読みあい日


 文芸同好会の外から吹奏楽部の柔らかに響く楽器の音が聴こえます。これは楽器毎に別れたパート練習でしょうか? 複数の柔らかな音がそれぞれお互いの音を溶け込ませるように聴こえてきます。時折音程を外すこの曲はおとうやおかあ世代の流行歌ナツメロですね。あたしもよく聴かされた両親の思い出の曲なのでつい口ずさんでしまいそうになります。

 目の前で入れたてのコーシーを啜るセンパイもこの曲を知っているのか眼を瞑って指先でリズムを刻んでいます。理智的な白衣の眼鏡美少女の姿がそこにはありました。センパイはうっとりとした表情でコーシーで濡れた上唇をリズムを刻んだ人差し指で拭い、静かに空気を震わせてため息のような言葉を紡ぎました。


「あれは……ホモね間違いない」


 相変わらず一瞬で雰囲気をぶち壊す腐った決め台詞で絶好調な本郷ほんごう 好美このみセンパイにあたし、保坂ほさか モモは深く深く溜め息を返しました。


「ハア」

「ふふ、わかる保坂さん。この柔らかな音の絡み合いは間違いなく愛を語っているわ。選曲も実に素晴らしいホモサウンド」


 うちの両親の思い出の一曲もこの人に掛かれば全てはホモになるんですね。一応これ、女性デュオの歌なんですけど、突っ込んだら両親の思い出が更に汚れそうなんで止めておきましょうか。それにセンパイに悪意があるわけじゃなし……たぶん。


「いや、あたしにはただの楽器練習に聞こえるんすけど?」

「もうダメよあなた。この位のホモの心情を読み取れないと立派な腐女子になれないわよ?」


 別に腐女子になるつもり無いですから永遠にホモの心情とやらは読み取らなくて構いません。この人はなぜあたしを腐女子にしたいのか、いまだに謎です。理由によっては同好会を辞めることも考えますが、これほどに面白いお方はそうはいないのでいまのところ保留してます。


「いい? 楽器同士の反響は空間を支配するホモよ。こっちを見ろと主張し、注目を集める。そう、これは男達の音の攻めと絡み愛。俺の音に染まりたいんだろ正直になれよ。複数に重なる柔らかくも激しい楽器はまさに野獣の咆哮っ。これはもはやっ、SE《セッ》ーー」

「ーーセンパイ。日が暮れちまいますんでそろそろ今日の活動をしませんかね?」


 また長くなりそうなホモ語りが展開しそうなんで、あたしはセンパイを促します。今日は月一のお互いの書いてきた短編小説を読みあい感想を言いあう日です。センパイも楽しみにしてるはずなのであたしの言葉に耳を傾けるでしょう。


「そうね目と耳でホモを楽しむことにしましょう」


 耳を傾けてくれたのはいいですけど、あたしは一文字もホモを書いてきてないですよ。あと、うちの学校の吹奏楽部。女子部員の方が多いんで高確率で演奏してんの女子だと思います。

 なんて言ってもセンパイの脳内にはきっと届かない。





「保坂さん。あなたの文章は相変わらず丁寧よね。少し文章が砕けるところもあるけど今回の作品の味になっているわ」


 しばらく、読み込んでいると先に読み終えたセンパイが眼鏡の弦に触れながら感想をくれました。


「どもっす。なんか真正面から誉められると照れくさいっすね」

「ごめんなさい別に誉めてるつもりは無いの。同じセリフを何度も多用してるし、ヒロインが主人公を好きになる理由が軽いと思うのよ」

「さーせん。そこはまだまだ描写不足だと自分でも思うっす」

「でも、それ以外は気にならないピュアな恋愛作品だったわ。とても面白かった」


 センパイは作品の批評をする時は妥協をしない人です。最初の頃はボロクソに叩かれましたけど、あたしも性格的に負けず嫌いなのでなにくそと書き続けてきましたが、ここまで誉められて面白かったと言ってもらえたのは初めてです。素直に嬉しくて口元がにやけてーー


