公害と海運と水棲モンスター

 ファンタジー小説では陸上生物に比べて、水棲生物について言及されることは少ないと思います。我々人類が陸で生活するために、物語に登場しない割合が高くなっているのでしょう。


 現実での水棲生物の豊かさと比べて何となく寂しく思えますが、これも物語の進行上仕方がないことです。


 本小説的にもここで生物学や進化論などを展開してみたところで話は始まりません。

 そこで"あまり物語に登場しない"という点から水棲生物の生態を探ってみたいと思います。



・農業と歴史の始まりについて


 現実世界で人類がどこから始まったのかということは定かではありません。

 我々が受けた教育ではアウストラロピテクスが最初で、クロマニヨン原人だとか北京原人、ネアンデルタール人が続きました(ゆとり教育が終わった今ではもっと詳しいことを教えるのでしょうか)。


 歴史という学問ではヒトがいつどのように進化してどこで発展の火種をこしらえたか、ということは問題にされません。

 考古学、古生物学、古人類学などがありますので、歴史学は蚊帳の外なのでしょう。ただ紀元前3000年くらいに、ペルシャ湾の肥沃な大地でシュメール王国が誕生したのが歴史の始まりだろうとされます。



 このシュメール王国が何故発展出来たのか、ということはいつかまとめてみたいと思っていましたが、とにかく最大の特徴は河川でした。


 農耕に活路を見出した人類は、世界各地で次々に農地を広げようとします。紀元前8500年程度にはそのような生活をしていたのだろうという痕跡が見つかっているようです。例えば長野でもそのような史料が見つかっています。ずいぶんと前から様々なところで農地を展開していたのです。


 農耕の発見と国家(ある程度文明を育てた集団)の出現を短絡的に結びつけることができない、というのはこの5000年の遅滞を見ればわかります。


 農耕の技術を手に入れた人類ですが、人間が農作物から栄養を摂る場合、どうしても不足する栄養があります。マリ帝国の話でも書いた通り、それはミネラル、いわゆる塩です。農耕だけでは人類は生きていくことはできなかったのでした。



 塩は重要な資源です。初期にはこれを独占的に採取できる位置に集団ができましたが、今度は塩害が発生するために農耕がうまくいきません。

 塩も取れて、農耕もできる土地。それこそがシュメールが発展した土地です。チグリスユーフラテス川の下流、豊かな土壌に国家が形成されることになったのでした。


 農耕は川と灌漑が頼りです。川があれば氾濫の時期に決まって上流から豊かな栄養分を含んだ土が流れてくるうえ、水を引き入れることで乾燥した土地でも作物は育てることができます。安定した供給は余剰生産を生み出し、技術者や支配者を産みました。また治水や灌漑といった大掛かりな工事を行うことは、強力な指導者が生まれる一因ともなります。



・人間の生産活動と河川への影響


 農業には不可欠な灌漑ですが欠点もあります。

 河川の水量は無限ではないということです。水の権利を巡って起こる争いの解決を、一帯の支配者はうまくやらなければなりませんでした。大抵の場合は軍隊を指揮してどうにかしようとします。


 現実世界では水利権の調停役や農産物を守るために軍隊を組織しましたが、ファンタジー世界ではもう一つ勢力があります。


 それが水棲生物です。

 このような状態になれば、当然栄養分を含んだ水は海に放出されなくなるでしょう。


 続くそれ以降の時代でも、文明の営みは絶えず河川に影響を与え続けます。人間の文明は必ず木材を伐採しなければなりません。例えば東南アジアのマングローブとエビのように、河川付近で人間が経済活動を行えば、河口付近の生態系は変わることになります。鉱毒が流れ出すということもあるでしょう。


 森林に人間の活動が影響して水質が変わるとプランクトンは減少し、その上に形成される甲殻類、小魚、中魚などの食物連鎖はことごとく破壊される可能性があります。



 こうした事態に直面した際、水棲生物がとる行動はどうでしょうか。

 前述の通り、ファンタジー世界で水棲生物の大規模攻勢はあまり起こりません。己の縄張りが損なわれようとした時に、それに立ち向かおうとする様子がないのです。


 つまり、水棲生物の多くは縄張りを強く持たないモンスターであると考えることができます。人間でいう塩や水源といった争いの種になるものがないのでしょう。食料や資源についても代替が効く、他地域に移動することで解決できるという程度のものであると考えることができます。


 もしくは反対に、食料が無くなったから船乗りを襲うのかもしれませんし、魔力を含んだ生活排水や鉱物汚染によって大型化した水棲生物がモンスターになるのかもしれません。


 もしファンタジー小説をもとに人間社会の独善性を書くのなら、一つ組み込んでみるのも面白いかもしれません。



・もし攻撃的な水棲生物がいたら


 人を襲う獰猛な海洋生物はどのような影響を人間社会に与えるでしょう。

 何度か書きましたが、人間が海を利用するには二つの目的がありました。漁業と海運です。


 船は多くの荷物を運ぶことができるため、運搬や交易に昔から使われていました。

 大航海時代が始まれば更にその動きは活発になり、幾つかの国では強力な飛び道具を有していたがために国力を増強することができた、というのは以前書いた通りです。



 この海運を行う船舶は掠奪者にとって魅力的な獲物でした。交易船は防衛力を身につけなければなりません。


 近接戦になれば危険が大きくなるので、技術力が許すならば遠距離攻撃を行うことが望ましいでしょう。積載能力を割いて巨大な兵器を積むにしろ、お金を払って射撃手を乗せるにしろ、それは利益を減らす直接的な原因になります。



 商業的な成功を収めることと安全に航海を終了させることは、投資家にとっては同一の意味合いを持っていますが、船主にとっては違ったのです。


 収入と安全という両立させることができない要素を巡って、現場の指揮官である船長と争うことになったりしました。


 獰猛な海洋生物の存在は、船長の主張を通すことになるでしょう。しかし運搬も重要なので、軽量化された強力な兵器が重要になってきます。船の護衛を受け持つことで、海を生活とした民族が力を持つかもしれません。



 仮に史実中世に強力な海の魔物が存在した場合、木材不足は解消されず人口減少は食い止められなかっただろうし、ドイツのハンザ同盟も育たなかったか、もしくは更に巨大な海軍戦力を保有した団体になったことでしょう。


 海を渡るということが危険ならイギリスにサクソン人やデーン人がやってくることもなかったし、ノルマン人もあそこまで力を得ることは難しかったでしょう。イタリアの都市国家も富を築くことができなかったと考えられます。


 水は生物にとってなくてはならないものですが、人間社会にとっても農業、商業、軍事に直接関わってきます。海の環境が違えば今とはバランスの違う国家や技術史があったことでしょう。そこに生息するモンスターを考えることによって、人間社会のあり方も見えてくるかもしれません。

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