コーヒー=ホモ
部室扉の前で話し声がします。少し高揚した男子の声はあたしら文芸同好会にも内容は丸聞こえです。でも、それはあたしにはたいしたものには聞こえません。テストの点が良くて嬉しいとかそんな些細なものです。あたしは一瞬だけ耳を傾けただけで特に気にも止めるものではありません。
センパイもみた感じ特に気にした様子もなく切れ長な瞳を細めてハラリと眼鏡と目の間に掛かった前髪をソッと元に戻す。その仕種はとても絵になります他人が見れば。はい、知らなければ、溜め息が漏れる程に美人なセンパイの瑞々しい唇が僅かに動きました。
「あれは……ホモね間違いない」
いつも通りに真顔で思考を腐らせている
「へぇ、そうなんすか」
「ええ、全てをさらけ出す濃厚なホモが目の前を通りすぎて行くわ」
気のない返事をしたのに、聞いてもいないのに、センパイはいつも通りにホモ語りをヒートアップさせようとしています。ご勘弁願いたいんですが、相手をするのはいまあたししかいないんでしょうがないですね。
「あたしには友達同士の普通の会話に聞こえたんすけど?」
「ハァ……それは違うわ保坂さん。高揚した彼は自らをさらけ出して隣の彼に愛を告白したのよ?」
真顔でまたアホな事を言ってますねこの人は、しかも、そんなこともわからないのねと言わんばかりに溜め息を吐いて肩を竦めちゃってますよ。まぁ、今に始まったことじゃないんで、イラッともしませんけど。
「いい? テストの点数を教えるということは自分を意識して欲しいというホモの顕示欲よ。これはもう彼の目の前で産まれたままの姿を晒すようなもの。つまりはぜんらーー」
「ーーあ、センパイ。アイスコーシー入れたんでどうぞっす。冷蔵庫にあったペットボトルのやつっすけど」
あたしは、ホモをヒートアップさせるセンパイの前にペットボトルの無糖アイスコーシーを差し出した。
ふぅ、あぶないあぶない。いくら本人達がいないと言ってもこれ以上は聞くに耐えられません。さすがのあたしもちょっとくらい良心が痛みますしね。センパイには少し落ち着いて貰わないと。
「なによこれ、アイスコーヒーにポッキー?」
「はい、ポッキーが冷たくなって美味いんすよこれ。 合うんすよコーシーとポッキーは」
「へぇ、そうなのね。試したこともなかったわ」
アイスコーシーにはポッキーが二本差し込んで在ります。我が家では定番の夏場のポッキーの食べ方なんすけど、センパイもちょっと興味を持ったようですね。よしよし、このまま彼らの事は忘れていただきましょうね。
「ほら、センパイ。見てくださいポッキーがアイスコーシーを攻めてますよ」
あたしはもうひと押しと、クルクルとポッキーでアイスコーシーをかき混ぜてみせました。センパイの大好きなホモ的な掛け算をやってみたつもりです。
「ちょっと待ちなさいあなた」
急にセンパイはバンと迫力なく机を叩きあたしをキッと見つめてきました。あれ、なんかお気に召さなかったんでしょうかね。
「保坂さん。なぜ、ポッキーが攻めなのか応えて」
「え? いやぁ、特に理由はーー」
「ーー応えなさい」
有無を言わさないセンパイにあたしは特に無い理由を探して適当に考えて応えました。
「まぁ、ポッキーのチョコレート部分がコーヒーに浸透して、ほんのり味を変えてしまう……とこっすかね?」
自分でもなにいってんだと思うけど、センパイはなんか頷いちゃいましたよ。
「なるほど、少しはホモを理解してきたようね保坂さん。さすがよ。ちょっと嬉しいわ」
「いやぁ、あたしは理解したくなーー」
「ーーけど、あまいわ保坂さんっ。ポッキーは受け、攻めはコーヒーとみるべきっ」
あたしの言葉を遮って指を突きつけるセンパイのありえないくらいに揺れるボインに思わず目を奪われるあたし。少しの間があってセンパイは指を突きつけたままウズウズと口元を震わせてます……あ、これ、聞いて欲しいんすね。
「わぁセンパイどういうことすかおしえてくださいぼうよみ」
あたしが気のない棒読みで聞いてみるとセンパイは白衣を無駄に翻して椅子をクルと一回転させ、あたしのポッキーを手に持ちどや顔で脚を組み換えながらホモを活性化させました。
「いい、このポッキーは一見アイスコーヒーを攻めているように見えるわ。保坂さんの言うようにこうやってかき混ぜればさも暴力的に支配欲を固持するホモよ。俺色のチョコレートに染まれバイオレンスホモ」
