第三部 モンスターと魔法

モンスターと人間社会

モンスターを考察する時の障害

 ファンタジーには多くのモンスターが登場します。

 多くの小説で広く認識された姿をしたものや、様々な要素を付け加えたりした独創的なものまで、モンスターは多様な姿を見せています。身近にあるすべてのものが魔物になっているといっていいでしょう。


 この身の回りのものをモンスターにするというのは、時代地域関係なく行われていることです。どの神話、伝説、伝承でも、やはり身近にある物品や物質、領域は題材になるのです。人は人でさえ、モンスターにしてしまいます。

 人々は日常の中に不思議を求め、娯楽としてきました。これは人間の自然な営みと言えます。文学とモンスターは切っても切れない関係であり、ファンタジーとなれば更に関係は強くなるでしょう。



 本小説でもファンタジー世界の人類の発展に重要な影響を与えるものとして、モンスターという要素を登場させています。


 しかしオリジナル要素が強い領域だという認識があったので、詳しく語ることは避けてきました。世界毎にどのようなモンスターがいるかは大きな差があります。

 せいぜいが社会発展の原因となったモンスターを考えた程度でした。



 とはいえ多岐にわたるモンスターは考察の題材としてとても魅力的に思えます。

 モンスターはそれぞれが独特な成り立ちを持っているようにも考えられ、人間社会に様々な刺激を与える可能性を持っているようです。


 何しろそこそこ文明が拓けてきている"ファンタジー世界の中世"においても、一大要素として人間社会を脅かしているのです。これは史実と大きく異なる部分ですから、モンスターにも、そして人間社会にも何か特筆すべきことが起こっているに違いありません。

 これまで考察を行ってきた人間側はもちろんですが、モンスター側にも彼等の歴史や社会の存在を期待できます。


 この章ではモンスター達と人間社会のかかわりを、モンスターを基準にして考えていきたいと思います。


・伝承と小説におけるモンスターの姿

・出自をどう定めるか

・社会性の有無

・最後に


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・伝承と小説におけるモンスターの姿


 こうしたことを考える際に、本小説では壁になることが一つあります。

 考察の対象となるモンスターがどのような存在かということを決めなければいけません。


 ファンタジー作品に登場する多くのモンスターは、何かしらの伝承をもとにしてその外見や性質が形作られています。

 モンスターを考察すると言うとその伝承を参考にするというパターンが王道ですが、ファンタジー小説のモンスターと"伝承の中の怪物"は違う見方をしていることが非常に多いように思えます。


 これは当たり前のことです。伝承では実際に存在してなくてもいいので詳しいことは語られませんし、その怪物がどういう生態なのかといったことも多くの場合は無視されます。

 伝承の中には長期的で細やかな時間の流れは存在しません。怪物がどのような姿かたちで、どのような行動をとって人間を脅かすのかということが、端的に描かれます。

 

 一方でファンタジー小説では、隣で我々の分身となる主人公や、それに準ずる登場人物が活動しなければなりません。そして多くの場合、モンスターは主人公に"多少の苦労"をもって倒されなければならないのです。

 時間の流れはモンスター主体で書かれるのではなく人間主体で流れています。そうすると伝承では描写がされていない部分を埋めるために、大量の描写が必要になるのです。


 例えばオーソドックスなモンスターであるドラゴン(恐竜に翼をはやして真っ赤な鱗で全身を覆ったようなモンスター)は、現実的に考えれば飛べないし、歩けないし、火を噴けないでしょう。


 伝承の中でただ英雄の前に立って首を落とされるだけのドラゴンはそれでも別に良かったのですが、やたら理論を展開しなければならなくなった昨今のファンタジー小説では、辻褄を合わせるために何かしらの魔法を纏わなければならなくなりました。少なくとも数千文字、小説の中で重要な役割であれば万を超える文字数の間、ドラゴンは生き延びて主人公を苦しめなければいけません。

 飛行補助魔法や反重力魔法を半自動的に操る、その世界の物理法則などの概念と切り離された存在であるといった具合です。


 このようにゲーム的設定と同じように、たくさん空いている隙間を、書き手がどうにか(物語の進行を邪魔しないように)埋めなければならないのです。

 それこそがその世界の独創性が試される時でもある、という見方がされている部分も確かにあるようで、様々なパターンがあります。



 よって伝承ばかりに頼るわけにはいきません。

 さらに"伝承などからモンスターの生態を探る"という試みは人文や民俗などといった性質を持っており、本小説の性質とはどうも合わなさそうです。


 伝承を主軸に置かないとなると農業や社会体制等と違って、モンスターには確かな歴史やモデルというものがありません。


 そこで考察の際にはある程度曖昧に、幅を持たせて考えていく必要がでてきます。



・出自をどう定めるか


 モンスターを考えるうえで重要なことがいくつかあります。


 まずは出自です。

 ここでいう出自はどこの神話、伝承出典かということではありません。


 どういう経緯でそのように存在しているのかという、ファンタジー世界での進化の過程や行動範囲の拡大についてです。例えば史実の人類なら、猿から分岐して紀元前6000年頃から中東に文明を築き始めたという具合です。

