城の役割とファンタジーでの扱い

 ファンタジー世界の中でも城は特に印象的に描かれています。

 架空世界でも権力者は資金と技術力に物を言わせて、豪華絢爛な城を建てています。

 湖の真ん中にある城、白亜の城、隠し通路が沢山ある城、美術品が所狭しとある城など、様々なタイプの城が存在するでしょう。


 ただ共通した特徴は、社会体制が中世的であるはずなのに、どれも戦闘には不向きだということです。多少のセキュリティチェックは一般的ですが、人間に攻め込まれることを想定している様子はありません。

 やはり外交関係は良好であり、領主の統治は上手く回っているのでしょう。


・城と砦の戦略的価値

・現実世界における例と推測

・ドイツ語における城という単語

・我々がイメージする城、描写から見られる意識

・ファンタジー世界の砦と城

・壁が持つ意味合い


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・城と砦の戦略的価値


 まだ攻城兵器が未熟な中世であれば、城は防衛の拠点として、統治の拠点として、領主の居住地として機能します。一帯を支配するための拠点なので、重要な戦略単位になります。

 その結果、物資の保管庫、文化の集積地としての役割も担います。


 大砲によって打ち砕かれるまで、城や石壁が持つ意味は象徴としても大きなものがあったでしょう。



 城という設備自体は攻めてくる敵に対して効果を発揮します。

 受動的防御の能力をもっているといえます。加えてそこに駐留する兵士がいれば、防御範囲は格段に広がります。


 略奪をしかけてくる蛮族に悩まされた中国では、古くから都市に防御機能をもたせ、草原を駆け回る騎馬兵を弓矢で迎撃したのでした。城自体の語源も、壁で囲まれた都市にあるようです。



 機動力を持った兵士たちが駐留すれば、能動的防御も可能となります。敵の軍隊がその横を素通りしようとすれば、背後から襲い掛かれるのです。


 駐留する兵士というのは戦術的に見ればメリットが沢山ありますが、国家運営レベルでの話としては頭を悩ませる問題でもあり、多くの指導者がそれぞれの工夫をしました。城やそのもとに建設された都市というのは、それだけ自立した機能をたくさん持ったことでしょう。



 要塞や砦、といった建物は、日本史的には近代あたりまでなじみがありません。もちろん中世日本にも砦はありましたが、表には出てこないでしょう。

 いったい城と砦はどのような違いがあるのでしょうか。


 例えば、攻撃能力を持っていない城は存在するけど砦はそうではない、ということができます。砦は戦略的要衝地点に建てられ、必ずしも商業的要衝地点に建てられるわけではない、ともいえるでしょうか。


 一方で近世アメリカでは、毛皮貿易の基地や開発のために、たくさんの要塞や砦、"Fortress"が建設されました。


 なぜ城ではなく砦なのか。ここには機能や戦略的な考え方の違いがそこにはあるのではないか、と思います。



・現実世界における例と推測


 ここで、いくつかの城を例に、ヨーロッパの都市における防御機構に対する考え方を見てみたいと思います。


 ディズニーランドのお城のモデルとされている、かの有名なノイシュバンシュタイン城は、近代、娯楽のために建てられた城でした。白亜のお城です。

 近代の最先端技術を駆使して作られたのは、タンホイザー(ワーグナーのオペラ)の世界を再現した部屋、というのがあきれてしまう事実です。


 対して、オーストリアのザルツブルク城には世相に合わせて、時の権力者たちが何回にもわたって改修してきた跡があります。

 断崖のような絶壁や増築を繰り返した城壁から、いかに敵対勢力を恐れていたのかが伺える城となっていています。


 だいたい、1000年後半からその城の歴史は始まっており、ファンタジー世界のモデルとするにはちょうど良いように思うので、少し考えてみたいと思います。



・ドイツ語における城という単語


 ドイツ語でいえば、Schloss《シュロッス》、Burg《ブルク》、Festung《フェストゥング》と、いくつか城を表す単語はありますが、山城か平城か、などや、それが守りを意識しているかどうか、などが厳密な差になって来るように思えます。


 面白いのがザルツブルク城を原語で表した時の様子です。


 ザルツブルグ城はドイツ語で、"Festung Hohensalzburg(ホーエンザルツブルク)" となります。Festungは、「砦」を意味しています。Mt. Fujiの Mt. のようなものでしょう。


