職業ゴブリンの特異な社会性

 人間社会と最も関わり合いの強い魔物として、様々な世界に登場するモンスターといえばゴブリンです。


 大体20匹から50匹程度の群れを形成しています。能力的な個体差とそれに伴う種類は多岐にわたっていますが、基本的には強い繁殖力を持っており人里に近いところに生息するという特徴を持っていることが多いでしょう。



 身体的特徴としてはモンスターの中では比較的人に近い外見ながら、背は低く肌の色は黒、緑、茶色だと描写されます。棍棒や盾など、ある程度の道具を使いこなす一方で、強い消化機能をもつのか食事に火を扱う様子はあまり見られません。



 彼らは狩猟採集によって生計をたてる種族であり、群れの雌雄比率は不明ですが、強い雄の個体が群れを統率します。未熟ながら言語も使用するようです。また、場合によってはある程度職業が存在しており、ライダーやシャーマン、メイジなどの職につくゴブリンが登場することもあります。

 ここからみるとゴブリンは動物を使役する技術、魔法を扱う技術、精霊信仰程度の宗教を持っているということになり、ほぼ原始社会と同等の社会を構築していると言えます。彼等の頭部の大きさからみるとこれは驚異的な発達度合いではないでしょうか。


 生息地域は主に温帯であり、豊かな生態に依存して生息しています。世界によっては寒冷地帯や乾燥地帯にも適応するようですが、あまりデザートゴブリンやツンドラゴブリンといった極端な例は見られません。


 人間のように技術で環境を克服する術をもっておらず、かといって適応して変化していくという生物でもないようです。


 ゴブリンは大抵このようなモンスターです。

 こうしていくつか特徴を上げると、不思議な点が見えてきます。




・自然界でのゴブリン


 一つ目は繁殖力と分布についてです。

 強い繁殖力を持っているように描写されるゴブリンですが、一方で群れの数は多くても100匹程度として書かれることが多いように思えます。


 繁殖力が高いのに群れの上限が決まっているのであれば、株分けするようにどこか他の場所に移動する必要が出てくるというわけで、そうすると過ごしやすい温帯の全域にあっという間に広がるように思えます。


 しかし、同族同士の抗争や他地域に適応してまで居住地を広げていく必要性を彼らは持っているようには見えません。

 そうすると何らかの理由で間引かれる必要があります。



 個体数減少の理由として、やはり一番説得力があるのは他の生物に襲われることでしょう。繁殖力が強い生物は個体がもっている力が低く、捕食される立場にあります。


 "ゴブリンが実は食物連鎖の下層のほうに組み込まれている"と考えるのは、群れの規模の理由として不自然なことではありません。ゴブリンを捕食するモンスターが物語に登場することは少なく思えますが、人間よりも頻繁に何かしらの他生物に襲われて数を減らしているのでしょう。



・ゴブリンライダーの存在とその社会的位置について


 もう一つの疑問は、彼らは"なぜ"騎乗技術や神秘的な儀式といった技術を手に入れたのかということです。技術を獲得するためには、その技術の恩恵を必要としなければいけません。"どうやって"手に入れたかは定かではなく本筋と外れるので、ここでは置いておきます。



 まずは騎乗について考えてみましょう。人間が馬に乗るということは今では当たり前の認識ですが、人類の黎明期には革命的技術でした。


 太古の時代において馬に乗るのは、戦士の機動力を上げて略奪するためでした。

 弓を射かけた後に馬に乗って接近、略奪して敵本体が来る前に逃げ切るという戦術を取る蛮族の存在は、ステップ(草原)地帯に接した多くの国家にとって厄介なものでした。


 当然弓を射かける際には両手が自由にならなければなりませんでしたので、弓を射かける際は下馬していたことでしょう。あぶみが開発される前にこの技術不足を他のもので補ったのが、二輪馬車に射手を乗っけて走るチャリオットという戦車なのですが、とにかく騎乗は射手が高機動力を手に入れるもののためでした。


 安定して馬にまたがるための鞍と、馬上で踏ん張るための鐙など技術やノウハウが積み重ねられて騎乗戦闘技術が生まれるのですが、それは紀元前1000年と比較的新しい出来事です。


 では再びゴブリンに戻って考えてみましょう。


 まず史実における騎乗と少し違いがあるのが、乗っているのが馬ではなく他の動物だということです。ファンタジー世界に登場するゴブリンが乗っている動物はだいたいが狼で、珍しいものだとイノシシやダチョウのような鳥に乗っていす。そして鐙や鞍といった特別な道具無しに乗りこなしています。


 乗るのが馬のような臆病な動物ではなく、気性が荒い動物を使役するということは、色々と事情が変わってきます。

 馬は臆病な生き物であり、育成に莫大な資金がかかります。その結果人間社会では、富裕層の持ち物になったのです。例えば古代ローマでは軍資金は各個人の財力に依存しましたので、馬にのって戦場に出ることができたのは一部の富裕層でした。


 馬でなければ経済的な難易度は低くなります。しかしそれが狼や獣系のモンスターであれば、調教に危険が伴うでしょう。そうするとライダーの階級は低いということになります。

 もちろん史実にも馬以外の動物に乗って参加した地域があります。らくだや象です。特に象は狂暴で制御が難しく、一歩間違えれば自軍に被害が出るほどだったのですが、象使いという調教師がいて象を戦争や王族の乗り物に利用しました。

