バーベキューしてたら殺人鬼に襲われたけど、それとは関係なしに皆死んだ話

hj略

バーベキューしてたら殺人鬼に襲われたけど、それとは関係なしに皆死んだ話



チャラ男「ねぇーw祐希ちゃ~ん。俺と付き合ってよ~w」


祐希「しつこいですよ。そういうの迷惑だって私言ってますよね?」


チャラ男「そんなこと言わずにさぁ~w」


祐希「んっ、もう、やめてください!」


チャラ男「つれないなぁ~祐希ちゃんはww」


俺「…………」


チャラ男「ん?なーに見てんだよ!俺!」


祐希「俺さん……」



俺の視線に気付いたチャラ男は、いかにも俺の女だぜ?と言うように祐希の肩に手を回した。



俺「……別に」



それから視線をそらす。興味なさげに……まぁ、実際興味もないしな。


今日は大学の知り合いに誘われてバーベキューに来てる所だ。


とは言っても、俺は騙されて連れてこられたようなものだが。



チャラ男「祐希ちゃ~んw」


祐希「やめてくださいよ!」



この二人はチャラ男と祐希。

チャラ男は見ての通りチャラくてうざい奴。祐希にちょっかいばかりかけてるが全く相手にされていない。いい迷惑だって気付かないのかな。



メガネ「チャラ男。そろそろやめろよ」


チャラ男「あぁ?」


メガネ「祐希さん。困ってるだろ?」



こいつはメガネ。髪は七三で半袖短パンのスーツを着てるありえないくらいダサい奴。しかも成績は悪いバカ。



チャラ男「ぷーw優等生の台詞だなぁメガネ君よぉ!こんな所でも真面目くん気取りやがって」


メガネ「気取ってなんかいませんよ。むしろ君の方が気取ってるんじゃないですか?」


チャラ男「あぁ?」


メガネ「本当は根暗なのに無理して明るく振る舞って……バカみたいです」


チャラ男「なんだとっ!?」



メガネとチャラ男は高校が同じらしい。そんな間柄だからこそ出てきた過去を匂わせる話題だ。俺には全くと言っていいほど興味がないが。



祐希「二人ともいい加減にしなさい!」



祐希は二人の間に入って注意する。ぶっぶーというように頬を膨らませ、人差し指を立てて制止したのだ。

今にも喧嘩を始めそうだった二人はそれを見て、振り上げていた拳を下ろす。流石、年長者だなと感心した。



チャラ男「だってこいつがよっ!」


メガネ「すみません。祐希さん」


チャラ男「っ……ごめん」



素直に謝る二人。


不服そうだがチャラ男の方もメガネが謝った瞬間、頭を下げたのだから根は良い奴なのだろうと感じる。



祐希「ふふ、わかればいいんです♪」



それを見てはにかむように微笑んだ。

しかし、遊びの場とはいえこういう時、年長者としての振る舞いが出来る所は立派だと思う。そこは尊敬できた。


……だけど、もう50にもなる祐希教授が俺達とバーベキューなんて、いろいろと笑ってしまうな。



祐希「まったく、君達は世話がかかるんだから」



祐希教授は脂汗吹き出る額から青いハンカチを取り出して拭う。50過ぎたおっさんの身体はベトベトの汗が出て仕方がないと嘆いていたっけ。興味ないが。



チャラ男「祐希ちゃんのその脂でバーベキューしちゃっおっかw」



勘弁してくれよ。気持ちが悪い。どうしたらそんな発想が生まれてくるんだ。本当にどうかしてる。頭がおかしいんじゃないのか。


だが、一番どうかしてると思ってる事がもっと他にある。むしろそれが一番重要な事だ。それは……



メガネ「祐希さんにあまりちょっかいかけるなよ。俺の女なんだからさ?」



そう言って俺の方に目配せ。



俺「やめろよ……」



一番いかれてるのはこれだ、この二人は、祐希を俺の女にしようとしている事だ。



チャラ男「おっ?妬いてんの?俺?」



そう言ってチャラ男はまた祐希の肩に手を回した。俺の女だぜ?と言うように。いいのか?と言うように。


俺にジェラシーを抱かせるためにしてることらしい。



俺「勘弁してくれ……」



本当に馬鹿馬鹿しい。なんで俺が50のおっさんなんかにヤキモチなんて焼くんだ。


この二人は俺と祐希を付き合わせようとしてるらしい。それもいやがらせとかそういう類いじゃなくマジでやってるのだ。


マジでお似合いのカップルだと思ってるらしい。



チャラ男「俺と付き合ってやってよぉ~、祐希ちゃ~んw」


メガネ「僕からもお願いしますよ」



マジで頭おかしいんじゃないのか、こいつら。



祐希「もう、やめてってば」



まんざらでもなさそうに笑ってる祐希教授。お前はもっと否定しろ、拒め。だから、どんどんエスカレートしてくんだろうが。



チャラ男「おっ、健人くんもこっちおいでよ~w」



チャラ男は目に入った物になんでも興味を示す。健人と呼んだのは、教授の今年30になる引きこもりの息子だ。

少し離れた所で携帯ゲーム機を夢中でやってる。



チャラ男「新しいパパと遊んでもらえ~!」



こいつら的には俺は健人君のパパになるらしい。


なんで俺が10も年上のおっさんのパパにならないといけないんだか。本当に勘弁して欲しい。



ギャル「おいっ!俺、何やってんだよ!」



いきなり頭をどつかれて、次にビンタが飛んでくる。その次は突き飛ばしてきて、俺は簡単に地べたに転ばされた。そしてそんな俺に石を蹴りつけてくる。ちょっとやり過ぎじゃないか?