 Hohenは 「高い」を意味する形容詞で、Salzburgは都市名でもある、ザルツブルクです。

 しかしこの都市名、分解すると、Salzは「塩」、Burgは「城塞」を(辞書に置いては)意味するのです。


 ホーエンザルツブルク城、"Festung Hohensalzburg" は、直訳で、「高い塩城塞の砦」となります。


 城塞に砦にと、この重なりっぷりが妙な感じです。



 以下はこの言葉の重なり具合から見て取れる、筆者が特に調べもせずに書き連ねる、ザルツブルクの成り立ちです。


 塩は重要な特産品です。あの一帯は塩が出ることで有名(ケルト人やローマ人たちも岩塩を採掘していたとどこかで読んだことがあります)ですので、早くから町が出来上がったことでしょう。


 それを守るために建設された壁が、町を強固なものにし、この頃ザルツブルクとなったのです。つまり、ブルクは壁に囲まれた都市を言い表します。


 塩で莫大な利益を生み出していると、当然交通網も整備され、塩以外の貿易品も扱う都市となります。河川の存在が大きいでしょう。



 結果として、その町はそれなりの権力を持った人の直轄地になるでしょうし、そうなればもっとしっかりとした防御施設が必要となります。


 小高い山の上に、城塞が作られることになったのです。それが、Hohen(高い)の所以でしょう。

 実際、他の山城にもHohenがつけられて呼ばれています。


 その後、何度も改修されたためか、防御施設としての意味を失ったためか、オブジェクトの一つとして見られるようになったためか、頭に "Festung"とつけられるようになります。



 私が推測するには、"Burg" という単語には都市機能に求められる施設一通り、備わっている状態を指すように思えます。城といっても、中国語の語源的な意味での城です。

 ウィーンの旧市街にある、"Hofburg"(ホーフブルク宮殿、直訳で庭城)も、複数の建物の複合体ですし、そのくせ全く戦争向きではありません。



 逆に見れば、"Burg" とつくのは都市国家だったのかもしれません。

 壁の中には一通りのインフラ設備や経済機能が整ってます。町を覆う壁、市壁の内側で暮らせるのは市民階級であり、農民や移民などは弾かれていたでしょう。壁の内側に住むには、統治者に忠誠を誓い、一定のお金を払わなければならなかったと思われます。



 このように、建物や都市を言語の面からみると、戦略的要衝地点であるかどうか、いったいどういう性質の地点なのか、というのを、ヨーロッパ人が重要視していたのではないかと推測できます。

 "Burg" という単語は、都市機能が揃った城、ということでしょう。

 もちろん、Burg は城や城塞という和訳で間違いないでしょう。ただ、町にその名前が付いているという事が、考えの違いを表しているのではないか、という事です。



 先に出てきたノイシュバンシュタイン城には、きっちり"Schloss"の単語が与えられていることを見ても、納得できるでしょう。シェーンブルン宮殿(美しい湧き水の意)も、"Schloss Schönburnn" と表記されます。意味合いは城館といったところではないでしょうか。


 名詞としての Schloss は城ですが、同じ語源を持つ動詞の意味合いは「閉じる」、というなります。


 門を固く閉じた俺たちとは関わりのないわけわからん場所、と当時の市民たちは思ったかもしれません。



・我々がイメージする城、描写から見られる意識


 日本語は、一つの単語や音にいろいろな意味を持たせる言語です。

 あれも城、これも城、役割の違いはあれど、全部城という単語にくくってしまいます。一国一城の主、なんて言葉もあります。


 戦国時代でいえば、その周りに市民階級順に円が何層かできていたといいますし、大陸国家とは都市づくりや戦略思想に違いが出てきているのでしょう。

 城壁のある大都市、というのは古代にしか見られません。どこからともなくやってくる異民族、蛮族、という存在がないことが、根本的な理由かもしれません。


 ファンタジー小説で見られるような、都市描写の揺らぎはここのあたりからきていると思われます。



 ここまで多様な意味を持つ分野に対して、我々は「城」、という単語しか持っていません。

 その単語を聞いてイメージさせられるのは、安土城や姫路城であり、小田原城であり、ベルサイユ宮殿であり、クレムリン宮殿でしょう。あるいは、ノイシュバンシュタイン城(眠れる森の美女)やタージマハル(アラジン)かもしれません。


