第48話 無言の悲鳴

 結局その日は、掃除にならなかった。


 岩崎くんがいろいろと話を振ってくれても、私は「うん」って頷くことしかできなくて。だからきっと、岩崎くんには変な女って思われたに違いない。


 それでも、少なくともあと一年半(もちろん来年も同じクラスである保証はないのだけれど)一緒に居られることがわかって、私は幸せだった。




 いつまでもみっともない顔を見せてるのも恥ずかしい。


 私は涙を拭いて、いつものペースで岩崎くんを茶化そうとする。


「成績条件なんてさ、夏休みのときみたいに、定期的に勉強会をやれば大丈夫だよ!」


「またあの地獄を味わうのかよ……」


「自宅送還よりはマシでしょ?」


「そりゃそうだけどさ……」


 あれ? 勉強会?


 勉強会という言葉を口に出した途端、幸せだったはずの私の心に、影が差した。


 あのとき由希を見つめていた、岩崎くんの表情を思い出す。そして、由希の気持ちも。


 岩崎くんが一人暮らしをしてでもこの街に留まることを選んだのは、由希と一緒にいたいからじゃないの?


 ひょっとして由希がおそらく大学進学でもこの街から出られないことをどこからか(もしかして由希本人から)聞いて、それなら少しでも長く……と考えたんじゃ?


 そう、別に私と一緒にいたいから、と彼は一言も言っていない。


 そんなことはわかっていたのに、わかっているのに。一緒にいられる期間が延びるってだけで、それだけでも十分幸せなはずなのに。


 それなのに彼の笑顔を見ているうちに、私は、私は勝手に期待して……!




「古川さん、どうしたの?」


 急に黙りこくってしまった私を心配してか、労わるように優しく尋ねてくる彼の視線に、私は耐えられなかった。


「なんか今週、体調悪くて。今日はもう帰るね」


 岩崎くんから視線を外して、嘘をついた。彼にだけは嘘なんかつきたくないのに。


「じゃあゆっくり休まないと。また明日な」


 そう言って明るく手を振った彼は、私を見送ってから自転車で帰って行った。


 嬉しかったはずなのに、力がまるで湧いてこない。重石が括り付けられたように、身体が、心が、無言の悲鳴を上げている。




 私はその週の残り、学校を休んだ。

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不揃いの前髪越しに眺める、私たちの未来 ねこくも @catinclouds

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