種族と社会の不思議
エルフの生態から見る社会体制
この章からは民族や社会、文化など、範囲を広げてファンタジーを考察します。史実にも実例のある話の割合を増やしながら書いていきます。
まずは種族についてです。
ファンタジー小説には様々な種族が登場します。エルフを筆頭にドワーフ、リザードマン、マーマン、小人族、妖精族、獣人族がよく出てくるでしょう。
知性を持っていなかったり、人間に敵対行動をとったりと色々なバリエーションがあります。それぞれが独自の社会や価値観、産業を持っている場合、どのような背景が考えられるでしょうか。
今回は定番ともいえるエルフを取り上げてみます。生態が人間と違うので、様々な違いが生まれる事でしょう。
・エルフの生態と食糧
・指導者の発生、農業と種の多様性
・エルフの社会制度とは
・エルフの昔
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・エルフの生態と食糧
彼らは森林の中に暮らしています。
耳が長くとがっており、手足がすらっとしていて眉目秀麗で、弓矢の扱いが上手いとされることが多いでしょう。自然や精霊と交信する術を持っているなど、魔法に関しては高い技術力を持っている場合もあります。
人族よりは長生きで、代わりにあまり繁殖能力は強くないとされることが多いでしょう。出生率が低いという事は、強靭な生命力を有しているという証拠でもあります。
森林をテリトリーとしているエルフがほとんどですが、他の種族と通商条約を結んでいるか否かはファンタジー世界ごとに異なっています。排他的な態度をとることも多いし、そもそも人族から隠れて生活している場合もあります。
だいたいエルフはこの様な存在でしょうか。
森林に暮らす彼らは狩猟採取のみで生きているように見えます。エルフが森を切り開いて農耕をする様はイメージし難いでしょう。現に、背が高く足が長いというのは、肉を主に食べる人種の特徴でもあります。
そんなエルフの食糧事情は人間と比べてどうだったのでしょうか。エルフは農耕民族でもなければ騎馬民族とも言いがたく、彼等の居住地の状況からはどのような食生活を送っているのか想像するのは困難です。
以前何かの書籍で、だいたい人間が狩猟採取生活で暮らしていくには1人当たり2平方キロメートルが必要らしい、と読んだ覚えがあります。この数字がどれ程信用できるかはわかりませんが、確かに農業による安定した収穫が望めなければ、相当広い土地が必要であることは想像に難くありません。
もし仮にエルフと人間が生きていくのに必要なエネルギーが同じだとすれば、エルフとしても農業を選択したほうが安定するでしょう。
生産を安定させる大きな理由は人口の増加です。個体数を増やそうと人類は様々な苦労を重ねてきました。
・指導者の誕生と農業と種の多様性
その初期の方に属するのが農業の発見であり、定住生活の始まりでもあります。
農耕は強力な指導者を生み出します。長い期間かかる大掛かりな仕事を皆でこなさなければならないからです。
また農耕技術の一つであった蓄財は格差の原因でもあります。
これらの出来上がった要素を成り立たせるために、人類は様々な社会体制を生み出し選択してきました。農耕が指導者と財産を生み出し、より発達した社会への原動力となったのです。農業によって発見、発展してきた部分は多岐にわたります。人間社会を特徴づけたといっても過言ではないでしょう。
また、個体の知恵や腕力の優劣は上下関係を作り出しますが、能力による上下関係があるエルフ社会が登場する世界は珍しいように思えます。
エルフの一族の長は自然に出来上がっていった特徴や格差から生まれたものではなく、年功序列、血統、もしくは超自然的存在からの神託などで選出されている場合が多いのです。
これは専制政治といえなくもないでしょう。長老会議のようなものも珍しくありません。
エルフの社会では個人の能力に差がないので、生きてきた時間や精霊等の上位種からの推薦などが指導者の根拠となるのです。
しかし、特異性を持った個体が現れなければ強力な指導者は生まれません。
これには大きなデメリットがあります。
人ひとりが成す仕事の成果など、たかが知れているものです。大勢をまとめ上げる存在というのは、大きな仕事を成立される条件でもあります。
たとえば、このような体制をもつエルフは、治水工事のような大規模な事業を行うことはできないでしょう。
また、皆平均的で振れ幅が少なく変異体が生まれないということは、環境や状況の変化に弱いという致命的な欠点があります。
手先が器用なもの、美的センスが優れている者、計算が得意なもの、腕っぷしに自信があるものなど、多様性があってこそ時勢の需要に応じた者が指導者や専門家になり、統率をとることができるのです。
これらが彼等の生活様式からうかがえる特徴です。ある部分で非常に高度な文明を持っていながら、基本的には原始的な社会を維持している、なんとも奇妙な種族であるということができるでしょう。
・エルフの社会制度とは
このように人間の尺度でみればエルフの取る生活様式は不合理極まりないと言えます。
