Cruel marionnette

茨乃

1:Wahnsinn

通り過ぎる風が木々を揺らす。

少女は息を切らしながら走り続ける。背後を振り返ると、身共よりも小さな童女。赤いコートを身に纏った童女はこの状況を愉しむかのように自分を追う。


「ねぇ待ってよ、私と遊ぼう?」


  童女の広角は上がり、その笑顔には狂気の文字が正しかった。自らの視界を横切り、右手に大鎌を構え自分の前方に立ち塞がる。その愛らしい容姿からは殺意しか感じ取れなかった。

  加えて、それが間違っていない事を改めて確信した。襲撃を受けた時点で分かりきっていた事だった。

  童女が持つには割に合わない大鎌。ただのお遊びであれば笑い事で済まされる。

  しかし、恐ろしいのは彼女は明らかに自分の持ち得る実力を遥かに上回っている事。この戦闘こそが彼女にとってのお遊びだということ。

  そして、最も恐れていた事が現実になるとは思っていなかった。


───自分よりも高位の《人形》との干渉


  彼女達、人形以外からしてみればそれは些細な事だと思うだろう。傍からみればこの戦闘は只のお遊びに過ぎないのだから。痛みも作家達にはわからない。どうせ壊れてもまた作り直せば良いのだから。

  自分達は何の為に作られたのか、作家達はそれを言わない。それすらも分からないまま一生を終えるのは実に不愉快だ。

  微かに視線を逸らす事は出来ない。童女が一瞬の隙を見せれば真っ先に銃弾を額に撃ち込めるように。



  瞬きさえ許されない。そう何度も脳内で自分に語りかけていた…その筈だった。一瞬の隙、意識の中で見せたその隙を童女は見逃す事はしなかった。

  瞬きの間に、自分の右脚に感触が走る。

  狂気の笑みを浮かべた童女の左手がそこにはあった。


「つーかまえたぁ!」


「っ……!?」


  振りほどこうにも体格からは考えられない程の握力で、骨が軋む。


「うぁっ………!」


  顔を歪め、呻く。痛みが右脚だけでなく、全身に走る。右手に持ったハンドガンを構え照準を合わせようとも、痛みで指先が震え合わない上に引き金さえも引けない。

  ならば自己修復能力での右脚の回復の手もあるが、制限なく使用可能な修復能力であり、それ故に修復開始までの時間、修復経過中は他者に触れる事を禁ずる。等の条件付きでの能力であり、本来戦闘中に使用するものとしては不向きだった。いわば戦闘中においては最弱の能力。

  痛みが限界に達し、童女が右脚を砕こうとしたその時、苦し紛れに放った弾丸が彼女の左腕を貫通していった。痛みにもがくかと思えば、逆に恍惚の表情を垂れ流す。


「あはっ……そう、それだよ!!」


  つくづく、彼女の狂気っぷりには呆れさせられる。傷を負う事に童女の笑みがこぼれる。


「相変わらずの狂気っぷりね、リーゼロッテ・アンデル」


「名前、覚えててくれたんだぁ……皆、死神なんて呼ぶけどレンファだけは違うから大好きだよ」


  神出鬼没の死神。いつからか、リーゼロッテ・アンデルはそう呼ばれるようになっていた。彼女は極度の飽き性で、交戦するや否や飽きては姿を消す事が多々あった。身構えながらも言葉を返す。


「お断りするわ、同性に興味は無いの」


「あははっ、そっかぁ……」


  童女……リーゼロッテの口角が上がる。以前、彼女とは一度会っていたがその際にも高揚を示せば口角が上がる癖が彼女にはあった。つまり、これが戦闘の合図だ。


「……じゃあ、レンファの頭の中をかき回してリーゼの事でいっぱいにしてあげる!!」




  ●



  ●




  弾丸を弾く音が森中に響き渡り、あちらこちらに火花が飛び交う。常人には見えぬ弾丸を目視で弾き返す辺り、もはやリーゼロッテは超人だった。この世界に存在する限り分かっていた事ではあるが、常人から見れば人ではないのは一目瞭然。

  ハンドガンで対抗は出来ずとマグナムに切り替えようともマグナムの弾さえも弾き返される。かろうじて引き金を引いているが右脚の痛みで思う様に狙いが定まらない。


「ちっ……キリがない!」


  だったらと、レンファは無数の機銃を前方に召喚し、一斉に放つ。それをリーゼロッテが木々を盾にし、躱す。着地の瞬間を狙うも彼女は落ちなかった。恐ろしい程の跳躍力でレンファの放つ弾雨を難無く躱していた────が、しかし、童女の頬に血液が伝っていた。


「……あははっ、それは近づけないなぁ」


  リーゼロッテが見せた吃驚、レンファが手にしていた狙撃銃の弾丸が彼女の頬を掠めていた。この狙撃銃こそがレンファの最も使い慣れた銃。しかし、銃弾の数が最大三発の為、通常ならば使用する事は殆ど無い。だが、それを使う程に童女は異常な強さだという事がはっきりと表されていた。


「じゃあ動かないで、次は脳天撃ち抜いてあげるから」


「そんなこと出来ないよぉ…今度はリーゼの番。簡単に終わったらつまらないもの、どうせ私達人形なんて急所を討たなきゃ死なないんだし、好きにしてもいいでしょ?」


「そうなる前に貴女を殺すわ、死神」


  その言葉が気に障ったか、リーゼロッテの顔が引き攣る。


「そっか、レンファもそんな言い方するんだ……うそつき」


  途端、空気が震える。


「もういいや、死んじゃえ」



  言葉と共にリーゼロッテの姿が消えた。と思えば懐に彼女の姿があった。正確には消えたのではなく、リーゼロッテの驚異的な速度。彼女程の脚力があればこそ成せるものなのだろう。

  右腕、左腕、右脚、左脚、四肢を切断され丸腰になったレンファに馬乗りになり首元に大鎌の刃を寄せ、童女は耳元でこう言った。


「ずっと、一緒だからね……」


「っ……!?」


「……なんちゃって、まだ殺さないよ」


  先程までの緊張感は何処に行ったか、リーゼロッテは無邪気な笑顔を見せる。何事かと思い、レンファの開いた口は暫く閉じる事は無かった。


「貴女は何を言って……」


「時間切れ、そろそろパパが帰ってくる頃だもん。遅くなると怒られちゃう」


  リーゼロッテが手を突き出すと、空間が歪み、自分の身長を遥かに超える巨大な鏡が出現し、その鏡の先には光の通らない暗闇が映っていた。

  鏡に脚を踏み入れる直前、リーゼロッテは言った。


「心も身体も全部、レンファはリーゼの物だから、勝手に死なないでね?」


  やはり、彼女の狂気的な性格には慣れない。

リーゼロッテの姿が見えなくなると、その場から跡形もなく鏡は消えた。


「疲れる……この状態をうちの人形作家が見たらどうなるかしら」


  鏡が消えた数秒後、頭上の空間から木製のドアが姿を現した。我が家への扉と言った所か、中からレンファの背丈とほぼ変わらない小柄な青年が姿を見せた。

  自分を見るやいなやため息をつき、四肢を回収し始め、レンファの顔を覗き込む。


「生きてる?」


「無理、立てない、背負って」


  作家は渋々レンファを背負い、ドアまで脚を進め。戦闘の疲れが来たのか、欠伸をする彼女を見て微笑む。


「おやすみ、レンファ。無理させたね、ゆっくり休んで」


「·····ええ、そうさせてもらうわ」


そう言って、ゆっくりと瞼を閉じ、レンファは深い眠りへとついた。

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