クルクルとあたし以上にポッキーをかき混ぜるセンパイの目の輝きはちょっと退いちゃうんですけど。また訳のわからない事を言っちゃってますけど。突っ込んだら負けですねこれは。センパイは構わずに続けます。
「しかし、それは偽りの罠。支配欲を満たしていたポッキーはその顕示欲の象徴たるチョコレートを少しずつじっくりと剥がされていく。ほんのりと俺色に染まると見せかけてその実は、衣を剥がされてゆく事に気づいていないのよこのポッキーは……フフフ、アイスのうちは優しさを演じるコーヒーも、熱を上げれば一気にチョコレートを溶かす獰猛なるケダモノな
うわぁ、今日はいつにもましてイッチャッテますよこの人。てか、熱を上げてケダモノになるんなら世のホットドリンクは全部ホモになるんすけど、そんな事を言ったら「そうよ、気づいたわね。真実は全てホモッ」なんて言っちゃいそうなんで言葉はお腹の奥に一生呑み込んでおきましょうか。
「あ、ホント。以外といけるわねこの組合せ。ポッキーが冷たくなってブラックコーヒーも活きてるわ。あら、保坂さんの分は?」
「いやぁ、あたしのいまの気分はコーシーよりミルクチィーになりましたんで、気にせんでください」
あんなホモ語りを聞いちゃうといただけませんねぇ。あたしの自業自得ですけど。なんてあたしが戸棚からミルクチィーのチィーパックを探してると。
「なるほど、さすがは保坂さん。ケダモノね」
……後ろで何を言っちゃってんでしょうねあの人。
「そういえば、今日は松岡センパイ来ないんすか?」
しばらく、部活動という名の読書に勤しんでるとふと、最近ちょくちょく文芸同好会に顔を出す。センパイのホモ友達である松岡センパイの事を思い出す。二人のやり取りは暇潰しに持ってこいなんで割りと楽しみにしてるんですよね。
「あぁ、松岡くんなら今日は風邪でおやすみなのよ」
「え、そうなんすか。早くよくなるといいっすね」
「そうね、早く元気になるといいけど……あら、噂をすればメッセージがきてるわね……」
スマホを確認するセンパイは薄く笑顔を綻ばせながら、松岡センパイのメッセージを確認すると急に帰り仕度を始めてあたしの目の前に部室の鍵を置いた。
「ごめんなさい保坂さん。先に帰らせてもらうわ。鍵は先生に渡してくれればーー」
「ーーえ、突然どうしたんすか?」
割りと責任感は強いセンパイが、あたしより先に帰ろうとするのは珍しいことなんでちょっと驚きです。これはよっぽどの理由があるのでしょう。
「あのね、どうも松岡くんご両親がいなくて家にひとりきりみたいなのよ。だから、ちょっと様子を見にいって来ようかなって」
「え、親がいないのに松岡センパイの家に? いや、それはちょっと松岡センパイがーー」
「ーー大丈夫よ。ご両親から合鍵貰ってるし、松岡くんに迷惑は掛けないから。ちょっと様子を見てお粥くらいは作ってあげようかなって」
「えっ! 合鍵って、ご両親ご公認の仲なんすか! センパイーー」
それ、絶対彼女って認められてんじゃないすか?
「あ、また下世話な事を考えてるわね。不潔よ保坂さん」
「いや、この際あたしが不潔でもなんでもいいっすよ。センパイ、自分の気持ちを認めましょう。普通、友達にお粥を作りには行きませんって、あなたは松岡センパイの彼女です」
「もう、また訳のわからない事を、何度も言ってるでしょ。松岡くんは
センパイはそう言って、ピシャリと扉を閉めて帰って行きました。
「いや、センパイの頭の腐葉土には敵いませんけど……ちょっと松岡センパイ可哀想になっちゃうすねぇ……」
あたしは気の毒な松岡センパイに同情しながら、ミルクチィーをすすり、センパイの残したポッキーの刺さったアイスコーシーを眺めた。
「せめて、このコーシーみたいに松岡センパイもケダモノになって不健全な間違いが起きれば……今日のセンパイ結構ドエロいの履いてたし、ムラッとしねえかなぁ」
まぁ、そんな度胸は松岡センパイには無いでしょうけど………。
「ハァ、あたしも帰るか」
センパイもいなくなってつまんなくなった部室をあたしも後にした。
ーーーー終わり
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