俺「いってぇな……」


ギャル「調子乗ってんじゃねーしっ!」



こいつはギャル、祐希教授を狙ってる女だ。おっさんの祐希に惚れてるという点では、この中で一番まともな女かもしれないな。



ギャル「祐希ちゃんはウチのもんなんだからな!手だすなしっ!」



だが、本気で俺が祐希教授を狙ってると思ってるらしい。やっぱり頭のおかしい奴だ。



謎の女「ふふっ……」



あいつは知らない女。俺も知らないし、他の奴等も知らない。あの女も俺達の事を知らない。なんで俺達といるのかわからない女だ。いつのまにかついてきていた。


虚空を見つめてボソボソと何か喋っては笑ってる。見ての通り触れちゃいけない奴だ。正直、俺は一切関わりたくない。



これはそんな俺達七人の、楽しい楽しい(こいつらにとって)思い出になるはずだったバーベキューの話。


だから、そこに黒い魔の手が迫っているなんて、俺はまだ知る由すらなかったんだ。




~~~




チャラ男「喉乾かね?」


ギャル「たしかに」


メガネ「一理ありますね」



バーベキューを始めて一時間くらい。皆の喉が良い感じに渇いてきた頃合いらしい。



俺「じゃあ、俺ビール取ってくるよ」


チャラ男「マジ?俺って気が利くねぇ~~」


祐希「ありがとう、俺さん」


チャラ男「おっ!祐希ちゃん?好感度上がっちゃった感じ?」


ギャル「はぁっ?そういう狙い?あんたマジ姑息なんだけど!」


チャラ男「ところで祐希ちゃんの夜の感度の方はどうなのかな~???」


祐希「もう!そういうのやめてって言ってるでしょ」


メガネ「俺!聞き耳たててるんじゃありませんよ」



マジで何言ってんだこいつら。俺がビールを取りに行ってる間に、何か起きて死んでくれてたらいいのにな。


そんな事を思いながら、川で冷やしたビールを取りに行く事にする。こいつらといる時間を少しでもなくすために。



謎の女「……っ!!」



すると謎の女が、こちらを見つめ、ぱっと驚いた顔になり俺の後を何故かついて来やがった。



俺「……嘘だろ」



目をつけられた?俺が一切関わりたくないと思った女に……?

何かしたか?俺は何もしてないのにどうして?なんでだ?



俺「…………」


謎の女「…………」



そもそもこいつは一体なんなんだ。いろんな疑問を抱きつつ、少し離れた所にあるビールを取りに徒歩3分。

謎の女は俺の3歩後ろを歩いている。何か話しかけるでもなくただ黙ってついてくるのだ。


ビールを冷やしてる場所についても、それはただ黙ってついてくるだけ。別に手伝ってくれる訳でもない。


うっとうしいな思いつつ、俺は冷たいビールを回収しそれを抱えながら、ちらりと女の方を見る。


結構、至近距離で俺を見つめていてどきりとした。

黒い目の面積が多い双眼にゾッとする。


しかし、この望まない3分間のデートで危害を加えられなかった事から、少しだけ危険な好奇心が沸いてしまっていた。


いや、もしくは俺自身が、あのバカどもに付き合わされて少し苛立っていたのもあるかもしれない。


すれ違うその瞬間に女の肩にわざとぶつかってみたんだ。どんな反応をするのかと思って。

あと実体はあるのかという確認もしたくて。だって幽霊みたいなんだもん。



俺「っ……!」



すると俺の肩は壊死するのかと思うのくらい冷たい痛みを感じた。この女ありえないくらい冷たいのだ。

この川で冷やしたビールなんて目じゃないくらいに。

いっそこの女がビールを抱えてくれたらそれだけでキンキンに冷えるんじゃないかと思った。



俺「お前……雪女か?」



思わずそんな事を口走るが、女は笑いも怒りもしない。


「……まぁ、興味ないけどな」と俺はいつもの口癖をぼやいて、大嫌いなあいつらのいる場所へと戻っていった。ビールも重いし。




~~~




チャラ男「祐希ちゅわ~ん」


ギャル「祐希ちゃ~ん」


祐希「もぉっ!君達はっ……んっ、!」


メガネ「いやらしい声出ちゃってますよぉ……?」



戻ってくると、そこには3人に弄ばれてる教授という薄気味悪い絵面が広がっていた。


ギャルには胸を揉まれ、チャラ男には太股をまさぐられ、メガネには背後から抱き締められ耳を唇はむはむとしてる。

マジで気持ち悪い絵面だ。


3人とも教授のベタベタの脂汗にまみれてテカテカになってるのも凄く気持ち悪い。100円以下で投げ売りされてるAVのパッケ裏みたいに下品で汚い絵面だ。


小刻みに教授が喘いでプルプルしてるのもマジで気持ち悪い。



チャラ男「おっ!俺じゃ~ん」


俺「おう……」


チャラ男「なになに?また妬いちゃってる感じ?」


俺「別に……」


メガネ「ふふ、いい加減素直になったらどうですか?俺」


チャラ男「やせ我慢?それともNTR好きだったり?」


ギャル「はぁ?そういう目で見てんの?きめぇんだけど」



キモいのはテメェらだよ。



俺「ビールここに置いとくね」


祐希「あ、ありがとね。俺さん。」



俺に妙に色っぽい声で感謝する教授。

それを俺は、本当にお前なんて興味ないんだからな!という意思でふいっと無視するが、当然そうとは誰も気付いてはくれない。



チャラ男「んじゃ仕切り直しにさ、一旦鉄板綺麗にしたくね?」


ギャル「あー、わかる」


メガネ「たくさん焼いて、汚れましたもんね」


チャラ男「祐希ちゃんの脂汗でギトギトだわw」


祐希「もう、そういうこと言わないで!デリカシーがないんだから」



ぷんぷんという感じで祐希教授が頬を膨らませる。マジで気持ち悪い。


ていうかマジで教授の汗を油に使ったのか?それとも冗談?どっちにしろ、もう俺は食べたくないな。



チャラ男「んじゃ!ちょっと洗ってくるか」



そう言ってチャラ男は鉄板を素手で掴む。



チャラ男「あっっっっっっっっ!!」



当たり前だろ……何考えてんだあいつ。



チャラ男「あちゃっちゃちゃちゃ!」



そう言ってチャラ男は俺のいる方に駆け寄ってきて、手を冷やすように背後にいる謎の女の手を握った。



チャラ男「はぁ~~~つめてぇ~」



「ウガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



そして、突然の大声。


それは状況的に、このバカなチャラ男が、なんの警戒心もなく不用意に謎の女に触れたから……




ではない。



一瞬ぎょっとしたが、女の方を見ると無反応で、ただ黙ってチャラ男に手を握られているだけなのだ。

どうやら触れても問題のない、基本的には無害な奴のよう。


では誰が騒いでいるのかというと……、それは奥の森から現れた、白いマスクに右手には鉈を持った大男だ。


足にはじゃらりと鎖を巻いていて、解き放たれた獣のようにも見えた。



俺「な、なんだ……あいつ……」



当然、あんな奴は知らない。いかにもなヤバイ奴だ。鉈は血なのか錆なのかそれとも両方か、赤黒いものが付着してる。


これはいかれた日常から一転して非日常が舞い込んできた瞬間……なのだが。



チャラ男「あっ……、うっす!」



そいつにそんな気軽な挨拶を交わすチャラ男。



ギャル「ちっす……」


メガネ「ども……」



それにつられて頼りない挨拶が続く。この感じはチャラ男の知り合いか誰かだと思ったからだろう。



俺「こんばんわ……」



俺もつられて挨拶してしまう。


だが、さっきのチャラ男のリアクションは明らかに(へぇ!?あー、この人誰だっけなぁ……?うーん、とりあえず先輩かもしれないし挨拶しとこっか……?)という間があった気がしてならない。


現にチャラ男は、記憶にない先輩に親しげに絡まれた時のような気まずい顔をしてるのだから。



祐希「君はチャラ男君の知り合いなの?よくないね。そんな危ないものを持って」



教授は警戒心なく話しかけた。危ないことをしてる子供を叱るみたいな調子で。


これは映画で言えば一番最初に死ぬ展開じゃないか?