「提案なんだけどこのヒロインを男の子にしてみない?」

「根本的に物語ストーリーが変わっちゃうんで却下っすね」


 ーー最終的に欲望がだだ漏れなければまだ小指程度にはセンパイを尊敬するんですけど。うーん、残念です。


「センパイも本当に文章が綺麗で冒頭はワクワクっすね。読ませる文章力がダンチっす」

「ふふ、ありがとう。今回は流行りの異世界ファンタジーに挑戦してみたの」

「はい、魅力的な異世界だと思うんすけど……」


 思うんですけど……。


「途中で展開が汚くなるんすよねぇ。何でこんなに話をぶち壊せるのか不思議っすね」

「ちょっと失礼ねっ。封印されたドラゴンから聖剣を引き抜く王道展開を書いたつもりよっ」

「その聖剣がドラゴンのケツに刺さってるのがワケわかんないんすよ。そのあとこのドラゴンがいきなりイケメンになって勇者とイチャついて終わりって酷すぎません? ヒロインのエルフはどこに行ったんすかね?」

「普通に刺さったんじゃ面白くないでしょ? ドラゴンと勇者のホモは作品のキモだし、そもそもそのエルフはヒロインじゃなくてモブキャラよ?」

「マジっすかぁ」


 センパイは自信満々の力作だとボインを張りますけど、なんで自分の作品を尽くぶち壊すんですかね。てかモブって、なんのために勇者に着いてきたのこのエルフ姉ちゃんは。


「センパイ、この「異世界竜聖物語ファンタジア・ドラゴン・ストーリーHMハードマスター」は真面目に書けば傑作の王道ファンタジーになるとあたしは思うんすよ」

「保坂さんは不思議な事を言うわねホモこそ真の王道よ。でもそうね、書き慣れない異世界物語だからホモがうまく活かせなかったかも、あなたが言いたいのはそういうことよね。ごめんなさい反省するわ」


 チガイマス。不思議なのはセンパイの頭で、反省するとこ間違ってます。けど、センパイにそれを言っても新たなホモを掘り出すだけですね。はい、王道ファンタジーはあきらめます。






 色々とお互いの作品を批評していると部室扉がガラリと開きました。


「悪いまだ終わってなかったのか」


 ちょっとバツが悪そうに坊主頭を掻いている男前はセンパイのホモ友達の松岡まつおか 大助だいすけセンパイです。ちなみに松岡センパイは本郷センパイを彼女と思ってます。センパイはなんて罪深い女だろうと松岡センパイの幸せな笑顔を見るといつも胸が痛くなりますね。ま、本人達が気づくまであたしはバラす気はありませんけど。


「こんちは松岡センパイ。風邪はもういいんすか?」

「こんちは保坂さん。もう大丈夫。心配してくれてありがとうね」


 あたしが挨拶すると松岡センパイも爽やかに挨拶します。本当にひとの良い笑顔です。そこらの女子ならイチコロで落とせそうなーー


あとで出直すよ」


 ーーん?


「ううん、もうちょっとで終わるからはそこに座って待ってて」


 ダイクン?あぁ、ジオーーいやいや。


「センパイセンパイ、ちょいと来てください」

「ちょっ、なに保坂さん? 変な顔して」


 あたしが本郷センパイの白衣を引っ張って部屋の隅に連れていくとキョトンとしてやがります。


「なんすかいまのっ」

「いまのぅ? ううん?」

「とぼけんでください。名前呼びって、なに微妙に進展してんすか?」

「進展って? あ、また頭を恋愛脳にして、ダイくんはーー」

「ーーそんな甘ったるく名前呼びする友達はいませんって」


 この人はこの期におよんで。


「友達も色々よ。まだまだね保坂さん」


 なんすか、その勝ち誇った顔はっ。


「このみ、どうしたの?」


 松岡センパイが心配そうにこちらに声を掛けてきてセンパイはニコニコと手を振ります。


「なんでもないそろそろ帰りましょうか? ほら保坂さんも。鍵閉めちゃうわよ?」


 センパイのイタズラっ子な見たこともない表情にあたしは眼をぱちくりとさせるしかありませんでした。


 ーーーー終わり?


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ホモが好きな本郷センパイ もりくぼの小隊 @rasu-toru

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