第一話 ありふれたきっかけ

 正面玄関の防犯も何もないぽっかりと空いた四角い入り口から、随分と大柄な男が入って来た。


「どけどけ。邪魔だ!テッポウイノシシを仕留めた俺様がお通りだ」

 

 大柄な体格に似あう野太い声を上げる男は「まじか・・」 「すげ・・」などと周辺にいる人の注目を浴びながら、一枚の色褪せた紙切れを持ってきてバン!と受付嬢のカウンターに叩きつけた。


「換金頼むぜ。今夜は宴だ」

 

 その声を奥の作業部屋から聞いていたカイは、

 お前が終業時間ぎりぎりで持って来るせいで、今夜は残業だよ。と心の中で毒づきながら立ち上がり、一応この町一番の金庫にお金を取り出しに行く。


 小さなころから病弱で、部屋に引きこもりがちだったカイは、農家の次男でありながら出稼ぎに出ることもなくこの片田舎の小さな町で大手ギルドの仕切る換金所に雇用されていた。

 カイの両親は、出稼ぎに行って衛兵や肉体労働者になり、色んな土地で見聞すること勧めたが、生まれ育った町で夢想しながら仕事をこなしているカイに対して、文句を言うこともなく、体も弱いしそのほうが・・・と今では受け入れている。

 

 金庫は三か所の鍵穴にそれぞれ別の形をした鍵を入れなければ開かない仕組みだが、そのカギは三つまとめてキーケースに収まっているという体たらく。それでも換金所が成立してしまうほどこの町は平和で、ないもない。

 カイは、金庫の中から今回の報酬に見合うだけの金貨数枚を取り出し、もう一度心許ない厚さの金庫を閉めた。

 

「いいだろ。今晩一緒に飲まない?」


 受付裏の作業部屋に戻ると、大柄な男が従業員で一番若い看板娘をカウンターで口説いていた。


「すみません。今晩は予定が・・・」

「そんなの良いからさ、おれと酒場で朝まで飲もうぜ」


 もう他の窓口の女はおらず、カウンターの外にも大柄な男以外はいなかった。

それもそうだ。終業時間はもう過ぎているし窓口も閉鎖の時間だ。

 というか窓口が閉まる時間と働くのを終える時間が同じなのがそもそもおかしいのではないかとカイは思ったが、言ったところで女たちが定時に帰ることをやめるはずがないと決めつけ、いつも通り言葉を飲み込んだ。


「お客様、お待たせいたしました。こちら報酬の金貨三枚になります」


 この町で金貨を手に入れられる人間は稀に依頼がある高難易度のクエストを成功できる奴か、収穫時期の農家だけだ。それ以外の奴は銀貨百枚をためてこの換金所で一枚と交換するくらいでしか手に入れられない。


「あのさ、あんちゃん。少しは空気読んでくれない?」


 怒号どごうが飛んでくると思っていたカイは、思いのほか紳士的な口調に少し驚いた。

 こんな田舎で、自称冒険家や力自慢をうたうやつは大概たいがいが天狗で、気に入らないことがあればところかまわず怒鳴り散らす奴らばかりだ。特に換金所では換金額が周りの人にもわかるためプライドの高い男たちにとって受け取り時にそういうことが多発するのだ。

 大柄な男は明らかに不機嫌な様子で金貨を受け取ると、足取りは陽気なまま入り口から消えていった。

 周りに人はいないが金額が金額だし、早く武勇伝を語りたのだろう。

 とにかくすんなりと終わってよかったとカイは思った。


「遅い!もう終業時間過ぎてるじゃない。書類。まとめといて下さいよ。

 まったく」

 

 感謝されるわけ・・・ないか。


 お疲れ様の一言もなく裏口がバタンと閉まる。

 今夜も残業になりそうだと、カイはため息を漏らした。


 昼間から少しづつ机の上に重なっていった書類を片付けつつ、カイは職場における男女比率と言うのはかなり大事であると思った。

 この町に限らず、ティオムール帝国の田舎出身である大概の男どもは家業を継ぐか、出稼ぎに出るかの二択が基本である。つまり、商業関係で働いているのは辺境の地にやって来た冒険者か、嫁入り前の女くらいであり換金所も例外ではない。そして換金所の男女比率は1:4であった。

 当然のように徒党ととうを組んだ女たちは次々とカイに仕事を押し付けた。今では窓口に立つこと以外の業務は全てカイがやっていた。

 それなのにもらえる対価は同じなのだ。

 割に合わないとは常々思っている。だが、この仕事を選んだのは自分だし、にいちゃんは朝早いのに晩酌ばんしゃくするために夜まで待っててくれるし、ギルドからくる目付け役の方とも馬が合う。ようはそれなりに充実しているのだ。

 さらに言えば体も弱く、魔術の才にも恵めれなかったカイはこのくらいしかできないという半ばあきらめの気持ちもあった。

 いつの間にか薄い月明かりの中で作業していたことに気づいたカイは手を止め、ろうそくに火を灯す。


「一度でいいから魔法使ってみたいな」


 手元を照らす炎をぼんやりと見ながらぼそっとつぶやく。

 この世界でたった一握りの人間だけに与えられる天賦の才。国を動かす重鎮や大物冒険者、勇者と言われる人物の大概は魔法を使って空を飛び、火や水を操り、そして道行く人には笑顔で迎え入れられる。