まずいと思ったが、止める理由もないので静観してみる。



殺人鬼「うぅっ!!!」


祐希「君、どこの子だい?そんなおかしなものつけて」


殺人鬼「がぁぁぁぁぁっ!」


祐希「あっ!危ないでしょ!そんなもの振り回して!こらっ!」


殺人鬼「ァ゛ぁ゛ァ゛ァ゛!!!」



教授は子供からハサミでも取り上げるみたいに、大男から鉈を取り上げようとする。



祐希「んっ!もうっ……こらぁっ!」


殺人鬼「ガァ゛ァ゛ッ……!!」



その絵面は中年のおっさん二人がくんずほぐれずしてるようで、なんか気持ち悪かった。



殺人鬼「ウガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」


祐希「うわぁっ!!」



まとわりついてくる脂ぎったおっさん(祐希)に、大男も流石に苛立ったのか、見事な左ストレートをぶちかます。


するとそれだけで、教授は手足をバタバタとさせながら直線5メートルくらい後ろまで軽々吹っ飛ばされたのだ。


その絵面はなんかちょっとだけ面白かった。



チャラ男「祐希ちゃん!」


ギャル「きゃーーっ!!!!」


メガネ「な、なんなんですか!貴方!」


殺人鬼「ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



緊迫とした一瞬。


だがそんな状況で俺は、隣にいる謎の女が、チャラ男が手を離した瞬間に触れられてた部分を何度も手で払ってるのが視界の端に見えて、それが気になった仕方がない。


そういう意識はあるんだな。



ギャル「祐希ちゃーん!」


チャラ男「だいじょうブイっ!?祐希ちゃん!」


祐希「えぇ、だいじょうぶみたい……私は」



皆から心配されてるが教授は無事の様子。

どうやら脂汗が全身をコーティングして大男の左ストレートの威力を殺したらしい。

衝撃だけを受けて吹っ飛んだが、脂汗に守られて外傷はないようだ。



祐希「チャラ男くん、そういえばさっき鉄板を洗うっていってたけどどこで洗う気だったの?まさか川じゃないよね?」


チャラ男「っ!んなわけねぇーじゃん!海は皆のもんだし!」



パニックになったのか、このタイミングで思い出しただけなのか知らないが、教授はさっきのチャラ男の発言を問い詰める。


そんな場合じゃないだろと思ったが、あの大男に目をつけられたくないので静かに様子を窺う事にした。



メガネ「あいつ……もしかして最近噂の殺人鬼なんじゃ……!」


チャラ男「っ!!あの、毎週この川でバーベキューしてる若者を襲うで有名の奴か!」


ギャル「ちょー有名人じゃん!」



そんな噂初めて聞いたんだが。

というか知ってるのになんでここでバーベキューしたんだ?こいつら。



チャラ男「あっ!健人くんっ!!」


メガネ「危ないっ!!」



そんなバカどもが指差した方を見ると、あの大男の隣には健人がいた。

こんなに大騒ぎしてるのに、いまだにゲームを夢中でやっている呑気な奴だ。



ギャル「危ないよっ!!健人くんっ!!」


祐希「健人っ!!こっちに来なさい!!」



これには流石にヤバイと思った。

だが、健人は知らん顔だ。


でも、あれは聞こえてないんじゃなくて、聞こえてないふりをしてるだけなんだろう。

引きこもり特有のやつだな。なんか自分の世界に入り込んじゃってる自分っていうのを演出してんだよ。痛い奴め30にもなって。



チャラ男「やめてくれっ!!そいつはこいつの息子なんだよ!だからやるならこいつにしてやってくれぇっ!!頼むよぉっ!!」



そう言って俺を指差すチャラ男。


一瞬、時が止まったような感覚がした。


なに言ってんだこいつ。


俺は今、目を真ん丸にしてる事だろう。


そして殺人鬼は俺の方を見る。目をつけられたくなかったのに無情にも俺を見やがった。視界に入れやがった。

ヤバイ、目をつけられたと思った。殺されると思った。


だが、殺人鬼の方は「……マジ?」と聞きたげな瞳で俺を見つめてくるのだ。

お前その年でこんなおっさんの息子いんの?という眼差しだ。俺は急いで首を横に振った。



殺人鬼「うがぁ゛…………?」



バカどものせいでいまいち緊張感のない状況に、殺人鬼も困惑している様子。


なんかいまいち狂犬になりきれない犬のように鳴いた。


しかし、すぐに気を取り直して近くにいる人間に狙いをつける。相手は当然健人だ。

ここで健人を殺せば、場の空気もきゅっと絞まるだろうと考えたのだろう。


みせしめで皆の前でわざとリーダーを叱る、嫌な店長みたいな考えだな。



殺人鬼「グガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



襲いかかる殺人鬼。まずは恐怖を煽るためにゲーム機の画面に鉈を叩きつけた。


瞬間、粉々に吹き飛ぶゲームギア。



メガネ「健人くんっっ!!!!」


ギャル「いやぁぁぁっっ!!」



そして慈悲はないと、殺人鬼は降り下ろした鉈を再び振り上げて、次は健人の頭に狙いを定める……。粉々したゲーム機のように奴の事もぐちゃぐちゃに潰すつもりだ。



健人「マァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



しかし、殺人鬼は地べたに転がさらた。

何が起きたかすぐにはわからなかっただろう。俺にもわからなかった。


だが、どうやらゲーム機を壊された事でキレた健人が、殺人鬼を力任せに思いっきりぶん殴ったのだ。


殺人鬼は立ち上がろうとするが、健人に殴る蹴るの暴行を加えられ、中々起き上がれない。その間、健人は何かを口走っていたが、全く聞き取れはしない。


その様子を祐希教授は苦虫を噛み締めた顔で見つめている。体は小刻みに震えていて、息子から受けたDVの数々をフラッシュバックしていたのだろう。



チャラ男「おっしゃ!いくぞっ!!」



これを機会にと教授を除くバカ三人は健人の元に集い出す。そして、一丸になって四人で殺人鬼をぼこぼこにリンチし始めたのだ。


健人は内弁慶特有の容赦ない暴力を振るい、教授を更に震え上がらせた。


チャラ男は熱した火かき棒を手に取り、殺人鬼の首元にちょんちょんとしたりする嫌がらせをする。


ギャルは執拗に仮面を剥ぎ取ろうとしてスマホを構えていた。きっとネットにでも晒すつもりなんだろう。


メガネはダサい短パンを下ろして、しょんべんでもひっかけようとしてる様子だ。こいつが一番ヤバイ。


流石に可哀想に思えてきたが、殺人鬼も怒りが沸点に達したのか、垂直に起き上がるという常人離れした現象を引き起こす。


そして、その間は無敵時間のようにどんな嫌がらせも受け付けなかった。そう、一切怯まなかったのだ。

健人がかつて自分の母親を昏睡状態にまで陥れた凶悪なパンチすらも。



殺人鬼「アアアガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



それは今まで以上の激昂。仮面から除く穴のような瞳には、もう俺達七人の首を墓前に揃えてやるという怒りと覚悟を感じた。


俺は関係ないのに……



チャラ男「やべぇっ!!逃げるぞっ!!」



途端にビビった三人は尻尾を巻いて逃げ出した。


健人はまだ何かぶつぶつ言っていたが教授に引きずられて一緒に逃げ出す。



ギャル「どうすんのよっ!?私達!」


チャラ男「知らねっ!とにかく逃げるしかねぇーじゃん!」



そう言って森の方を指差した。そこは舗装されてない獣道すらない森の中。そこを通ろうと言う提案なのだろう。


リスクはある。迷うかもしれない。だが、逆に殺人鬼だって俺達を見失うかもしれない。悪くない提案だと思った。


しかし、森に入ろうとする直前にメガネが立ち止まる。



メガネ「おいおい、待ってくれよ」



わかるだろ?と言いたげに自分の半袖短パンの格好を強調するのだ。何が言いたいのかすぐ伝わった。知るかボケ。


俺達は構わず森の中へと入っていく。



草木生い茂る森の中を必死に駆けていく俺達。


メガネは生足に無数の切り傷を負って痛そうにしていたが、今はそれ所じゃない。


背後からはじゃらじゃらという鎖の音と殺人鬼の唸り声。相当怒ってるぞ、あいつ。


