない。

 アキトの手助けは……同じ部でなくても出来るのではないか。

 アキトと一緒に居る必要性はあるのか?


 様々な考えが、ツネオミの頭をよぎる。

 アキトの姿が扉の向こうに消える。

 次の一歩は、踏み出せなかった。



 いつもより早い電車で来た教室には、人影も少なくて。

 アキトを待つ、それだけの時間が、どうしようもなく長く感じられた。

「あっ、アキト!」

 扉から覗いたアキトの姿に、ツネオミは小走りで近寄る。

 アキトは「どうした?」と言わんばかりに瞳を向けた。

「ごめん、アキト!昨日は!」

「……ん?」

「昨日は、そっち行けなくて、ごめん、大丈夫だった?」

「あー、そんなこと?ツネオミはああして当然だよ。それよりも、大会、出られそう?」

 アキトは目尻を下げると、自身の机に近寄りカバンを置いた。

「え?……ああ、多分」

『結局、操縦担当になりそう』とは言わない方が良いな、とツネオミは感じた。

「そう。それは良かった。ツネオミはそれ、目指してたんだもんな。頑張ってよ」

 そう背中を押すアキトの力強い瞳。

 ツネオミは何だか懐かしい気持ちになって、表情を緩めた。

「ああ、頑張る」

 そう言ってツネオミは、親指を立てた。

「ところでアキトは、この先どうするの?」

「とりあえず今日、ソウジ先輩に呼ばれてる」

「ソウジ先輩に?」

「うん。よくわかんないんだけどね」


 放課後、技術室前で待つアキトの目の前に、大人を引きずって歩くソウジの姿が現れた。

「おっ、もう来てた。待たせたね、アキト」

「えっ、あれがさっき言ってた……って新一年生じゃないか!どこで騙してきたんだ!?」

 アキトに手を振るソウジの後ろで、引きずられている男性は未だに抵抗を続けていた。

 いまいち状況が掴めずに、アキトはとりあえず二人にお辞儀だけしておいた。

「騙したなんて人聞きの悪い。そんなことしてないよな?アキト?」

「え?え、えぇ……」

 騙されるもなにも、何一つとして聞かされていないアキトは曖昧な返事しかできなかった。

「ほらね?先生。もう、諦めてください」

「えー、やだよ面倒くさい」

「面倒くさいって、どうせ先生ヒマじゃないですか」

「暇じゃないよ!それに、年度初めは特に忙しいの。その後も、お前らみたいなわんぱく小僧の面倒を見るので忙しくてな……」

「あの!」

 突如繰り広げられた二人の意味不明なやりとりに、アキトは我慢できず、とうとうその疑問をぶつけた。

「これは一体、何の話なんですか」

 ソウジはアキトの方を向くと、ニヤリと笑った。

「同好会の設立だよ。僕が代表で、君が副代表。そしてこの人は顧問のヨシダ先生」

「おい、俺はまだ顧問をやるとは一言も言ってないぞ」

「いいじゃないですか、先生」

「そもそも、この部屋は使って大丈夫なのか?」

「それについては、生徒会に確認済みです。使用している団体はない、と」

「っ……」

「だから、先生。……ほら、アキトも」

「え?」

 突然の振りに戸惑いつつも、アキトは「よろしくお願いします」とだけ言って頭を下げた。

「先生、手間は掛けませんので。お願いします」

 ソウジは頭を下げながら、一枚の紙を差し出した。

「あー…………。はあ……」

 ヨシダ先生は深くため息をつくと、軽く頭をかいた。

「全く、ここまで準備済みとはね。名前と、判子だけでいい?」

「……はいッ!」

 ソウジはがばっと顔を上げると、満足そうな笑みをアキトに向けた。

「じゃあさっさと書いちまうから、職員室までつきあってくれ」


「ほらよ。じゃあ後は、生徒会に出せばオッケーかな」

「はい!ありがとうございます!!」

「頼むから、問題は起こさないでくれよ?」

「もちろん!」

 ヨシダ先生から捺印済みの同好会設立申請書を受け取ると、ソウジは満足そうにそれをカバンにしまう。「あっ、そうだ」と、何かを思い出したかのように、ソウジはもう一枚別の紙を取り出した。

「どうせなんで、こっちにも名前と判子頂けますか?」

「あーはいはい」

 ヨシダ先生は面倒くさそうに差し出された紙を受け取る。が、その紙を目の前に置くや、みるみるその顔が青くなった。

「おい、ソウジ!お前、これ……」

「静かに。先生」

 そう言って、ソウジは人差し指を唇に当てると声を潜めた。

「さっきお話しした通りです。イニシアチブを取るには、こうするしかないんです」

「おい、話が違うぞ。さっき、手間は掛けさせないって……」

「先生にご迷惑はおかけしません。全部僕が勝手にやったことにして良いですから!お願いします!!」

 静かに、だけど誠心誠意、ソウジは頭を下げた。

「全部お前が勝手にやったこと……か」

「はい。それで良いです」

「良い訳ないだろ、馬鹿」

「でも……!」

「全責任は生徒にあるってか?そんなん教師の恥晒しもいいとこだろ。お前は俺に恥を晒してほしいのか?」

「いえ、そういう訳では……」

「じゃあ迷惑を掛けろ」

 ソウジは顔を上げると、目の前でヨシダ先生は筆を走らせていた。

「いいな、俺はあくまで平等主義だ。公平にやれよ。独裁的なことをしたら、顧問としてそれを許さない」

「……分かっています」

「だから、一方的に奪われるのも許せないんだ。そういうわけで何かあったら、きちんと顧問に報告しろよ?」

 ぎゅっ、と朱い判子を押すと、ヨシダ先生はその紙をソウジに差し出した。

「……はい!ありがとうございます!!」

「わざわざ同好会まで立ち上げたんだ、しっかりやれよ」

「はい!!」

 ヨシダ先生はアキトに顔を向ける。

「君も、ソウジのこと頼んだぞ。あいつはたまに危なっかしいから」

 そうアキトにだけ聞こえるよう小声で呟くと、柔らかな苦笑を浮かべた。

「先生、何か言いましたか」

「いや、なにも」

「そうですか。じゃあ、ありがとうございました!よし、アキト!さっそく行くぞ」

 そう言ってソウジは、アキトの腕を引っ張って職員室を後にした。


 生徒会室に出来たての書類を提出すると、二人は技術室に戻ってきた。

 誰も居ないその教室には、外の光が満ちていた。

「ようやく、今日から新しい日々が始まるぞ!」

 心の底からその台詞を吐き出すと、ソウジは満足げに頷いた。

「まさか先輩、同好会を立ち上げちゃうなんて」

「言ったろ?『選択肢は多く持っておけ』って。何せこれは戦いだからね。……でも、仲間が一人でも居て助かったよ」

「え?」

「ほらアキト、今日からお前はここの副代表なんだから、よろしく頼むぞ。まずは適当に座って座って」

 ピッと教室のプロジェクターの電源を入れると、ソウジは手元のタブレットの指を走らせる。

「よしっ」

 ソウジは小さく頷くと、手元の画面をプロジェクターに送信した。

 “C.C.クラブ”

 そう、手書きの文字が目の前に投影されていた。

「それじゃ、今日から活動を始めるぞ!!」

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AI ずまずみ @eastern_ink

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