 この世界の人間であれば誰もが一度は抱く夢にすがりながら、カイは日々を暮らしていた。


 ろうそくのろうが溶け、揺らめく炎が小さく消え入りそうになったころ、カイはようやく仕事を終えた。

 両手を上に思いっきり伸ばすと、腰がパキポキと悲痛な叫びをあげる。固く平らでない椅子に乗っかっていた尻はほとんど感覚がない。足元をおぼつかせながら、書類を棚に戻していく。

 もうお酒を飲んで寝ることしか考えていなかった。

 すると、夜中など人っ子一人通るはずのない商業区のメインストリートに月灯りよりもひと際光り輝くものが勢いよく通り過ぎていった。

 当然、町一番の金庫がある換金所もその道沿いに店舗を構えているので、カイもその慌ただしい速度でかけていく光を見た。


 一瞬だった。


 ドカン!と大きな音を立てた時には、換金所の屋根に大きな穴が開き、下にいたカイは、木材の下敷きになった。

 砂埃を立てながらも透き通った月明かりが先程よりも鮮明に室内を映し出している。

 カイは重なった材木の破片から這いずって逃れようとする。すると、目の前には金庫に佇む人影が見えた。

 

・・・魔法?


 カイは自分の状態や、状況整理よりもまず先に眼前の光景に目を奪われた。

 その人影は腰元に剣を携え、金庫の前に差し出した掌の上には、火の玉みたいな光が浮遊していた。

 そして、ゆっくりとその光が金庫に近づくと、、町一番の製鉄場で作られた金属製の金庫が溶けだし、あっという間に中身が確認できるほどの大きさの穴が空いた。

 だが、そうなると体は正直な物で、カイは常日頃から金庫を預かる身として中身を守らなければという無意識に生じた思いで身体を前に前にずっていた。

 しかし、材木が崩れ落ちる音はすぐ剣士らしき人影にばれ、手元で小さく光っていた球体はスポットライトのように向きを変えカイの方を照らすように直線的に発光した。

 カイは動きを止めた。

「驚いた。人がいたのか」


 存外若い、少年のような声で、カシャン、カシャンと着ている鎧の音を軽快に鳴らしながら、人影はカイに近づいてきた。


「あんた、名前は?」

「カイ・・・カイ・コドラ」

「ここで何してた?」

「仕事」

「ここは換金所でいいんだよな?」

「そう」


 突然質問され戸惑ったカイはただただ聞かれたことに答える。

照らされた光の中、誘導尋問のような質問をされながら、その人影の顔を見ると、かなり整った顔立ちをしていた。おまけに金髪で、合わせた瞳は綺麗なマリンブルーだ。


「金勘定が出来るのか?」

「それしか出来ません」


 立ち膝をつきながら、今だ体の半分以上が下敷き状態のカイを見下ろしているイケメン剣士は鋼の手鎧で髪をかき上げると、


「俺は今からこの金庫の金をとって、この町から消える。

 お前も来るか?経理係として雇ってやらんこともない」

「よろしくお願いします」


 即答だった。剣士だろうが、盗賊だろうがカイにはどうでも良かった。唯、魅せられたのだ。その光に、魔法に。

 暗闇の中で光りを操るその人はカイにとって眩しすぎた。

 イケメン剣士はフッと笑ってかき上げていた手鎧をカイに差し出す。

 カイもそれに応じ手を重ねる。

 何かが始まる。何かが変わる。カイの体に高揚感が一気に押し寄せる。だが、身体をが引き上げられた瞬間だった。

 ズリズリズリと、突起していた釘か何かがカイの下腹部かふくぶを抉った。

 痛みなど微塵もなかった。ただ意識が飛び出そうなほど熱い。


 「おい!、大丈夫か?おい」


 イケメン剣士が叫んでいる声を遠くで聞きながら、カイは目元に涙を浮かべた。

 

 ああ、俺には変わるチャンスすら与えられないのか。劇的なチャンスが目の前にあると言うのに。


 激しい痛みによって薄れゆく意識の中、カイはただただ目の前の剣士がこんな俺を心配してくれる優しい人だなと感心しながら、ゆっくりゆっくりと瞼を降ろしていった。


 それからわずか数秒後にカイは息を引き取った。


 

 目を開けると見慣れない革製の長いイスの上でカイは横になっていた。


「おお、やっと起きたか」


 幼い少女のような声が、聞こえる。

 そして、その声を発した人物は仰向けで寝ていたカイの顔を真上から見下ろした。


「貴様は運がいい。何せわしに永遠の命を与えられたのじゃからな」


 永遠の命?

 ようやく我に返り、換金所で死を覚悟したことを思い出したカイは、寝ていたイスから飛び起きた。


「ようこそ。異世界職業安定所へ。そして永久就職おめでとう」

 

 栗色のおかっぱ少女はにこにこしてそう言った。


 

 

 

 

 

 

 


 

 

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