ちなみに謎の女は俺の3歩後ろをずっとキープして走っていた。無表情でまばたきすらせずに俺を追うので、まるで俺だけはこいつに追われてるみたいだ。



チャラ男「おぉっ!!」



無我夢中で森を駆けると、大きな川に出た。俺達がさっきバーベキューをしてた所とは違う川だ。



祐希「あっ!皆、あそこに何かあるよ」


チャラ男「水だぁっ!!」


メガネ「やりましたねぇ!!」



そう叫んで川に飛び込むチャラ男とメガネ。

教授の話なんて聞いてないみたいに水をごくごくと飲みだす。そういえばこいつら喉乾いてたんだっけ。


バカは無視して教授が指差した方を見ると大きな影が見える。あれは屋敷?川の向こうにある大きな別荘だ。



祐希「私達、助かるかもしれないよ!」



この川を渡って、あの屋敷に人がいれば助けて貰えるかもしれない。

そんな希望が見いだせた瞬間だ。



チャラ男「おーら!メガネー!」


メガネ「はは、やめろよっ!」



水をかけあったりして遊んでるあのバカ二人には、わかってないみたいだが。



祐希「よし、向こう側に行くよっ!」



教授が先導して川を横断していく。川の流れは緩やかではないが、深さは一番深い所でも胸のちょっと下くらいまでなので、足を滑らせたりしなければ問題ないだろう。


教授、ギャル、チャラ男、メガネ、俺、謎の女、健人の順で川を渡り始めた。


最初は引きずられていた健人も、今はしぶしぶと面倒くさそうについてきている。

だが、親と離れて歩きたいのだろうか。または俺は一人でも平気だという一匹狼アピールか。最後尾という位置をキープしていた。


中学のクラスに一人はいる奴だ。

集団行動時、友達のいない、かといって不良でもない奴がやる、ダルそうに皆のちょっと後ろをついてくやつ。それを30のおっさんがやってるのだ。しかも引きこもりの。


まぁ、最後尾にいるおかげで、追い付かれてもアイツが最初の犠牲者になるんだから俺としては気にしないが。



メガネ「んっ……」



川を渡って中間くらいの位置。

そこで俺の先頭を歩いてるメガネが急にブルッと震えた。


川の水温で冷えたのかなと思ったが、そういえばこいつはさっき殺人鬼になにかひっかけようとしていたなと思い出し嫌な予感がして立ち止まる。


まさかこいつ……




だが、もしそうだとしても川は流れ続けてる訳で、そこに残留する訳じゃない。

別に実害はないはずなんだ。うん、理屈ではそのはず。



でも、そう言い聞かせてもやっぱイヤだな。



謎の女「……ぁっ」


俺「……おっと」



後ろからついてきていた女が、急に立ち止まった俺に気付かず、ごつんとぶつかってしまう。



俺「ごめん……」



条件反射で謝るが、謎の女は無反応だ。

まぁ、別になにか返して欲しいわけでもないが。


ちなみにその後ろにいる健人は、結構遅れてついてきている。


でも、それはついてこれてないんじゃなくて、

「俺は仕方なくついていってやってるんだ」感を演出するために、わざと遅れて歩いてるのだ。


だから気にする事はない。


現にポッケに手を突っ込んで、空を見上げながら歩くという演出をしまくってるのだから、勝手に自分の世界に浸らせてやろう。


ちなみにさっき言ったように川は胸くらいまで浸かる深さなので、本当にポッケに手を突っ込んでるのかは、よく見えないのだが。



祐希「皆っ!ちゃんとついてくるんだよ!」



そんな風に忠告して、皆の意識が引き締まる。


率先したリーダーらしい行動は流石、年長者というべきか。

こういう姿を見せられると皆から慕われてるのも頷けるな。流石、祐希教授。


先頭の教授が通った道にちゃんと皆が続けば、問題なく横断できるはずだ。


教授は慎重に進んでるし、足元が不安定な場所はちゃんと声出しして皆に注意してる。だから、勝手なことさえしなければここで事故は起きない。


勝手な事と言っても、普段ふざけてるあのバカどもも、もう二十歳になったいい大人だ。


教授が真面目な声色で注意したら、ちゃんと応じるし全員言う通りにしする。だから、難なく川を渡りきれるのだ。



そう、もういい大人なのに大人になりきれてないアイツ以外は……



健人「ぐぼっ……!!」



健人は足を滑らせて川に流されそうになってしまっていた。

それは、もう30にもなって親の言うことなんて聞いてられるかよという、奴の痛すぎる傲慢がもたらした結果だろう。


しかし、岸までもうちょっとの所でのやらかしなので、俺達がちゃんと協力して助ければ何もリスクなく救出出来る。そう問題なくだ。


だから、仕方ないなと思いつつバカ息子を助けてやることにした。

こんな時だからこそ、皆で協力するべきだろう。



祐希「これでよかったんだぁっ!!!!」



しかし、教授は俺達をスッと手で制してそう怒鳴るように叫ぶ。顔は真っ赤にしながらプルプルと震えていた。


それはまるで、もう助からない息子を見捨てる親のように。



祐希「これでっ……!これでよかったんだよぉっ!!!」



しかし、手を伸ばせば助けられるのに……

俺達は困惑するが、祐希教授の鬼気迫る叫びに何も言えなくなっていた。


考えればあいつは、教授が男手一つで育ててきたのに、30まで引きこもりだった男。


奴のせいで生傷の絶えない毎日に、しまいには自分の愛する人すら去っていった。

教授にとってあの息子は憎い存在でもあった。


彼の心中を察して俺達は何も言えなくなる。


例えそれが、簡単に助けられる命であってもだ。


しかし、教授の瞳に滲む悲しみの彩が、親としての捨てきれない情を物語っていた。



ギャル「人の世は……みにきーし……」


チャラ男「あぁ……」


メガネ「ですね……」



健人は俺達に何か叫んでいたが、相変わらず何を言ってるのか聞き取れない。


きっと、親への恨み辛みをぶちまけているんだろうと思ったが、何故かアイツは俺の事をずっと見ながら喚き散らしているのだ。


恐ろしい形相で俺を見つめる健人。


なんでだよ。俺はお前になにもしてないし、ほぼ接点もなかっただろう。


しかし、死にゆく健人の血走った目は、俺の脳裏に焼きついて一生忘れられない傷を植え付けてくる。なんでだ?


そうして助けられたはずの……救えたはずの命が散っていった。



……そして、その様子を殺人鬼はちょっと前から見ていたようで、

えっ、どういう事?というような目で俺を見てくる。

別に何のリスクもなかったのに、ここで仲間を一人見殺しにした俺達が不思議で仕方なかったんだろう。


俺は首を傾げて、さぁ?というジェスチャーを返しておいた。


そして、悲しみを乗り越えて俺達は屋敷へと逃げ込むため、また走り出していく。






屋敷までは後もうちょっとという所でメガネがばたりと倒れた。


呼吸は乱れて、赤黒い血管が浮き上がり、目の焦点は定まっていない。

明らかに異常だ。


突然の出来事にビビる俺達。



チャラ男「おいっ!どうしたんだよ!お前!」


メガネ「うっ……うぅっ!!」


ギャル「血管すっげぇ浮き上がってる。サンゴ礁みたいじゃね?」


祐希「まさか、これは……殺人アメーバ?」


ギャル「アメーバピグ?」



聞いたことがある。体内に入り込んだら治療する術がほぼなく致死率約100%という危険な殺人アメーバ。


淡水が温暖な外国ではよく発生する事故らしいが、日本でも数件起こってるらしく他国ごとではない。

現に目の前で起きてるし、普通に超怖いアメーバだ。



メガネ「がはっ……げほっ!げほっ!」


チャラ男「しっかりしろよ!メガネ!」



何て事だ。


俺はそんな事が身近で起きた事にまず恐怖した。殺人鬼なんかより正直こっちの方が怖い。

だって、対処のしようがないんだから。

前にもし寄生されたらどうなるんだろうと考えてみて凄く暗い気持ちになったんだもん。普通に怖い。


滅多に入り込まれる事はないらしいが、こんな身近で起こると俺もアメーバに寄生されているんじゃないかと不安不安で仕方がなくなる。



メガネ「おいっ……俺……っ!」



死にかけのメガネが俺に話しかけてきた。

この死に際に何か大事な事を伝えたいらしいが、俺は正直この不安のせいで上の空状態。あまり耳に入ってこないし受け答えも出来る自信がない。

というか何故俺なんだ?



