高校生編(4) 入部

「やべっ、あと昼休み五分しかない!昼ご飯食えないじゃん!」

「いやー、思ったより話が長引いたねー」

 文化祭団体代表者への説明会が行われた教室からクラスへ向かって、ツネオミとノリコは廊下を走っていた。

「全く文実は要点をまとめてから話せっての。資料もやたらと冗長だし」

「まあまあ、文実もきっと大変なんでしょ」

「とは言え、だよ。こっちの身のことも考えてくれよ。大体あれで指示の解釈が食い違って揉めたらどうするんだ。面倒なのは向こうだぞ」

「はははは……。まあ今までも揉めずにやってこれたんじゃない?」

「だとしても、だよ……」

 ツネオミは道を見極め前を走りながらも、ノリコを置いていかないようこまめに後ろを振り返る。

「そもそも、僕はこんなのに参加するつもりじゃなかったんだけどなあ……」

 距離が少し空いたので、ツネオミは速度を緩めてそう言った。

「いいじゃん。確かに誘ったのは私だけど、最終的に呑んだのはツネオミでしょ」

 クラスの文化祭代表者を決める話し合い。誰も立候補しない状況を見かねてか、ノリコは一人、手を上げた。

 そこまでは良かったが、もう一人の代表が依然として決まらない状況で、あろうことかノリコはツネオミの名を出したのであった。

「まあ、あそこで断れはしないからね……。まあいいよ、やるからにはちゃんとやるさ」

「おっ。頼むよ、ツネオミ」

 ノリコはツネオミに追いつくと、そうニカリと笑った。



 放課後。ノリコとツネオミはホームルームで文化祭実行委員に言われたスケジュールをクラスに共有すると、ようやく落ち着いた時間を得た。

 ツネオミは自分の席に着くと、カバンから昼間食べきれなかった菓子パンを取り出す。

「ごめんアキト。ちょっとパン食べてから行くから少し遅くなるわ」

「いいよ、待ってる」

「そう?悪いな」

 ツネオミは菓子パンにかじりつくと、ノリコが近づいてきた。

「二人は何?部活?」

「うん。機械情報部」

「へえー。聞いたことあるな。確か昔は有名だったんだっけ」

 昔は、という言葉に、ツネオミは少し悲しくなった。

「そう。ドローン飛ばしたりするとこ」

「ドローンか!なるほどね、そこなら確かにドローンについていろいろ学べるかもね」

「うん、ちょっとそれは思った」

「そっか、じゃあ二人ともがんばってね」

 アキトの返答に、ノリコは満足そうに手を振り教室から出ていった。

「さてと、待たせたね、アキト。じゃあ行きますか」

 パンを食べ終わったツネオミはカバンを手に、アキトと共に第一物理室へと向かった。


「こんにちは!」

「お、こんちは」

 ソウジはパソコンと向き合いながら軽く手を上げた。奥でコウスケもにこやかに手を振っている。

 ツネオミはソウジに近寄ると、その画面をのぞき込んだ。

「プログラム……?これ何ですか?」

「これ?これは、ドローンの制御プログラムだよ。この間君らにも見せたろ?これを、USBに書き出して……」

 ふーーっと息を吐き出しながら、ソウジはUSBメモリを引き抜く。

「ドローンのプログラムを更新する、って訳。安全にドローンを飛ばすための、縁の下の力持ちさ。目には見えないけど、こういう安全プログラムが現代社会を支える重要なもので……」

