第二話 社畜から社畜へ
「ようこそ。異世界職業安定所へ。そして永久就職おめでとう」
訳の分からないことを言い並べる栗色おかっぱ少女の言葉に、カイはめまいがした。そして、記憶を手繰るように額に手を当てる。
死んだんだよな?あの時。いやもしかしてあの時助けてくれた剣士の人が、この人・・・。
ちらっともう一度、明らかにサイズの合わないダボダボで奇抜なTシャツを着ている少女を見る。しかし目測でカイの半分位の身長しかない。
いや、ありえないな。チビ過ぎる
「貴様、物凄く失礼なことを考えているのではあるまいな?」
少女に訝しげな視線を投げかけられ、カイは自分の考えていたことが失礼に値すると思いいたり、そのハッとした感情が見事に顔に出た。
「貴様、わかりやすいの」
怒ることもなく、少女は腕組みし逸れた話を元に戻す。
「まあいい。それよりも、業務内容の説明だ。こっちにこい」
未だに頭の整理のついていないカイの横を通り過ぎようとする少女のなすがまま、踵を返し、後ろについていく。あたりを見渡すと、カイにとっては見慣れないものが多く、ガラス戸の棚や、書類専用の引き出し、そしてカイがさっきまで寝ていたソファは向かい合わせになっていて真ん中に大理石の長机が置かれている。見渡せば、正面のドアに加えて、棚の横には襖もある。
大手ギルドの談話室みたいなところだな。
カイは以前一度足を運んだ大手ギルドの談話室を頭に思い描く。
二日かけて馬車で行き、気の合う目付け役の人と背もたれの高い上等な椅子に腰かけながら、現場の様子や、今後の人員などの説明を受けてきた。
利き手側に置かれた小さな丸テーブルの絢爛豪華なティーカップには熱々の紅茶が注がれていて、会議自体がカイにとっては夢のような心地だったのだ。
「何をしておる。せっかくドアを開けてやっておるというのに呆けおって。はよ、 通らんか」
回想に浸っていたカイは目の前のドアが開けられてとことに気づかなかった。
「す、すみません」
ようやく、窓もない四角い部屋から出ると、まずカイが正面にとらえたのは、『あの世行』と書かれたプレートの下にある藍色の
あれ?ってことは死んでない?
格子をみてカイは余計に頭をもやもやさせる。
「▽%▲〇◇●$!&■●▽?」
悶々としていたカイを驚かすように聞きなれない言葉、とも取れない声が少女に飛んでくる。
「おお、すまんすまんさっき起きたとこでな。ん?これか。気に入ってしもーたか らワシの
会話をしているほうに視線を向けて、カイは驚いた。それほど小さくないと自負していた身長だったが、その三倍はあろうかという貴族の家にありそうな真っ赤な扉と、見たこともない、何やら光の反射する材質で作られた真四角の扉が、隣り合って並んでいた。
それに圧倒されていると、
「■△#%¥、♦☘■▽?」
手前のカウンターで先ほどから少女と会話していた、綺麗な黒髪を後ろで束ねた女性がカイに向かって声を張った。
カイはそれに気が付くと、視線を二人のほうに落とした。
模様など一切なく、ダークブラウンの重厚なカウンターがこの部屋を分断していて、そのカウンター越しに喋っていた二人だったが、女性がカイを手招きすると、少女も思う出したように、ひょいっとカウンターにはだしの足を引っかけて乗り越えた。
カイもそれに倣おうとしたが、女性に『壁伝えで来い』というようなジェスチャーをされたので、見ると、カイの腰の位置にあるカウンターよりもさらに低い位置にある薄い板が壁とカウンターをつないでおり、力を加えれば、押しのけられるようになっていた。
カイは、板を押し退け、女性のところまで行くと、座っていた女性は立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
「■△$%。&%*#△」
何を言っているのか、わからなかったカイだが、初対面の相手に対しては自己紹介を行う習慣はあったので、女性と同じように頭を下げ、自己紹介をする。
「えっと、ティオムール帝国。カサノヴァ村出身のカイ・コドラです」
だが、 お互い頭を上げたとき顔には愛想笑いが浮かんでいた。それで、ああ、この人もきっと言葉が聞き取れないんだと理解する。なぜなら、女性の装いが、カイにとっては珍奇なもので、いくら妄想力のある頭でも思い描けないような恰好をしていた。
