こちら異世界扉前職業安定所
@maitaketarou
序章
「だから、何度もお伝えしてるじゃないですか・・・」
宮殿にあるようなコッペパンを半分にちぎったような形の、両開きの真っ赤な扉と無機質な自動ドアが並び合う壁を背景に受付をしているカイは困惑した表情で、目の前にいる
「嫌だって言ってんの。俺は転移一択で。それとなんか最強の剣とか無敵の魔法と か授けてくれよ。せっかく異世界で英雄になれるチャンスなんだからさ」
そんなに甘い世界じゃないんだけどな・・・とカイは渋々、重厚な木製長机の上に置いてあるお客様の資料に目を通す。
氏名 松田 太郎(17歳)
職業 高校生、およびニート
死因 交通事故
資格 無
前途ある学生と言うことを除けば、特質すべきこともない。更には、この
カイは小さな嘆息を漏らした。
「失礼ですが、お客様には転移を承認することは出来ません。転生か、またはあち らの、あの世行きの
カイはお客様に向って左手にある藍色の暖簾に手を差し出した。
すると、さっきまでにやにやしながら会話していたお客様が突然大きな声を上げる。
「ふざけるな!いいからさっさと俺を転移しろよ」
カイはびくっと体を強張らせ、飛んできた唾に目を瞑る。
「違う世界でなら、俺は英雄になれるんだよ。だから、俺に力をくれよ。どんなに
難しい力でも努力して使いこなして見せるからさ」
机に手をついて熱弁を振るうお客様の息がカイの顔に掛かる。
もうやだよ。どうして合意がないと送り出せないの?
カイは心の中で異世界規定書の規則を恨んだ。
「だったら、転生して一から人生始めればいいのよ。
努力出来るんでしょ」
お客様向って右のドア。プレートに『事務所兼お宿』と書かれた所から出て来たのは、グレーのスーツに同色のタイトスカート。それに足に優しいピンの低いヒールを履いている沙羅だった。
「ええ、もしかしてあんた現実世界の人間?」
感情任せに動かしていた口がぽかんと開き、身体に溜まっていた熱をみるみる逃がしていく。気が付けば、お客様の紅潮していた頬も元の病的な白さに戻っていた。
カイも沙羅の方を見て、安堵するとともにそのスーツの着こなし方と言い、立ち振る舞いに羨望の眼差しを送っていた。
そして、改めて自分の装いを見て愕然とする。牛革のブーツに汚れた麻のシャツとズボン。髪はつやがなく、腕時計もない。
あっちの世界に出張無いかなとカイも完全に対応を沙羅に任せた様子でいると、カイの隣までやって来た沙羅に頭を小突かれた。
「アホヅラすんな。今仕事中でしょうが」
中指の第二関節を隆起させ小突かれた頭は、振り下ろされなくとも痛かった。
「あんたなら、話、分かりそうだ。なあ頼むよ、俺を転移させてくれよ」
再び受付を正面にしてオウム返しを行うお客様に、キッっと沙羅が、きつい一瞥をくれる。
「いいえ、致しません。あなた様のような死ぬまで運だけで生きて来た方を転移さ
せるわけには行きません。転移とはその世界に大きな影響を与えられる人物でな ければならないのです」
「だから、力をくれれば俺がなるって・・・」
「そうやって人に頼っている時点であなたは器ではありません。
もしそういう人物になりたいのであれば、お持ちの強運で手に入れた転生チケッ トで異世界に行って初めから人として生きるか、全てを自然に委ね、あの世で生 き物になるのを待つか、あるいは物に成るか。それだけです」
椅子に腰かけ、下からお客様を睨みあげる沙羅の圧力に、さっきまでよく動いていた軽口が全く動かなくなった。隣に居るだけでもひしひしと伝わる
「・・・・・・分かった。転生してくれ」
遂にお客様が折れると、きつかった沙羅の表情も一気に和らぐ。
「うん。今度はしかっり努力して立派な大人になるんだよ」
そう言ってお客様の肩をポンと叩く。そして逆の手で、契約書を出せとカイに指示する。その手際の良さは実に見事である。
カイは慌てて、机の下から上等な洋紙の契約書が入った木箱一式を出した。
「ここにサインをお願いします。転生なので、一切の記憶は引き継がれず、どのご 家庭に生まれるのかもわかりませんのでご了承ください」
事務的な事はすらすらと伝え、インクと羽ペンを差し出したカイは次に社長の加護を受けた印鑑を出す。
「これでいいのか?」
お客様本人の署名が入った契約書を手元に引き寄せると、その上から印鑑をそっと押した。
幾何学的な模様が、浮かび上がり光り輝く。
「これで、契約は完了しました。これで、後ろの赤い扉をくぐっていただければ、 異世界転生終了でございます」
三人で扉の前まで移動し、お客様が扉を開けるのをカイたちは並びながら待った。
「・・・あのさ、異世界ってやっぱりドラゴンとかいるの?魔法とかもあるの?」
17歳と書かれた資料を見て若いと思ってしまう年齢を迎えていたカイだが、普段から暇さえあれば妄想しているし、ドラゴンを討伐する空想など日常茶飯事だった。
だが、目の前の少年は沙羅さんと同じく、そもそもドラゴンなどいないところからきているのだから、これから生きていく世界は妄想の世界でもあるのだと思うと少しうらやましくもなり、そんな妄想が現実になる瞬間に立ち会えることがうれしくもあった。
カイは最高の営業スマイルをすると、
「それはご自身の目と耳と体で体験してください。
あなたのこれからの人生が夢のような生活になることを願っております」
すると、お客様はまるで少年のような無邪気な笑顔で扉を開け「行ってきます」
と言って、真っ白に続く、扉の向こう側へ足を踏み入れていった。
「「いってらっしゃいませ」」
カイと沙羅は小さくかすんでいく背中にしっかりと角度をそろえて、頭を下げ続けた。
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