 ファンタジー世界では神や魔王が地上に生物を送り込んだり、人為的にモンスターが作られることもあるので、どのようにしてその世界に身を置くことになったのかということは一つの大きな要素になるでしょう。


 これについてはモンスター単体で見ても世界によって差がありますが、大きく分けて4つの種類があるようです。ひとまずここでは載せるだけに留めておきます。


―その世界に適合しようと進化していってその姿になる(進化)

 進化型:魔力等の影響を受けて現実と違う進化をたどった生物


―悪魔や神々などの何かしらの勢力によって生み出される(異物)

 尖兵型:上位種的な存在が、その世界に影響を与えようとして送り込んだ生物

 植民型:勢力としてその世界に侵攻し、生息範囲を確立している生物


―その世界の物理法則によってもとあるものから変質する(自然)

 変異型:稀に強力な個体が生まれるなど、一般的ではないが先天的に力を得た生物

 変質型:死体を食べたり長生など、何かしらの要因によって変質した生物

 発生型:瘴気や濃い魔力が集まる場所に発生する、意思を持った無生物

 交配型:もとは違う種族だったが、なんらかの原因で交配した結果生まれた生物 


―人間の手によって作り出された(人工)

 人工型:なんらかの目的のために人の手によって作り出された生物



・社会性の有無


 もう一つは意思の有無です。言い換えるなら、モンスターが目の前に起こっている現象をどれだけの精度で把握できるかということになります。社会性というのが良いかもしれません。

 史実の人類ならば、農業を始めたことで蓄財という概念や強力な指導者を生み出し、農業に有利な川辺に住み、水利争いを解決したり財産を守るために軍隊を組織しました。


 そのモンスターの群れがこの先の見通しをどの程度持っているかということは、隣人、つまり人間社会にとって重要なことです。


 攻撃の意思を示せば人間に駆逐される運命をたどるでしょうが、一方で人間が勢力圏を広げるうえでかちあうことも考えられます。


 例えば植物系モンスターは人間が森を切り開いていく時、存亡をかけた戦いが始まるでしょう。逆に亡霊や精霊といったモンスターであれば、むしろ人間の勢力圏に乗じて勢力を伸ばすでしょうし、悪魔系のモンスターであれば明確な侵略の意思を持って人間社会を削りにかかります。


 人間社会とどのようなかかわりを持っているのか、ということは一つのポイントです。これも載せておくだけにします。


―敵対している

―共存している

―寄生している

―無関係な立ち位置にいる

―資源として利用されている



 またこれに強く関連するのですが、縄張りについてどの程度意識が向いているのかということを探ることも、群れを考える上では重要です。


 これは生物社会学の範囲に入ってしまう(もしかしたら本章ではこの要素が一番強くなるかもしれません)のですが、モンスターが縄張りをどれだけ守ろうとするのか、という項目は考察する上で役に立つと思われます。


 縄張りは人間社会では領土と呼ばれますが、その集団にとって価値がある資源、例えば餌や繁殖するのに都合のよい地形などを独占し防衛しようとすることによって生まれます。人間であれば農業に適した土地や、塩、鉱物、そして木材や石炭などのエネルギーなどが挙げられるでしょう。


 生物はなにかを消費することで生存することができます。そして世の中の全てものが有限である以上、無限に増えていく生命体の全てが資源を消費し、数を一定のペースで増やしていくことはできません。そこで争いが起きるのです。


 ファンタジー世界は大半が戦いの物語ですので、こういった角度から見ているのも面白いだろうと思います。



・最後に


 本章で何を重要視して考察を進めていくかということは、先に書いたように大きく幅を持たせる必要がありますが、おそらく出自と社会性の2つを考える事は考察の大きな助けになるでしょう。


 こうしていろいろと考えていくことができれば、モンスタ―の特性や人間社会への影響がある程度わかるかもしれません。

 ひいては現実世界で存在する動物、例えば馬や犬などが存在しうるのかどうかといった小骨のような問題も、結果的にはっきりとするのではないかと期待しています。


 何度も書くことになってしまいますが、小説によってモンスターの設定は様々です。この章のすべての話題がそうなのですが、"もしその小説のモンスターがこのような形態をとるならば"という条件のもとに"こうかもしれない"という話を進めています。


 私自身は"このモンスターはこうでなければならない"という考えは少しも持っていませんので、もしそういうニュアンスの文が出てきたらご注意ください。

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