メガネ「祐希さんをっ……幸せにしてやってくれよっ」



こんな状況でまだそんな事言ってんのか。こいつ。

しかし、これが本気で俺と教授をくっつけようとしてた証拠だ。悪意なんて微塵もない。

だから、嫌なんだ。だから、大嫌いだったんだよ、お前らの事が。



メガネ「頼んだぜっ……!!!」



最後の力を振り絞ったように叫ぶ。


俺はただ黙って首を横に振った。冗談じゃないと。

すると安心したようにメガネはゆっくりと瞳をとじていく。何を安らかに眠っているんだか。俺はしないって意思表示したのに。



ギャル「め、めがねぇ……!」


チャラ男「……あぁっ!お前の思いは俺が受け継ぐ!だから安心して……眠ってくれ」



勝手に言ってろ。


また一人散った仲間の死の悲しみに震えるチャラ男とギャルと教授。


そこに遅れてくるのは殺人鬼。



チャラ男「くっそぉっっ!!テメェのせいだぞ!!」


ギャル「マジ許せねぇーし!」


祐希「健人は……健人は良い子だったのにっ!!」



メガネが死んだ怒りを殺人鬼にぶつける皆。

教授はなんか、自分のさっきの行いを責任転換してて、罪悪感を晴らすのに必死だ。


皆から、いわれのない怒号を浴びて殺人鬼はちょっと困惑気味。


どういう事かと倒れてるメガネの方をチラリと見ると、全身が赤黒くなった無残過ぎる死体になっているのに気付いて、

えぇ!なんで死んでるの?と目を真ん丸にする。


その後、俺の方をチラリと見てきたが、いや、知らない。と首を傾げてジェスチャーで答えた。



チャラ男「ぜってぇお前の分まで生きてやるからなっ!!」



そう叫び、皆は再び走り出す。


俺と謎の女もワンテンポ遅れてついていった。


殺人鬼も当然、俺達を追ってくるが、

その道すがら、もう一度メガネの変わり果てた死体を見ながら、横を通り過ぎて行った。

なんで死んでるの?という顔をしながら。




数分後、俺達は川で見た屋敷の前に到着していた。



チャラ男「ついたぞっ!!」


ギャル「でけー屋敷だしっ!」


祐希「明かりがついてる!これは誰かいるね!匿って貰おうよ!」



皆はノックというものを知らないのか。それとも危機が迫っていてそれ所じゃないのか。

玄関の大扉に力任せで体当たりしてぶち破っていった。

三人は気が狂ったように中に転がり込み喚き散らしている。


いきなりこんな連中が侵入してきたら家主としては恐怖でしかないだろうな。



俺「ん……?」



まぁ、扉も開いたし俺も後に続こうとしたが、ここで謎の女は屋敷の裏の方へと歩いて行った。



俺「おいっ……?」



どこ行くんだよ?と聞きたかった。


でも、よく考えたら別に知り合いでもないし、ほっといていいかなと思って引き止めはしなかった。


したところで無視するだろうしな。



主人「おやおや、ずいぶん騒がしいご客人ですねぇ」



中に入ると館の主人らしき男が出迎えてくれていた。


しかし、その姿を見て俺はギョっとする。


見るからに怪しい主人だからだ。

白いエプロンをつけているが、それは赤黒いもので染まっていて、手には拷問器具のような物が握られている。


明らかに俺達にとって第三の脅威になりえる存在だ。



チャラ男「お水もらっていいっすか?」


ギャル「あっ!鹿の生首だwマジウケるww」


祐希「すいません、こんな夜分遅く……」



しかし、こいつらは何にも警戒していないみたいだ。

普通に助けを求めている。



祐希「今、鎖をアクセサリー感覚でつけてる痛い若者に追われてるんです!」



他に特筆する部分があると思うが、教授的にはそこが一番気になったのかアイツの格好で。



チャラ男「うっ…………ぷはっ!」



チャラ男は玄関すぐ近くにあった壺から水分補給をしている。

絶対飲まない方がいいと思うが。



ギャル「はい、チーズ☆」



あいつは鹿の剥製を納めた自撮りをしていた。こんな状況でも撮れ高に敏感だな。



主人「よくわかりませんが、疲れたでしょう?奥で休んでいてください。あるものを勝手に使って構いませんから」



善人面をして俺達を誘う主人。明らかに罠だ。この後、こいつに何かされて全員いたぶるように殺されるに決まってる。



祐希「では、お言葉に甘えまして……」


チャラ男「うぃーす」


ギャル「ちっす」



なのになんで行くんだろう。あいつらは。


教授は人を疑うことを知らないし、あとの二人はバカだから仕方ないか。



主人「ほら、君も……?」


俺「…………」


主人「んー?どうしたんだい?」



皆は無警戒で奥の方へと上がっていった。

でも、俺は拒否する。



俺「俺はいいです……」


主人「えぇ~?なんでぇ?」


俺「……外にまだ知り合いが残ってるんで、そいつを呼びに行ってきますよ」


主人「ん~??それはさっきのカワイ子ちゃんが言ってた痛い若者の事かな?」


俺「かわいこちゃん……?」


主人「さっきの美味しそうなおじさんの事だよぉ?」


俺「……そ、そうですか」


主人「それで君は痛い若者をここに連れてくるの?」


俺「……いえ、違います……そいつとは違う知り合いです」


主人「ふーん……」



疑いの眼差しを俺に向ける。


だが、嘘は言ってない。現に外には謎の女がいる。あいつを迎えに行く事にして逃げ出せば良いんだ。そして助けを呼べば結果的にあの三人も助かる事になる。

俺の判断は英断だ。決して面倒だからとか皆を見捨てるとかそういう気持ちからじゃない。



主人「君、勘が鋭い男の子だね」



必死にそんな自己弁護を繰り返してると、いつの間にか互いの吐息が顔にかかる距離にまで詰め寄られていた。


全く気付かない内に、中年のおっさんとキスするような距離感にまで詰められていたのだ……



主人「先に君から料理しちゃおっかぁ」



脇腹に肉叩きハンマーを思いっきり叩きつけられた。

それだけで俺の体は巨大な丸太を受けたように横に吹っ飛んでいく。



俺「がっっ!!、ぐうぅぅっ……!」



あり得ない痛み。ノーガードで受けた脇腹への横振りも、その衝撃で壁に叩きつけられた全身も痛くて仕方がない。

だから俺は床に倒れて悶えるしか出来ないのだ。


そんな俺の上に館の主人は馬乗りになって、床に何度も頭を叩きつけた。


卵の殻でも割るように何度も何度も。俺の意識はどんどん遠退いていきそうになる。



俺「ぐがぁぁぁぁぁっっ!!!!」



しかし、裂くような痛みを感じて我に返される。

それは、俺の太股の裏を鋭利な刃物で突き刺したからだ。



俺「痛いっ!いたいっ!いたいっ!いたいっ!」



子供のように喚くしか出来ない。俺は無力だ。そしてこのままいたぶって殺されるんだ……!



主人「じゃ、解体しちゃおーね……?」



じゃらじゃらと周りにメスのような物が舞い落ちる。俺はここで惨殺されると悟り、絶望する。



殺人鬼「グガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



そこに遅れて登場したのは殺人鬼。

勢いよく満を持してというように現れるが、まるで別の映画のようなシーンが繰り広げられてるのを見て困惑する。



主人「なんですか?君は……あぁ、君があのカワイ子ちゃんが言ってた痛い若者ですね?」



しかし、さっきからこいつは教授の事をカワイ子ちゃんカワイ子ちゃんって……


なんで皆、あの教授をそういう目で見れるんだ?もしかして俺だけが異常なのか?



