科学的モンスターと工学的モンスター

 モンスターのジャンルの中には、人間が作ったモンスターというジャンルがあります。

 ゴーレムやキメラ、機械人形、ホムンクルスなどは有名で、これらの生物は古今東西、様々な伝承に登場しています。

 場合によっては幻獣や非実体系モンスターなどの依代として描写されることもあり、種族的には振れ幅の大きい、自由な存在になっています。


 意思が宿った物体やありえない容姿をもつ生物というのは、人々の想像力からは比較的生まれやすい要素のようです。ファンタジー小説で詳しく書かれるよりずっと前に、すでに聖典やおとぎ話の中で語られており、モンスターの中では長老になるのではないでしょうか。



 彼等の特徴として注目したいのは、きっちりと討伐されて絶滅する点です。

 英雄によって討伐される、製作者が落とし前をつける、繁殖力を持っていないなど消滅の原因は様々ですが、個体数は極端に少ないものであり絶滅という形で物語の中から姿を消します。


 世界やそこに存在する生物は神によって調和がとられており、そこから逸脱した生物はたとえファンタジー世界の中であっても生きられない、という意識が見られるようにも思えます。



 さてこの人間が作り出すいくつかの生命体ですが、ここには重大な言及すべき点が一つあります。


 それは工学の発展です。

 からくり人形の存在は、いつか疑問であると書いたファンタジー世界の機械工学の発展の度合いを考えられる代物ではないでしょうか。


 工学という言葉、概念自体は比較的新しいもののようですが、歯車や滑車などを用いた発明品は古代から見ることができるものです。軽く調べてみると中世ではあまり進歩しなかったようで、2,3の機器ができたばかりで、ルネサンスになって高名な技術者が生まれるまではその動きは緩やかになっています。


 科学は錬金術の存在があるので、歩みを止めなかったと考えることができます。その方法はオカルトに近いものだったようですが、科学の発展の礎になりました。


 科学と工学は今の私たちの生活を形作る重要な柱といっても良いでしょう。

 それらの発展具合は、ファンタジー世界ではどうなっているのでしょうか。史実では中世の時代に時計の制作技術は飛躍的に進歩しましたが、ファンタジー世界に時計は存在し得るのでしょうか。人工系モンスターを見ることで、何かわかるかもしれません。


・科学と工学とは

・科学的モンスターと工学的モンスター

・性質の差

・魔法と科学と技術


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・科学と工学


 そもそも、科学と工学とはなんでしょうか。まずはその違いを確認したいと思います。


 科学は目の前の事柄を解き明かして、応用ができるようにモデルを作成する学問です。例えば、難解な物理や化学の式です。物を投げたときにそれがどうなるか、二つの異なる液体を混ぜ合わせた時に、どうなって何が起こるかということを、科学者は文字列を通してみることができます。


 それを使えば、どのような物体をどのような形で投げたとしても、それを実際に行うことなく、それがどういう結果を辿るのかを彼らは知ることができるのです。



 対して工学は、目標を立ててそれを叶える学問です。言い換えれば発明です。

 例えば小麦を楽に挽きたいと思ったとします。するとどこかに無限に使える力はないか、川を利用しよう、流れを回転に変えられないか、その向きを変えられないかという段階(雑ですみません)を踏んで歯車が生まれることになります。



 発明は科学知識を総動員して、出来る事をなんとか実現していく作業です。

 本小説は科学的な考えのもとに書かれていますが、物語の設定は工学的な手法によって作られていきます。

 世界観は発明品といえます。描写したい物に合わせて、辻褄が合うように世界を構築するのです。物語を書いた人なら誰もが実感することかと思いますが、そのためには非常に幅広い知識が必要になります。


 発明するために必要になると思われる多岐に渡る科学知識が書かれている、技術者のための手助け書なるものがあると言います。

 それに合わせて言い換えれば、本書も歴史やモデルの提供を行うことで、世界観を作る手助けになればという目的を持っているということができます。閑話休題。



・科学的モンスターと工学的モンスター


 さて、ファンタジー世界の中の人工系モンスターは、どのような登場人物の考えに基づいて作成されるのでしょうか。


 禁忌とされる研究や呪文は物語の中によく出てきます。

 ホムンクルスやキメラを作るという錬金術的な研究はこのように言われることがあるでしょう。錬金術師は命が生まれる仕組みを解明しようとして、実験を行いながらその方法を確立します。世の中のことを解明しようとする研究の一環です。


 その成果が合成生物です。それをどう使おうだとか、ある目的のために開発しようだとか、そういった目的を研究者は持っていません。このような研究者は科学者ということができます。もし世界征服をもくろんでいたり、自分の子供を生き返らせようとするのならば話は別です。



 対して、守護や殺戮といった何かの目的を果たそうと特化したような機械人形やゴーレムを作り出す研究者は、技術者ということができます。


 彼らは工学的な思考に基づいて、要求をクリアするように生物を作り出します。そのためには肉体や意識の仕組み、耐久力や駆動時間の増加といった問題をクリアするためにあらゆる知識を動員し、目的の物を作り出そうとします。