 我々に入り込んだ文化としてのDNAが、ヨーロッパ都市としての城、というイメージを阻害させるのです。



・ファンタジー世界の砦と城


 さて、日本語ではその境界はあやふやであるように思えますが、ファンタジー世界ではヨーロッパに倣って比較的その差別化は進んでいるように思えます。


 ファンタジー世界では人間との抗争を想定していません。

 城は文明と文化の粋を尽くした物が作られています。為政者がそこで日夜事務仕事に忙殺される、という描写が見られますが、戦争の時、防御施設として活用されている様子はあまりみられません。せいぜいが市民が暴動を起こした際に立てこもるくらいでしょう。


 都市を覆う壁、いわゆる市壁は、中世ヨーロッパと同じように、主にモンスターから身を守るためであると考えれます。

 人類自体に敵対してくる分、より市壁の存在が重要になり、支配者による統治は現実世界よりも強固なものとして成功したことでしょう。


 商業的には重要ではないが、戦略的には要衝地点である、という場合は砦が建てられることになります。

 大量のモンスターが生息している山岳地帯や森林地帯を監視して、人間の活動圏を守るには、沢山の砦が建てられたことでしょう。それはモンスター討伐の拠点にもなります。



 もちろん、想定されるモンスターの種類に応じた、いろいろな形の砦が建造されたと考えられます。

 ゴブリンやコボルトの大軍を相手にするのであれば、その移動を阻害するように掘や壁を作るのが効果がありそうです。


 オーガやサイクロプスなどの大型モンスターが生息する山が目の前にあるなら、投石機などの攻城兵器をずらりと壁の上に並べる事になると思います。

 動きが遅く、的が大きく、耐久力が高いともなれば、なるべく早い段階から、たくさんの攻撃を加えて倒す必要があり、それが可能でしょう。


 グールやレイスなどのモンスターが生成される死霊の森などというものがあれば、教会機能を特化させた砦になりそうです。


 ドラゴンやハーピーなどの空飛ぶモンスターたちを迎撃したいのであれば、現実世界でも第二次世界大戦の時に登場した、高射砲塔のようなものが、乱立することとなります。



・壁が持つ意味合い


 さて、現実世界では大砲の発達によって城やそれにともなう城壁は意味をなさなくなってしまいました。

 歴史では"さもすぐ意味がなくなった"かのように教えられますが、実際にはそうではなく、城壁の後ろに土を盛るという構造によって、大砲に対する防御に成功した時期もありました。

 あとで書きますが、イタリアのとある都市国家の話で、その後その技法はじわりと広がったようです。都市から城壁がなくなり始めるのは、大体1800年頃の話です。


 ファンタジー世界では、防御魔法の存在があるので、人間同士の戦争になったとしても依然として、壁がもつ防御力は陳腐化しなかったでしょう。


 一昔前の小説だと、ヒロインが「バカーッ!!」と叫んで主人公に魔法をぶっ放して建物が壊れる、という描写がよく見られましたが、魔法という攻撃方法がある世界なのに、魔法によって簡単に建物が壊れる世界というのは、私としてはいかがなものかと思います。



 建物は、もともと"防御"という意味合いが強いのです。

 もちろん、威圧する、権力を誇示する、祈祷を行う、なども含んでいますし、強固な建物が当たり前となった今では、なんとなくそちらの方が優先されているようにも思います。


 雨風から防御する、泥棒から財産を防御する等、建物が持っている根本的な性質は防御です。

 中東の国では、日差しから防御する、という意味合いも持っています。太陽はすべてを焼き殺す存在であり、水と緑と日陰が権力の証なのです。


 このように、建物はその地域に住む人々をあらゆるものから守っています。

 むしろ、守れるように改良が加えられていくのです。



 ファンタジー世界でもそれは変わらず、むしろ防御魔法、結界魔法、障壁魔法などでより強固な防御方法として壁は存在し続けそうです。

 土壁のなかに藁を練り込むように、魔法耐性を上げる何らかの素材を混ぜたかもしれません。


 それは史実でも起こった"大型兵器の開発競争"に拍車をかけるかもしれませんし、その兵器と城壁の開発競争、という風になるかもしれません。

 その突破方法を編み出すために、兵器も多種多様なものが開発されることでしょう。

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