 そう熱弁を振るうソウジの後ろで、部室の扉の開く音がした。

 はっと目を向けると、二人の、見慣れない人影。

「おっ、もしかして新入部員?」

「ようこそ、機械情報部へ~~」

 明るい表情で、二人はアキト・ツネオミの下へ近寄る。対してソウジは、険しい表情をしていた。

「この二人だけ?」

「ええ、今のところは」

 ソウジが何か口を開く前に、コウスケが慌てて駆け寄り答える。

「そっかー、じゃあこの二人の配属を考えないとねー」

「そ、そうですね……」

 遠慮がちに答えるコウスケの後ろで、ソウジが口を開いた。

「こっちの一年のツネオミ君。凄く操縦が上手なんすよ」

 その声は、ツネオミの予想に反して、大層落ち着いた声であった。

「へぇー、そうなんだー」

 ギロリ、とそのまなざしがソウジに向けられる。

「だから、彼を操縦パートに回して僕を……・」

「うーん、そうだねえー」

 声を張り上げソウジを遮ると、彼はツネオミとアキトを値踏みするように目を走らせた。

「二人はとりあえず今年は僕らの下で、制御パートやってみようか」

「そうだね、それが良い」

「はあ?」

 それを聞くや、ソウジは語気を強めて二人へ一歩詰め寄る。

「僕の話、聞いてました?ツネオミ君は、操縦が上手で」

「聞いたよ、うん。ありがとう、参考にする。けど、決めるのは僕たちだから。」

 その言葉に、ソウジは眉を吊り上げた。

「な、何なんですかそれは!じゃあ僕のパートは!?」

「君は今まで通り、操縦をしてればいいだろ。君が一番上手いんだから。なんだい?それとも、試合を捨てるつもり?」

 面倒くさい、と言わんばかりの態度で答える。

「そんなこと!僕は勝つこと最優先で考えてますよ!それで、彼は操縦が上手いんだから彼に操縦を任せて、制御プログラムをもっと重点的に……」

「なに?僕らの制御パートじゃ不満だっての?」

 ソウジは相手を睨むと、手のひらの上にUSBメモリをのせて、差し出した。

「……じゃあ、これ、やってくれますか」

 その声は、可能な限り冷静を装った低い声で。

「……なに?これは」

「新しいアルゴリズムの、危険回避プログラムです。まだ作成途中ですが。これの続き、やってくれるんですよね」

「しつこいなぁ!要らないって言ってるだろ!?」

 不愉快そうに眉をひそめ、語気を荒らげると、乱暴な手つきでソウジの手のひらからUSBメモリをつかみ取り、廃材入れへと投げ入れた。

「ちょっと先輩!」と諫めるコウスケの声も届かない。

「強豪校だった頃の優秀な制御プログラムがうちにはある。この部に足りないのは操縦の技術力なんだよ!分かったらこんなことやってないでさっさと練習しろ!!」

 そう怒鳴って赤くなる彼とは対照的に、ソウジはいたって冷静に見えた。

 むしろその瞳は、怖くなるほど冷たくて。

 深い、深いため息と共に、ソウジは差し出した手をゆっくりと降ろす。

「そうですか。なら、もういいです」

 ソウジは机の上に広げた自身の荷物を、手際よく片付けてカバンにしまっていく。

 その様子を、他の人たちは見ていることしかできなかった。

「それじゃあ、さようなら。もう来ません」

 あっさりと、堂々と。

 ソウジは口をきゅっと結ぶと、出口の方へと大股で歩いていく。

 靴底と冷たい床とが鳴らす乾いた音が、物理室中に響き渡った。

「そっ、ソウジ!!」

 そこには、必死そうな表情のコウスケの姿があった。

「止めるなコウスケ。じゃあな」

 ソウジは歩みを緩めることはなく、ただ片手を上げるだけだった。

「先輩!!」

 目の前で繰り広げられた出来事を呑み込めないでいたツネオミの意識を、アキトの叫び声が呼び戻す。

 アキトはカバンを手に取り、ソウジを追って軽やかに物理室を飛び出す。

「おい、アキト!!」

 アキトの後ろ姿に、ツネオミはようやく手を伸ばす。

「待てよ」

 低い声。

 ツネオミの勢いよく飛び出した右足は、虚しく床を踏み鳴らした。

「入部、するんだよね」



「せ、先輩」

 廊下を曲がり、階段を上り。第一物理室が見えなくなった頃、ようやくソウジは立ち止まった。

 深く、息を吐くと、顔をアキトの方へ向ける。

「巻き込んじゃって、ごめん。でも、戻る気は無いから。コウスケにもそう伝えといて」

「……いえ、俺も戻る気はありません」

 ソウジは目を大きく開くと、顔だけでなく身体もアキトの方へ向けた。

「おいおい、全く。……えーっと、名前なんだっけ?」

「アキトです」

「アキト君ね、ごめん。で、アキト君は、機械情報部に入れなくていいの?」

「はい」

「ドローン甲子園にも出られないかもしれないんだよ?」

「大丈夫です。ツネオミはドローン甲子園を目標にしてますが、俺はそこまででもないので。むしろ、俺はプログラムに触れたくて」

「……いいの?もう、機械情報部には戻れないよ?」

「いいです」

 アキトの間髪入れぬ返答に、ソウジは少し戸惑いの色を見せる。

 しばし沈黙の間、二人は視線を交わし合った。

 やがて、ソウジは柔らかに微笑んだ。

「そうか、そこまで言われちゃあ、先輩として頑張らなきゃだな」

 そう言うと、少し考えるように時計を見つめた。

「もうこれくらいの時間か……。よし、アキト。明日の放課後すぐ、技術室前に集合な」

「いいですけど、何するんですか」

 戸惑う後輩の前で、ソウジは不敵に笑った。

「プランBだ。本当はやりたくなんかなかったんだけどね」

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