・性質の差


 錬金術に出自を持ついくつかの生物に対して、工学発信の生物は物語の中でも少し性質が違うように書かれることが多いと思います。 


 科学的モンスターは、主人公と同じ時代に生まれることが多いでしょう。繁殖力の低さという物語としての特性も手伝うのだとは思いますが、錬金術を土台とした発想のために、中世という時代帯に生まれることが叶っているのです。


 反対に工学的モンスターは古代遺物として扱われるイメージの方が強いのではないでしょうか。

 遺跡の守護者や都市の守り手として、古くからそこに存在する場合は多々ありますが、これらを開発しようとする技術者自体がファンタジー世界に登場することはあまりありません。


 設定的な観点から見るなら、おそらくいくつかの聖典に登場する機械仕掛けの守護者に出自をもっているからという理由があるのでしょう。青銅の機械人形や泥人形など、古くから人に似た生物をつくるという事への関心は高いものがありました。モンスター自体の出自が古代なのです。

 中世ファンタジーを舞台にした世界でも、登場人物たちは遺跡に強い興味を抱いている場合が多く、そこで機工生物と出会います。



 こうした時に、一つ見えてくるものがあります。機械工学はやはり発展しないという点です。

 どこかの話で、機械工学や物理学は魔法にとって代わられる可能性があるだろうと書きました。火砲や動力などを魔法に頼り切れば、機械工学は発展しないのではないかという話です。


 一方で科学の方面でみるなら、中世の時点ですでに現代よりもだいぶ進んでいるように思えます。史実中世の錬金術はおろか、現代の科学技術をもってしてでも人工生命体の生成は実現できていません。しかし、魔法はそれを可能にする力を持っているようです。


 科学的モンスターと工学的モンスターの生まれにこのような差があるのなら、"科学は魔法の力を借りて飛躍することはできるが、機械工学はそうではない"と考えることができます。


 機械工学は発展していないようですが、考えようによっては新魔法の発明は工学的な思考に基づくものですから、魔法工学はどんどん発展するでしょう。むしろ、史実中世に比べて発明は活発に行われているようであり、これからの技術進歩は史実よりスムーズに行われることだろうと思います。


 水車や荷車などのいくつかの機械があるので、機械技術の存在は認められますが、ぜんまいやバネといった技術は生まれることがないとも考えられます。

 ファンタジー世界の近世以降に、様々な魔法要素が科学的に解明されて知識が蓄積されていけば、魔法の力を利用して、工学的にも現実世界とは比べ物にならないほどの兵器が完成する可能性はあります。

 なにしろ超古代文明の技術力が大前提だとしても、人類は工学的なモンスターの生産には成功しているのです。


 そう考えると魔法系の科学技術は恐ろしい可能性を持っています。ファンタジー世界では中世の時点で生体生物、機工生物の両方が生産可能(もしくは実現可能)と分かっているのです。これらは現実世界では"走り"のようなものは生まれているにしても、実用的なものはまだできていません。ファンタジー世界が現代と呼べる時間区分になった時、その技術がどのように進化しているのか想像すると、もはやSFの世界と変わりはなくなってしまいそうです。



 これはあまり関係のない話で、漠然とした、主観的な話題なのですが、それらが出現したときの物語のカラーも違うように見えるのが面白く思えます。


 ホムンクルスやキメラなどが登場すると、ダークファンタジーな雰囲気になることが多いでしょう。非人道的な研究やそれがもたらす事件、精製された後の悲惨な末路など、後味の悪い展開となります。


 対して機械人形は、作品にもよりますが、人間性を与えられたりトレジャーハンターの前に立ちはだかるなど、明るい色調のまま物語が進みます。もちろん結果的に種が絶滅したとしても、徹頭徹尾暗いままという話は少ないでしょう。それを作り出す人物が、人体の仕組みを知るために解剖をしたとしてもです。


 科学が作り出す未来に対する危機感と、発明に対してのポジティブな印象を感じさせる物ではないかと思います。



・魔法と科学と技術


 科学的モンスターと工学的モンスターをどの程度まで存在させるか、ということによって、その世界の魔法技術や機械技術のレベルをある程度読み手に提示することができます。


 魔術師にも"世界の真理を追い求める科学者"と"新たな魔法を開発する技術者"の二種類がいると言うことができますし、彼等の倫理観のバトルを書いたお話も面白そうです。


 "新たな魔法の発明"というイベントは魔法工学の存在を示しているものであり、つまり史実ルネサンスに現れる何人かの革命的技術者のような存在は、すでにファンタジー世界では生まれていることになります。


 宗教の持つ力はファンタジー世界でも強いものだろうと思いますが、神秘術やいくつかの奇跡、秘術によってその地位が保障されている分、他の分野を妨害する動きは起きなさそうです。


 もしくは、秘術を解明しようとする動きをする学問分野の研究、つまり科学的モンスターの生成は、宗教によって禁忌という烙印を押されているのかもしれません。神に挑戦する研究ですから、そこは宗教にとっては都合が悪いのではないかと考えることもできます。


 現実世界に存在する聖典や神話の人工系モンスターも、神に挑戦するというコンセプトから生まれているものが多いようです。

 宗教の力が強いファンタジー世界では、人工系モンスターは根本的な部分から存在を許されないでしょう。


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