主人「この子もあの子も、もう私の獲物になりましたので。負け犬は帰っていただけますか?」


殺人鬼「ゴァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



嫌味っぽくいう主人にご立腹の殺人鬼。

主役は俺だというように主人へと襲いかかった。


横振りの鉈を浴びせるようにして主人の首を狙う。


しかし、それを片手を受け止めて、その衝撃を利用するかのように受け流し宙に浮かび上がる。


そして、殺人鬼の背後に回り込み脇腹に刃渡りの長いナイフを滅多刺しにしたのだ。それは見るだけで痛々しい。


だが、呑気に見物してる場合じゃない。この隙に逃げ出さないと。


俺はボロボロの体に鞭を打って外へと逃げ出そうとする。



主人「おや?いけませんよぉ?」



だが、主人は即座に気付き、俺の元へ駆け寄るとサッカーボールのように蹴り上げて扉からは反対側の壁へと叩きつけられた。


しかし、俺に構ってる時に背後を見せた主人に、殺人鬼は隙ありと襲いかかる。



主人「おおっとぉ?」



だが、それは軽く避けられて、肉叩きハンマーでぶん殴られた。



殺人鬼「グッ……ガッッ!」



強力な一撃に殺人鬼は怯む。

その隙を主人は追撃した。ハンマーを両手で持ってフルスイングするように殺人鬼の土手っぱらに叩き込む。


それだけで殺人鬼は軽々殴り飛ばされて、俺のいる方へと床を滑りながら激突してくる。


あまりの猛攻に俺達二人はもうたじたじというように尻を引きずりながら、これ以上後ろに下がれないのに壁に何度も後退りをすることしか出来ない。


これは主人に対して恐怖というものを抱いた行動だろう。


しかし、逃げてもこいつからは逃れられない。なんとかしないと……



俺「……っ!」



その時、俺の目にはこういう屋敷には必ずある無駄にでかいシャンデリアに気が付いた。


もうあれしかないと思った俺は、太股に刺さったナイフを掴んでヤケクソ気味に引き抜く。



俺「ぐっ……がぁぁぁっ!!」



とんでもない痛みが生じて、溢れるように血が流れ出た。でも、喚いてる場合じゃない。そのナイフを隣にいる殺人鬼に投げ渡したのだ。



俺「上だっ!!」



そう言った瞬間、殺人鬼は上を見る。

そして即座に意味を理解してくれたのだろう。投げ渡したナイフを構えて弓矢のような速度で飛ばした。


それは一直線に飛び、主人の頭上にあるシャンデリアを吊るす鎖を引き裂く。


瞬間、落ちてくる飾り電灯。

それに押し潰され、主人は絶命の言葉すらなく一瞬で死んでしまった。本当に一瞬で。



俺「はぁ……はぁ……」



それを見て人の命とは呆気ないと改めて感じる。

今日で三人目の命の終わりを見たが、こんなに強くても死ぬときは一瞬なんだと思うと、凄く呆気ない。



俺「…………」


殺人鬼「…………」



危機が去った高揚感からか、俺達二人は呆然とそれを数秒間眺める。


そして、殺人鬼はゆっくりと立ち上がった。


俺を素通りして、どうやらさっきの戦闘でいつの間にか落としていた鉈を拾いに行くようだ。

しかし、その歩みは恐ろしくゆっくり。


俺はすぐ奴の意図に気付いた。一瞬とはいえ力を合わせた相手への礼儀か慈悲か、俺に逃げる時間を与えてくれてるんだ。


それは単純に人を殺すのをゲーム感覚で楽しんでるからかもしれない。

または今日初めて人を殺せた充実感から生まれた余裕かもしれない。


どちらにしろ、その情けはありがたく受け取る事にする。


俺は刺された太股の止血を手早く行って、片足を引きずりながら皆の元へと急いだ。



しかし、その時……



主人「まぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」



シャンデリアの残骸から吹っ飛んできたのは館の主。


俺の方へと物理現象を無視した動きで突っ込んできて、あっという間に押し倒される。



主人「逃がしませんよぉっ!!君だけはっ!!」



なんで、俺ばかりこうもヘイトを集めるんだろうか。疑問で仕方がない。

しかし、組みつかれた時点で俺の負けだ。主人は手を真後ろにかざすと、さっき俺達が投げたナイフが飛んできた。念力か何かか……?


そしてそれを手に取り俺の喉仏を引き裂こうとする。あぁ、こうなったらもう終わりだ……



主人「がぁ゛ぁ゛っ…………」



しかし、俺の喉が掻き切られる前に主人の首に斧が突き刺さった。


首の半分以上は斧で断たれており、流石のこの化物も瞳に光を失って事切れる。


いったい何が起きたのかわからなかったが、傍らに気配を感じてふと見上げるとそこには謎の女が……



俺「俺を……助けてくれたのか……?」



質問には相変わらず答えない。しかし、それは事実だろ。意図はわからないがこいつは俺を助けてくれたようだ。



俺「ありがとう……」



声が震えていて情けなく聞こえたかも知れないが礼を言う。まさかこいつに助けられるなんて。


ふと殺人鬼の方を見ると、今日初めて仕留めた獲物が実は生きてて、それを他の奴に始末されるという悲しい経験にすっかり意気消沈。

ため息するように肩を落とす。


俺はこれで機嫌を損ねたかなと不安になったが、顎で早く行けよと合図したのでまだ猶予はくれるようだ。


だから俺は今度こそ皆の元へと行く。






チャラ男「あっははっ!楽しいお酒だねぇー!」


ギャル「…………」



奥へと行くと、そこにはへべろけに酔ったチャラ男と、黙ってスマホをいじってるギャルがいる。


こんな状況で酒なんて飲んでるチャラ男にうんざりしたが、よくよく考えたらギャルのスマホから警察でも呼べばいいじゃんという簡単な事に今更ながら気付いた。



俺「おいっ!ギャル!お前携帯通じてるなら警察にっ……」


ギャル「話しかけてくんなっ!きめぇし!!」



急にキレたギャルは俺の怪我した太股を確認し、その上でわざわざそこを蹴りつけてきやがった。

やっぱりこいつ、頭おかしいんじゃないか。



俺「っ……!!ぐぅっ!!」


チャラ男「俺は本当に情けない奴だなっ!!」



酔っぱらい特有の急にキレるやつだ。こういう状態のやつとは関わりたくないな。

というかどんだけ飲んだんだよ、あの短期間で。



チャラ男「ふふぅっ~……ぼくはねぇ~実はガムダムになるのが夢だったんですよぉ?」



そう言ってチャラ男は両胸にワイングラスをつけて足をくねくねしてる。いったいなんの真似をしてるんだ……?