一方で、女性のほうも自分が着ている鼠色のスーツに対して、黄ばんだ麻布のシャツとゴワゴワしてそうな革のズボンを履いている中世の住民的な出で立ちに理解が追い付いていないのか、視線が、カイの体を
「なんじゃおぬしら?ほれ、沙羅。はよう業務について説明せんか、そうすれば受 付を交代できるぞ」
沈黙してお互いの風貌を見つめあう二人にしびれを切らした少女は沙羅と呼ばれたスーツの女性のお尻を叩く。だが、女性はカイのほうに視線を残しつつ、腰をかがめて、少女の耳元でひそひそと何かをしゃべる。
「なんじゃ言葉が理解できないなら早う言わんか。顔を出せ」
そういった少女は女性の顔の前に小さな手を差し出す。すると両掌がやさしく発光し始め、少女の手と思えなくなるほど顔の小さい女性の顔全体が淡い光に包まれた。
「貴様も顔をだせ」
同様の処置をカイも施されると、女性が一つ咳ばらいをして改めて対峙してきた。
「んん。私、
聞き取れた。いくらか、意味不明な言葉もあるが名前は沙羅であり、彼女もまたここに来てまだ日が浅いということであることは確かなようだ。
「僕は、カイ・コドラ。僕も死んだと思ったらここにいました。えっと、まずここはどこなんですか?それと女の子は何者なんです?急に言葉が理解できるようになって、ありがたいんですがその、頭がつ追いかないといいますか・・・」
少年時代に勉強をしてきたカイは母国語以外を覚えることの難しさを知っていた。そして結局何一つ習得できなかったことも思い出し、胸が痛くなる。だが、カイには不可解な現象を一言で表せる知識は備わっていた。
魔法使いだ!
この一言でカイは一気に不安から解放された。自分はやはり、あの時助けられたのだ。似たような光を剣士の人も発していたし、魔法使いなどそうひょいひょい出会えるものではない。きっと姿も変えられるんだ。
悲しいもので、憧れから来ていた妄想は大人になるにつれて現実逃避のための道具になってしまっていた。
「社長!事務所で何も説明してないんですか?」
「うむ。ワシよりも沙羅のほうが要領よく説明できると思うてな」
「そういうのは雇用した社長が責任をもってすべきことなんです。もしかして名前 すら名乗ってないんじゃないでしょうね?」
「う、うむ」
「私、初対面の時に言いましたよね?挨拶は関係性を築く上で一番重要だって。いくら神様だからってそういうところはしっかりして・・・」
あきれたように首を横に振る沙羅を涙目で見上げている残念な神様がグシっと袖で涙をぬぐうと、手を腰に当て、ない胸を大きく張って息を吸い込んだ。
「ワシはミネヴァ。異世界への水先案内人を務めておる。・・・神じゃ」
ミネブァはフンと鼻鳴らす。
「死んだ貴様の
ミネヴァはいたずらでもした子供のように、きまり悪そうに沙羅を見る。
「へーあの程度で、根を上げていたと。いいですね。神様はお気楽で」
「うむ、しかし今まで何万年とやっているとなそれはもう膨大な量に・・・」
「何万年という書類が、書類トレーの棚一つに収まるんですか・・・。へー」
「う、うむ」
「ていうか、そもそも、今どき雇用主がふんぞり返っているような職場なんてありませんから。その辺理解していて、その口調なんですよね」
やめたげて、もう泣いちゃう。泣いちゃうよ。
「う、、、う、む」
上擦った声で今にも泣きだしそうなミネヴァに対して、何か気の利いたことを言おうとカイはあくせくした。
「ですが、神様に認められてここに就職できたことはとてもうれしいです。
きっとやりがいのある仕事なんでしょうね」
親子にすら見えなくもない二人が、同時にカイのほうを見る。
「いやいや、カイ君。この仕事、
超ブラック企業という言葉の意味は分からなかったが、拘束時間が
そして隣でなぜかまた胸を張って機嫌を直しているミネヴァが鼻息を荒くしている。
「そうじゃ。貴様らにはここで
カイはさっきまで茶目っ気のある言葉遣いだと思っていたミネヴァの口調に殺意が沸いた。
こちら異世界扉前職業安定所 @maitaketarou
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