汽車での夜

どくたK

汽車での夜

年の瀬の雪が降る寒い夜、私は北の行きの夜汽車に乗り込んだ。出稼ぎの帰省であろうか、多くの土産物やおもちゃなどを抱えた男達がいる。久しぶりに家族に会えるからであろう、皆酒などを飲みなが何処と無く嬉しそうである。そうした賑やかさはあるとはいえ、混んでいるわけでもなく、酒盛りの一団とはやや距離をあけたところにひと気の少ない所を見つけ窓側に腰掛けた。


窓からの冷気がやや肌寒いが、どこに座ったところで大して変わりはないだろう。向かい合った4つの席には私しかおらず、発車時刻も近かったため、このまま静かに一晩過ごせるだろうと安堵した。今日は色々あってとても疲れていたため、できれば早々に眠りにつきたい。明日も早くから動かなければいけない。


 発車時刻になり駅にベルが鳴る、窓からはただ暗闇と窓から漏れる灯にぼおっと降る雪が浮かび上がっては消えていく。静かな夜だなと考えているとすぐ後ろの扉がガラガラと開いて上背はあるが線の細い、不健康そうなという表現がよく似合う男が入ってきた。


「いやー、寒い寒い……」


男は荷物を荷棚にあげると私の正面の席に腰掛けた。車内の方が暖かったのであろう、かけている眼鏡が曇っている。他にも席は空いているし、なぜわざわざ私が座っている所にと不満に思ったが、私が移動するのもおかしな話なので黙って外を見つめ、ゆっくりと動き出す汽車の揺れに身体を預けた。


「お一人ですか?」


 急に男に話しかけられて驚き、私は身体をビクッとした。


「ああ、急に話しかけて申し訳ない、話好きなものでして。ああ、物書きをしているのです。今回も話の取材に東北の方に向かいたいと思いましてね。旅行も兼ねて年末年始をそこで過ごそうかと思っているのですよ。」


 男は眼鏡を服の裾で拭きながら、聞いてもいない事をベラベラと喋り続けている。本当は寒いのが嫌いだから南に良かったが取材なので仕方なかったとか、明日の朝の発にしようと思ったがそれでは時間がもったいないので夜汽車にしたとか、止めどなく話が出てくる。私は呆れた顔でその男の喋りを眺めていた。


「で、あなた様はどちらへ?何をしにいかれるのです?帰省ではない様子ですが?」


急に矢継ぎ早に質問を投げかけられ少し動揺しながらも、適当に返事をしていればそのうちこの男も飽きるだろう。仕方なく質問に答えることにした。


「ああ仕事でして、北の方へ。年末年始を使って旅行も兼ねて色々回ろうかと。しかし、どうして帰省ではないと?」


「ああ、それは貴方の極端に荷物が少ないからですよ、帰省であればやはり土産や何やであちらで酒盛りをしている男衆のようにそれなりの荷物になりますし、しかし旅行にしても荷物が少ない。まるで取るもの取らず飛び出してきた感じだ、冬の北国は寒いですから、舐めてかかると風邪をひきますよ。」


そういうと男はニヤりと笑った。その笑顔にゾクりとする。面倒な事になった、私にも事情があるし、あまり相手にしたくはない。しかし変な対応をして逆に興味を持たれても後が面倒そうだ、適当に相槌をうち早くに喋りつかれて眠ってくれればいいのだが。どちらにせよ、朝方に目的駅に着くまでは汽車から下りることもできない。


「そうですか、私は北へ行くのは初めてでして、少し準備を舐めていたかもしれませんね。確かに思いつきで家を出てしまった所があるので。いい歳をしてお恥ずかしい限りです。」


「そうでしたか、思いつきの旅もいいものですからね。私なんかも結構思いつきで色々旅をしたりするのですよ、秋頃に行った甲州は素晴らしかったですね。紅葉の中に見える富士がまた絶景で……。」


よほど話好きなのであろう、また一人でベラベラと喋りだした。このまま適当に喋って疲れて寝てくれればいい。寝ているうちに車両を移るなりすればいい。そう考えながら、表情の笑顔だけは崩さず、適当に相槌を入れつつ外に広がる暗闇を眺めていた。