 ゴブリンの場合は、狼を調教するゴブリンというものの存在に見覚えがないので、やはりライダー自身が手なずけて利用しているのではないかと思われます。



 ところでゴブリンライダーはなぜ動物を使役することになったのでしょうか。どんな武器を持っているでしょうか。彼等が弓を射かけている世界は見たことがないので、槍を使うことになるでしょうか。


 槍を使うのであれば、我々がイメージするあの突撃騎兵のような運用方法をしていることが考えとして出てきます。馬具や騎乗技術が欧州に伝播することで生み出されたのが騎士です。

 戦列を組んでがっちりと防御を固めた歩兵集団には、馬の重さを乗せた突撃が有効でしたが、これには重要な技術が一つあります。馬上から有効な一撃を繰り出すには鐙が必要になるのです。


 この技術をゴブリンが持っている様子はありませんし、歩兵が持つ防御力に打ち勝つために狼を使用するといった描写もない気がします。狼の巨体に任せた攻撃ならば、狼は馬よりは獰猛なのですから、またがる必要性はないのです。


 ここまでくると果たして人間の騎乗技術と同等に考えていいのか不安ですが、しかしゴブリンライダーがいる以上、彼等の社会の中で何かしらの有効性があるのだということは認めなければいけません。

 人は馬をどのようなことに使ってきたでしょうか。



 人間の歴史の中では、馬はまず農業に使われ始めます。しかしその扱いにくさから他の動物に取って代わられ、エジプトでは王族が所有するものになりました。そこから戦争利用の道に進みます。戦車を持つ国家の優位性は当時としては強力でした。


 戦場での馬は、戦車、弓騎兵、騎士、竜騎兵と変わっていき、やがて車両にとって代わられました。馬は前述のとおり高価であり、戦場で利用するということは、貴族という特別な地位を生み出したりします。



 他に馬は放牧や運搬にも利用されましたが、ゴブリンがそのような生活を営むことは想像し難いので除外します。ではゴブリンが動物を利用することにどんな利点があるのでしょうか。


 これには二つ考えられると思うのですが、まず一つは狩猟です。

 果たして危険な動物を使役することで得られる利益が、その苦労に見合ったものになるかは不明ですが、その可能性は皆無ではないでしょう。足の速い獲物を大量に獲得するのに役立ったかもしれません


 もう一つは偵察、巡回の役割を持っている可能性です。

 偵察や巡回といった行動が社会学や生物学、軍事学などの中でどれほどの難度を持った事柄なのかは別の話になってきますが、定められた役割に従って日常生活を送るということは、秩序が保たれているということでしょう。

 獲物を見つける、群れに危険がないか偵察する、次の移動候補地を探す、という行動を他の個体のために行うというのは社会意識の表れです。



 しかしこういった使われ方しかされないと、必然的に騎乗するゴブリンの位置は低いものになり、向上する見込みも薄いでしょう。

 いつも真っ先に危険な地に行かなければならないのに、かといって戦場では騎乗技術自体は役に立たないとなれば、騎乗動物による社会的な地位の変動は起こりません。つまり、そこから貴族が生まれることはないということになります。



・シャーマンと他勢力


 対して、原始社会では神秘術を行うシャーマンは、比較的高い地位にあります。

 怪しげな呪術を執り行うゴブリンシャーマンの存在は、少ないながらも見ることができます。


 シャーマンという職業は原始社会では実践的な儀式によって、集団の中で発言権を持ちます。

 しかし吉凶占いや、神々の意思を伺う力を持っているとされる彼等が生まれるには、そもそもその集団がそういった情報に敏感である必要があります。


 暗闇や自然への恐怖、未来に対しての興味という意識を持っていなければ、神託などは意味を成しません。

 裏を返せばゴブリンはそういった種族だということができます。



 以前宗教について書いた時、ファンタジー世界では悪霊や闇の勢力に対抗する実践的な術として宗教が生まれた可能性があるとしましたが、もしそうであるならばゴブリンは闇の軍勢とは無関係な位置にあると言えるでしょう。


 したがって古来から一般的な生物と同じように進化してきた結果、その世界に存在すると考えることができます。敵は人間だけではなく、すべての肉食モンスターが彼等をつけ狙うことでしょう。

 それを回避するために未来を読むシャーマンや偵察を行うライダーといった職業が必要になるのです。



・まとめ


 総合してみると彼等の文明度は、史実でいうところの紀元前一万年前程度に相当すると考えられます。冒頭に書いたように、彼等の身体的特徴からすればこれは驚異的なことです。


 人間の行動を見て真似する形で技術を習得しているのかもしれません。そうすると初歩的な鉄鋼技術すら持っている可能性もあります。


 その繁殖力とある程度の技術的な適応力を武器に勢力を増やし続けてきた、そこそこバランスのとれた優秀な種族だと考えることができます。

 社会性と繁殖力で他の強力な生物の猛攻を防ぎながら、ある程度の学習能力で長い時間をかけて勢力を拡大したのでしょう。


 ゴブリンはこの先も人間社会の幾つかの技術を取り入れ、生存していこうとするでしょうが、人間が領地を広げるといずれは温帯という住み心地の良い気候帯から追い出され、やがて絶滅するかもしれません。



 最もメジャーで平凡なモンスターとして描写されるゴブリンですが、その社会性や技術力という性質は他のモンスターには見られない、特筆すべきものであるというお話でした。

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