チャラ男「ガンダムになってするセックスは気持ちいいんだろうなぁ!!」



なに言ってんだ、こいつ。



俺「くっそ……そんな場合じゃないのにっ」



与えられた猶予が具体的にどれくらいかわからない。

今はこんなおふざけをしてのんびりしてる場合じゃないのに……そう焦るが、ここである事に気付く。



俺「あれ?教授は……?教授はどこにいるんだ?」


チャラ男「あっ?祐希ちゃん?祐希ちゃんならぁ……先にシャワー浴びてまぁーす」



なんでテメェがシャワーなんて浴びてんだよ。しかもこんな時に。のんびりしてんじゃねぇぞ。


俺は苛立ちながらも、教授のいるシャワー室へと急いで向かった。



俺「教授?」



シャワー室の外から呼びかける。



俺「呑気にシャワーなんて浴びてる場合じゃないですよ」



イラつきを抑えつつ、教授をしつこく呼ぶ。



俺「教授?祐希教授?」



しかし、何度呼んでも反応はない。


痺れを切らした俺は、シャワー室を勢いよく開ける事にした。



俺「教授っ!!聞いてるんですか!」


祐希「きゃあっっっ!!!!」



俺がいきなりシャワー室の中まで入ったのも悪かったかもしれない。


でも、だからってそんな女みたいな声出すなよ。気持ち悪い。



ギャル「祐希ちゃん!!?」



教授の悲鳴を聞いてすっ飛んでくるのはギャル。これは嫌な予感がした。



ギャル「てめぇ!!なにやってんだしっ!!」



言い訳の余地すら与えず俺をぶん殴って、ビショビショの床に倒れ込ませる。


誤解だと言おうとするが容赦ない猛襲を浴びせて俺を黙らせた。


教授もなんとか言ってくれと、ボコボコにされながら念じるが、シャワー室の隅っこって「ちがうのっ……!ちがうのぉっ……!!」と泣いていて、余計な誤解を更に生む始末。



ギャル「汚らわしぃーしっ!てめぇっ!」



俺に唾を吐きかけて、ギャルは教授を連れて逃げていった。


結果的にこの館から二人は逃げ出す事になったので、逆に都合がよかったのかもしれない。代償は散々だが。


俺はむくりと起き上がって、ちょっとリフレッシュしようと服を着たままサッとシャワーを浴びた。

いろいろとムカつく事が多すぎて、一旦冷静になるためだ。

さっき吐きかけられた唾とかを落としたかったし。


服は川とかに入ってすでにビショビショだったので濡れるのは今更気にならない。

それに適度に汚れは落とさないとメガネの事がある。やっぱり殺人アメーバとか怖いし。


だからほんとに数秒だけ、シャワーを軽く浴びてから、チャラ男の方へと向かった。


ちなみに謎の女は一部始終をちゃんと見ていたが、今回は助けてはくれないみたいだ。俺に危機が迫ってなかったからだろうか。




さっきいた部屋に戻ると、チャラ男はそこにはいない。どこに行きやがったと思ったが、ワインの溢した跡が点々とあって、それについて行くと、この館の拷問部屋へと辿り着く。



チャラ男「おー!!おれぇ!!見ろよこれよ!やらしいオモチャだぜ!!」



チャラ男は三角木馬の上に股がってはしゃぎまわっていた。



チャラ男「おぉっ!!いってぇ……!」


俺「お前いい加減にしろよ。今はふざけてる場合じゃないんだぞ!」


チャラ男「おっ……おっ…………おっ!!いってぇ!!」



チャラ男は木馬に股がっては痛がり。立ち上がって悶絶。でもちょっとしたらまた股がって痛がるというバカな遊びを繰り返し続ける。



俺「おいっ!!いい加減にしろ!話を聞けよこの野郎っ!!!」



流石に苛立ちが隠せない。こいつをぶん殴って引きずって行くしかないかと思ったが、ここで猶予がもうなくなったことに気がつく。



殺人鬼「…………」


俺「……あっ」



もう時間切れのようだ。殺人鬼はせっかく猶予を与えたのに何やってんの?という目で見つめてくる。

そんな目で見ないでくれ。



チャラ男「あんっ!!殺人鬼さぁーんww」



セルフ木馬責めで喘ぐチャラ男。親しげに殺人鬼を呼んで注目させる。



チャラ男「はーいっ!!今からひょっこりはんしまーす!!」



そう言ってチャラ男は木馬から飛び下りると、奥にあったアイアンメイデンの中に入っていった。


ロッカーかなんかだと勘違いしてるんだろうか?流石に洒落にならないぞ……


殺人鬼もアイツいったい何をしてるんだと困惑気味。俺も同じ気持ちだ。



チャラ男「はーい、見ててね!ひょっこり出てくるやつするからねっ!!」



そう言ってアイアンメイデンの扉を閉めていく。止めようとしたがもう間に合わない。ある程度まで閉めるとそれは磁石のような物がついてるのか自動で閉まっていった。

そしてその衝撃でガタンという音がして……



チャラ男「ぎいやぁっっっっっ!!!!」



チャラ男のその死に様に殺人鬼はドン引き。俺も同じ気持ちだった。

なにやってんだアイツ。


あいつの入った棺桶からは赤い血がポタポタと流れてて、俺達はその惨状に震え上がる。


チャラ男の断末魔はまだ続いていたが、もう俺にはどうする事も出来ない。

助けた所で体中穴だらけだし……。


なので俺は呆然としてる殺人鬼の脇をすり抜けて館から脱出する事にした。


チャラ男。お前の分まで生き残ってやるぞ。



外に出てまた森の中へと駆けていった。

後ろを見ると謎の女と少し遅れて殺人鬼がついてくる。


なんだかもう見慣れた光景で、恐怖も何も感じなくなりつつあるなと思ってしまった。




しばらく森の中を走っていくと先に出ていたギャル達と再会する。



ギャル「てめぇっ!ついてくんじゃねぇーし!!」



ギャルは俺に会うなり様々な罵詈雑言を浴びせてきやがる。


だがもう落ち着いた教授はそれを制して黙らせるのだ。

すると不服そうにギャルは黙りこむ。


助かったと思ったが、教授は若干照れくさそうに俺に接してきていて、さっきの事を意識してる様子。


それが凄くムカついたが今は気にしないようにする。



祐希「ところでチャラ男くんはどうしたの?」



そんな事を聞いてきたが今はそれ所じゃないからと先を急がせる事にした。



祐希「それ所じゃないって……」



チャラ男の事を心配してるみたいだが、

だからこそ、ここで正直に話すと色々とめんどくさい。

まずアイツが自分から死んだという事実を説明するのが面倒すぎる。



ギャル「おっ!月が超きれいなんですけど!」



それ所じゃないって言ってるのにアイツはなんなんだ。

そういえば今日は月が大きく見えるとかなんとかニュースでやってた気がするが……



ギャル「まじスマホのズーム機能しょっぼ……もっと近付いて撮らないと……」



崖ギリギリまで歩いていくギャル。


たかが数センチ近寄った所で月は綺麗に撮れねぇよ。というか危ないな……嫌な予感がするぞ。



祐希「ひっ……ヒグマっ!ヒグマだっ!!」


俺「えっ……?」



しかし、俺が危惧してる危険とは全く別の危険が現れていた。


そっちを見ると体長は2メートルくらいかのヒグマが。

これは平均的なサイズだろう。


しかし、大きさなんて関係ない。何メートルだろうが、丸腰の俺達が勝てるわけないんだから。


危険な猛獣が俺達を睨み付けるように見つめている。


こういう時、背中を見せたらいけないんだっけ。でも、ゆっくり通り過ぎていく時間もないしな。


しかし、ヒグマなんて生で初めて見たな。ギャルがこれに気付いたらツーショットで自撮りとかするんだろうか?


そんな能天気な事を考えるのは、俺がもう色々と疲れてしまったからに違いない。



俺「おい、ギャル……」



とりあえず反応が見たくてギャルを呼んでみた。

最悪、こいつに犠牲になって貰おうという考えもちょっとあったのかも知れない。


だが……



俺「……ギャル?」



さっきまでそこにいたギャルがいない。

どういうことだと思ったが、下手に動けないので背伸びして覗き込むように下を見てみる。


すると崖に掴まって落ちそうになってるバカがかろうじて見えた。


なにやってんだアイツと、もう呆れるしか出来ない。


そんな俺達の所に、ようやく殺人鬼が追いついつてくる。


殺人鬼は俺達の事を一人ずつゆっくりと見ていって状況を把握する。


ヒグマがいるのに一瞬ビクリとして2度見していたが、それよりもギャルが崖から落ちそうになってるのに気付いて大慌てだ。


これ以上、勝手に死なれたら殺人鬼としての名が廃ると危惧したんだろう。


だから、まずはギャルの方に駆け寄って引き上げようとした。

それは助けるためだし、自分の手で殺すためだ。



しかし……





prrrrrrrr……




そんな音がして次に聞こえたのは「あっ、もっしー?」という声。



その瞬間、ギャルは片手を離しておりバランスを崩している。

ギャルの腕力では自分の体重を片手で支える事は出来ないので、当然のように落下していった。


落ちながらもギャルは「えー?マジ~?テラウケるw」なんてふざけた事を言いながら奈落の底へと消えていく。


それを見て殺人鬼はもうっ!という感じに地団駄を踏む。なんなんだよコイツらは!という思いしか、そこには感じない。



祐希「危ないっ!!」


俺「えっ?」



その時、突然教授に押し倒されて、俺は冷たい地面に叩きつけられる。


なんだ?と思ったが、どうやら殺人鬼がいきなりギャルの方へと走っていったから熊が刺激されて臨戦態勢に入ったらしい。


そして殺人鬼とヒグマの間にいた俺が手頃だからという理由で狙ってきた様なのだ。


だが、教授のおかげで俺はなんとか助かった。ヒグマは俺達を通り過ぎて殺人鬼の方に。



祐希「ぐっ……がはっ」


俺「教授っ!?」



しかし、無事だったのは俺だけだったみたいだ。


通り過ぎる間にヒグマの巻き爪は俺を狙っていた。

でも覆い被さった教授のおかげでそれを喰らわずに済んだのだ。そう、俺だけは。


俺を守った教授。その背中には素人目にも致命傷と見える四つの大きなラインが引かれている。



祐希「あっ……っ!!」


俺「教授っ……な、なんで俺なんか守って……?」

 