どの位の時間ひとりで喋ったのか、自分が喋りたい事を散々に喋ったあと、男は周りの様子を少し伺った。先ほどまでは賑やかだった男達も半分くらい寝てしまったのだろう、話し声は小さく汽車の走る音がことさら強調されて聞こえる気がする。男はふっと息を吐くと声を潜めて私に語りかけてきた。


「何でもこの汽車に殺人犯が乗っているかもしれないらしいのです。」


私は男の言葉にギョッとした。


「私はギリギリに乗り込んだでしょう、その時に駅員と刑事らが話しているのを聞いたのです。北か西か、どちらか行きの汽車に乗る事は間違いないと。ただそこには刑事は2人しかおりませんでしたし、駅からでる汽車は数本ありましたから、どうなったかはわかりませんが。」


男は、どうだ面白い話だろうと言わんばかりの顔で笑って見せた。確かに面白い話だ。


「そうなのですか、恐ろしい話ですね。殺人犯というのは男なのでしょうか?女なのでしょうか?」


「男だという話ですよ、何でも借金の話がこじれて金貸を刺し殺したとか。駅員が教えてくれました。その話に夢中になって、危うく乗り遅れる所だったのです。」


話好きのこの男ならばありそうな話だと思いつつ。まずいなとも思う。せっかく自分語りが一通り終わった所でまさかこんな話題を出されたのだから、非常に面倒だ。


「そうだったのですか、殺人犯の特徴や人相などはご存知なのですか?人を殺すとなると余程の悪い顔をしているのでしょうね?」


「私は人相までは知りません。あくまで刑事達が話している所を見て、少しばかり駅員と話しただけですから。」


人相を知らないという話を聞いて私は安堵した、これ以上この話を聞くわけにもいかない。このあたりではっきりとさせる必要がありそうだ。


「そうですか、ではあまり大きな声でその話をしない方が良いかもしれませんね。誰が聞いているかもわかりませんし、周りの方に無用な心配をさせてもいけません。それに……。」


私は少し俯いて視線を逸らした。それに対して男はやや身を乗り出して私の言葉の続きを待っている。


「それに何です?」


男の相槌を受けて、私はゆっくりと顔をあげ男の目を見据えて、やや凄んで声を出す。


「人相もわからぬ賊の話を、素性もわからぬ相手に話すというのはいささか不用心というものでございますよ。」


そういってニヤっと笑って見せた。男はしばらくキョトンとしていたが、言葉の意味を理解したのか顔色が真っ青になり、先程の饒舌具合とはうって変わってしどろもどろになった。


「あ……いや別に、その……」


何と言っていいかわからぬ男に私はさらに言葉をかける。


「口は災いの元とも言いますし。触らぬ神に祟りなしとも言いますからね。」


完全に男は完全に怯えてしまっている。押し黙った男の震え気味の息遣いと、汽車の音だけが聞こえる。しばらく、沈黙が支配した後、急に男が立ち上がり。


「そっ、そういえばあちらの車両に私の知り合いがいたのです、挨拶してまいりますのでしっ、失礼します。」


声は上ずり、笑顔が引きつっている。男は大急ぎで荷物をまとめると隣の車両にかけて行った。


「おやすみなさい。」


私がかけた声など聞こえてはいないだろう。ふうと息をつくと窓の外を見た。相変わらず暗闇と窓から漏れる灯にぼおっと雪が浮かび上がっては消えていくだけの世界。やっと望んだ静かな夜になる。

男を怖がらせてしまったのは悪い事をしてしまったとも思うが、あの男が悪いのだ。今日は色々あってとても疲れていたため、できれば早々に眠りにつきたかったし。明日も早くから動かなければいけないのだ。あのまま喋られて睡眠の邪魔をされたのではたまったものではない。


荷物から上着を取り出してかけると、汽車の揺れを感じながら目を閉じた。


もちろん、人など殺してなどいない

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