帝国の苦悩 ビザンティンについて

 前回に引き続き帝国について書いていきたいと思います。ファンタジー小説や戦記物にはよく帝国が登場して主人公の前に立ちはだかりますが、その性質はどのようなものなのでしょうか。


 中世ヨーロッパという時代区分を語るのに、今まで一切触れてこなかった文明が一つあります。


 ビザンティン(ビザンツ帝国)です。

 中世に焦点を当てている本小説ですが、書く機会はついに訪れませんでした。しかし巨大帝国とその豊かな文明文化には、触れておかなければならないでしょう。


 この帝国は395年から1453年という、千年以上もの長い間存在していました。領土の広さは大きく増減しますが、欧州が中世という状態にあった時期にほぼ合致しています。



・多様な社会体制や文化、軍隊

・ビザンティンと異民族

・帝国の性質にまつわる苦労

・帝国の可能性と統治システムの限界



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・多様な社会体制や文化、軍隊


 ビザンティンは巨大な古代ローマ帝国が二分された際の片方が起源です。もう片方の西ローマ帝国は早々に滅びます。


 長い時代、広大な地域を治めたビザンティンは多方面で様々な発展を遂げました。


 東ローマ帝国の名前通りローマ的な社会を築いており、途中からは封建制に似た社会制度を取るようになりました。市民権、貴族、官僚といった、各社会制度の代表的な要素が存在しています。


 首都コンスタンティノープルは欧州と東の交易路の中間に位置し、バルカン半島とアナトリア半島を中心に国土を広げました。ゆえに、イタリアの都市国家から恨まれたりもするのですが、経済的にも文化的にも恵まれた立地でした。


 文化の交流と発達の場になったビザンティンは、文化の面でも非常に優れたものを持っています。


 ルネサンスに大きな影響を与えたのはビザンティン美術ですし、各地に残るビザンティン建築は高い技術を持っていた事が伺えます。いまでも多くの建物が世界遺産に登録されています。ビザンティンを支えた一つの要因として、首都コンスタンティノープルが優秀な防壁を持っていたという理由が挙げられますが、それも建築技術に依るものでした。


 古代ギリシアの文学を保管し、伝えてきたのもビザンティンですし、音楽分野がもつ技術も当時としては先進的なものでした。



 軍事としてはカタフラクトやギリシア火薬が有名ですが、やはり多様な軍隊が存在していました。

 兵役を担う自由農民、ストラディオットは優秀な兵士でもあり、ビザンツを支えてきました。彼らは情勢の中でプラエトリアンや弓騎兵、カタフラクトなど、武装を様々に変えて活躍してきました。色々な民族の優れた武装や軍編成を柔軟に吸収していったことも、強力な軍事力を育てることができた要因でしょう。



・ビザンティンと異民族


 ビザンティンは名だたる強力な異民族の襲撃を受け続け、そして生き残ってきました。


 フン族、ゲルマン人、ササン朝ペルシア、スラブ人、ゴート族、イスラム帝国(アラブ人)、ノルマン人(ヴァイキングはここまできていたのです!)、セルジューク朝、十字軍、モンゴル族、オスマン帝国といった、中国以東の文明を除いたほぼすべての主要文明の侵攻を受けてきました。中世一千年間のオールスターズといっていいでしょう。


 オスマントルコの大砲によって、コンスタンティノープルの鉄壁が打ち崩されると終焉を迎えますが、例を見ないほどの戦歴でしょう。


 しかし侵略者に対していつも剣を向けたわけではありません。時には領土を手放し、時には貢物を渡してどっかにいってもらい、時には文化圏内に取り込んだりしました。例えばビザンティンの軍隊の中にはヴァイキングの精鋭部隊というのも存在しています。宗教とうまく付き合ったのも、ビザンティンの特徴でしょう。


 最終的にはどうにもならなくなってしまいましたが、その外交手腕や領地経営能力は確かなものと言えます。



・帝国の性質にまつわる苦労


 大きな領土を持つというのは、どのような苦労があるのでしょうか。


 まず数々の強力な勢力と領土が隣り合わせになることが挙げられます。そして地域ごとに情勢が変わるために、その地域にあった統治が必要になります。敵対勢力の武装も変わるのですから、一辺倒な軍編成にするわけにはいきません。


 崩壊の要因となるのは外敵だけではありません。多様な体制、地域を持つ影響から、求心力としての"象徴"を失うと崩壊します。また広大な地域をまとめ上げるには、指導者が優秀でなければなりません。しかしどんなに優秀でも人間である以上、寿命を迎えます。後継者争いは帝国を簡単に崩壊させます。


 逆に"個人の才能に頼らない求心力や体制"を持つことに成功した統治組織は、長く続くことになります。たとえば日本はそうであるといえるかもしれません。



 帝国の存続はその民族にとって良いことばかりではありません。

 技術革新という文明の維持に必要な要素は、帝国権力の維持という保守的な要素と相反することになってしまいます。以前ロシアやインドの帝国の話をしましたが、ここもうまくやらなければなりません。

 現代社会のメジャーな社会体制の一つである資本主義は、革新と保守という二つの要素をうまく運用できる方法であるということができ、今のところ主流となっているのもそのためでしょう。


 広大な領土は維持が難しくなってきますが、先ほど書いたように文化や技術、運営体制は多様な変化を見せます。色んな資源や市場、農地を保有するというのも強みでしょう。


 しかしそれゆえに成熟した社会制度、技術、外交戦略を持たなければ、巨大な領土を保有し続けることはできず終焉を迎えます。加えて帝国が指導者の権威を示すたびに度々行う遠征や建築といった事業は、財政を圧迫します。



・帝国の可能性と統治システムの限界


 巨大帝国はよくファンタジーに登場し、高い確率で主人公たちの勢力に滅ぼされているのですが、それはただ単に主人公達が強力だったから、というわけではないでしょう。

 史実でも帝国は常に滅びています。宋王朝やモンゴル帝国については以前書いた通りです。


 帝国維持を維持するためには重軽様々な課題が待ち受けていますが、仮にビザンティンが1400年の段階で、まだバルカン半島からエジプト辺りまでの領土を持っている状況があったとしたら、そのまま列強に名を連ねることができていたでしょう。


 つまり地中海、黒海、紅海と他方面に海を持ち、欧州諸国と争うことで軍事競争がすすみ、貿易によって技術交換が進むという立地的な可能性があったのでは、という話です。



 しかし現実では崩壊してしまいます。近世のシステムでは5000人程度が指揮できる限界の兵数というのに似て、社会制度も限界というものを持っているのかもしれません。

 社会制度の発展とは領土や人口などの容量を増やすこと、と言い換えることができるのです。



 当時存在していた社会制度の性能や可能性を見る限り、中世、近世に置いて成功した国とは、大きな領土を持つ国ではなく、領土的には小さい国でも外に向かうために資金や技術力を蓄積していく国であると言えるでしょう。


 冷戦以降、次の段階の社会制度は登場しておらず、さらに発達した制度を開発しない限りは、領土を増やそうとする目論見は失敗することになるでしょう。

 例えば、国際世論を絶えず味方につけるか介入させない、という制度を生み出す必要があります。経済、技術、外交、世論などといった、多角的な要求をすべてクリアする高度な制度が維持されなければ、現代の世界地図を塗り替えることはできそうにありません。

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