祐希「俺さんっ……!逃げて……生きなさいっ!」


俺「教授……!?」


祐希「貴方は……私の妻に似ているの……」


俺「…………」


祐希「だから、生きていて欲しいんです……弘美の分も……私の分も……健人の分も……!」



弘美とは奥さんの名前だろう。

教授が俺をやけに意識していたのはそういう事か……



祐希「最後に……お願い…きいて…くれる……?」


俺「なんですか……?」


祐希「…………最後に……キス…して」


俺「…………イヤです」


祐希「ふふっ…………そっかぁ……」



普通に考えて俺は男だ。なんで妻の面影を俺に重ねてるんだ、この人は。

本当にあり得ない。あり得ないよ。

だから、嫌だったんだ。あんたの事も。



祐希「いきなさいっ……俺さん……」



俺の手を強く握ってから離す。まるで何かを託すように。

その見えない何かを受け取って、俺はここから逃げ去ろうとした。



俺「……っ、教授!」


祐希「……っ?」



別れ際、俺は教授の頬に唇を落とした。

それが最後の手向けというように。



俺「今まで……お世話になりましたっ……!」



そう叫んで俺は教授と一生のさよならをする。

最後の教授の顔は優しい笑みを浮かべていた。



俺「いくぞっ!!」



俺は謎の女を連れて走っていく。


後ろではヒグマと激闘を繰り広げる殺人鬼。


あの戦いで生き残った方が、俺達をやりに来る。


それまでに逃げ切らないと。




無我夢中で森を駆け抜けていく。途中、木の根っこに足を引っかけて転んだりもしたが、それでも這いながらでも動くのをやめなかった。


そのおかげか俺達はついに森を抜け出して、国道に出る事が出来た。


広い道に出て一気に開放感を感じる。



俺「助けを呼ばないとっ……」



時間帯的に交通量はまばらだが、待ってればすぐに車を捕まえられるだろう。


現に遠くから車の明かりがこちらに向かってるのを確認できた。道路の真ん中に立って、助けて貰うことにする。



俺「おーーいっ!!止まってくれぇっ!!」



結構な距離もあるから、ブレーキだって間に合うし普通ならスピード落としてくれるはずだ。


だけど、視点の先にいる車はスピードを落とさない。それどころか俺を轢き殺す勢いだ。



俺「なっ……!」



予想外の事に即座に体が動かない。だけど、車は刻一刻と俺の方へと迫ってくる。あれは時速180キロはオーバーしてるぞ。



俺「がぁっっ!!!!!」



瞬間、俺の体は吹き飛ばされた。とてつもない力で。



けど、それは車に轢かれたからじゃない。



謎の女「ッ───────」



車に直撃する寸前に、こいつが俺を突き飛ばしたから……


でも、こいつは俺の代わりに車に……








俺「おいっ!!しっかりしろよっ!!」



何メートルも向こうに飛ばされた女の元に駆け寄って抱き抱えた。


俺達を轢いた車はスピードを緩めることなく通り過ぎて行く。



俺「おいっ!おいっ!!!」



頬を何度か叩くと虚ろな瞳を開いて、そこに俺を映す。



謎の女「さとし……ねぇちゃんが守ってあげるからね……」


俺「なに……言ってんだよ?」



始めてこいつの口から言葉が紡がれた。

でも、俺には兄弟なんていない。こいつとは知り合いですらないのに。



謎の女「ちゃんと…今度こそ……守って……」



でも、俺はすぐに理解できた。


こいつも教授と一緒で、俺に自分の弟を重ねていたんだと。



俺「俺は……お前の弟なんかじゃ……」


謎の女「さとし……辛くても生きるの……よ?」


俺「…………」


謎の女「ねー……ちゃんとの……やくそく」


俺「……っ」



そこで謎の女は事切れる。



俺「ねぇちゃぁっっん!!!!」



この声が手向けになるかなんてわからない。でも、俺にはそう叫ぶしかなかった。



殺人鬼「……ッ」



気配を感じて見ると、そこには体中痛々しい傷を携えた殺人鬼がいた。ヒグマに勝ったのはやっぱりコイツだったみたいだ。



俺「…………」



俺はゆっくりと立ち上がって、殺人鬼と睨みあう。


それはお互いが憎いからじゃない。生と死をかけた最後の戦いに挑むためだ。


だから殺人鬼はもう、謎の女が勝手に死んでた事に関心を示さない。

俺をやるという静かな覚悟だけを示していた。


俺もそれを理不尽とは思わない。ゆっくりと深呼吸した後に走り出す。町はもうすぐそこだ。そこまで逃げ切って警察に駆け込む。それが俺の勝利条件。


警察署がどこにあるかなんてわからないが、とにかく人里におりるしかないんだ。

だから、俺は走り続ける。あの六人の分まで。


呆気なく死んでいった仲間達の記憶が、俺を奮起させるように呼び起こされる。




メガネ『いやらしい声、出ちゃってますよぉ……?』


健人『オ゛マエタ゛ケワユル゛サナイッ゛!!』


ギャル『きめぇーんだよ!ばーか!』


チャラ男『ガンダムになってえっちしたい子ぉ?もちろんパラスアテネぇ……』


主人『人は死ぬ時こそ、美しいんです』


祐希『弘美っ……!』


謎の女『さとし……』



無我夢中で走っていって、太股の傷が開いても構わず足を動かし続ける。


国道沿いにあった路地に入って狭い路地裏を抜けていく。


そして、俺はついに町に出る事が出来た。



俺「っ……!!」



やっと人のいる場所に出れた。一気に安堵する気持ち。


町は夜なのに明るくて、ずっと森の中にいた俺からしたらホッとする明るさだ。



でも、町の光景をまじまじと見ると俺はすぐ唖然とする。



俺「なんだ……これ……」



後ろから追ってきた殺人鬼も町に出てきた。


俺を殺そうとする。


しかし、奴も町の光景を見て唖然とするんだ。


ゆっくりと俺の隣まで来て、その光景をただ呆然と眺める。

そう、ただ俺達はそれを一緒に眺めていた。


町の人間は赤黒い欠陥を浮き上がらせてふらふらとした足取りで徘徊している。


そして、そうじゃない正常な人間は、そいつらに追われてるようだった。



男「助けくれっ!!ゾンビがっ!!ゾンビがぁっ!!!!!」



その男の断末魔と、町の惨状から俺達は全てを察する事が出来た。



俺「…………」


殺人鬼「…………」



やがて俺達は顔を見合わせる。


ここからは、過酷なサバイバルの始まりだと言うように。






おわり


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バーベキューしてたら殺人鬼に襲われたけど、それとは関係なしに皆死んだ話 hj略 @0nokinami0

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