しかし、(ファンタジー世界の中ではありますが)実際にエルフは文化圏を維持し続けています。
人口が少なく強力な指導者もいない状況で、それが可能であるのはなぜでしょう。
人口が増えればたくさんの仕事をこなせ、他の生物に対しても、他の集団に対しても優位に立つことができます。現実世界の人間は人口を上げるために生産性の向上を図ったし、増えた人口をまとめ上げるために世相にあった社会制度を開発しました。
生物として個体数を増やすことにはメリットがあります。しかしエルフは人口を増やす努力をしているようには見えません。
逆にそれだけ何かが発達していると考えることができるのではないでしょうか。その点がメリットとデメリットを逆転させているとすれば、非常に興味深く思えます。
一つ、よくある描写から考えられるのが、種族としての完成度が人間より高いということです。
強靭な肉体に寿命、高い技術力をもっていると書かれることが多いエルフです。 彼らエルフからしたら、人間はオラウータンのように見えているかもしれません。
いわく、"人間は最も自分たちに近しい位置まで進化した種族だ"と。
事実、自尊心が高く、人間や他の種族に対して見下したような態度をとるエルフが小説の中に登場することはよくあります。
先ほどはエルフ社会の不合理な点を書き連ねましたが、一方で、現実世界の人間が構築する社会制度も共通の問題点を抱えています。
それは統治組織の腐敗です。
蓄財という技術が人間社会の中で有効性を持つ以上、どうしても逃れることのできない弱点です。
そして多くの場合、組織の腐敗はそのままその政権や国家、王朝の致命傷となってその社会の終わりを迎えるのです。王朝でも官僚でも宗教でも軍隊でも、組織の腐敗が原因として滅亡した例は枚挙にいとまがありません。
しかしエルフはそうではなく、何百年もその社会を維持し続けています。
森という劣悪な居住環境において、少ない人口で、長い間種族を存続させてきているのです。
そう考えていくと、人間が生物学的(あるいは精神的、知能的)な限界で実現できない、より高度な社会性を彼らは持っている可能性があります。
その社会制度が少ない人口に合致した、強力で合理的な制度だとしたらどうでしょう。高度な社会性を維持するために、あえて狩猟を選んで人口がおさえているとも考えられるのです。
彼らのもつ社会制度は、我々には理解できないものかもしれません。少なくとも、"少ない人口を維持する理由がある"、"すべての個体が同程度かつ高水準の能力を持っている"といった状況下で発達した社会が歴史上にはないので、それをうかがい知ることはできません。
それは彼らの価値観と人間のそれに決定的な差を生み、交流の途絶に繋がったのでしょう。
一見原始的な生活をしているエルフですが、ファンタジー世界では奴隷として捕らえられることはあっても、エルフが未開人野蛮人と蔑視されることは少ないと言っていいでしょう。
むしろ敬意を払われている節さえあります。失われた技術や古代魔法などの知識を独占しているだけではなく、高度な社会性を保持しているということを、ファンタジー世界の住人は理解しているかもしれません。
・エルフの昔
ここまで書いてきたので、エルフの一つの可能性を書いてみます。
エルフは人間より前の時代に覇を唱えた種族ではないかという説です。
昔はエルフも人間と同じような生態や社会を持っていて、同じように人口を増やして行きました。そして技術発展の先に、種の改造に成功します。現実世界でいうと、今よりも未来の話です。
この時点で病気に強く、見目麗しく、身体的能力も頭脳レベルも高い、新しいエルフが完成します。
もしかしたら、食糧消費の少なくて済む肉体を作り出したかもしれません。
それはますます人口増加に拍車をかけることとなります。
暫くはよかったことでしょう。
しかし増えすぎた人口をまとめ上げるだけの社会制度をエルフたちは確立することができませんでした。
そこから一気にエルフの滅亡が始まります。様々な理由で争うでしょう。大量破壊兵器も登場したかもしれません。
そして絶望的なまでに数が減りますが、種の改造を行ったエルフはその状況にも耐えることができました。
高度な思考を持ったエルフたちは新たな社会制度をそこで開発することに成功します。
皆が生物として高度な次元にいる故に指導者を生み出すことを忌避し、それによって一大事業を成すことができなくなりましたが、精霊という異次元の高位的な存在に指導者選別を委任してしまえば、問題も起こりにくくなります。
ただ根本的な食糧問題だけは解決できません。
そこでどうするか。
他の生物の力を借りることにしたのです。それが森林でした。
森林自体がもつ生産能力は、自然地形の中では群を抜いているでしょう。森に頼れば農業をする必要もなく、従って人口を増やす必要もありません。
敵対勢力にも持ち前の技術力で対抗できるのでしょう。強靭で高性能な肉体と高度な思考能力がそれを可能にしているのです。
根本的に有りようが違う人間と相いれるはずもなく、エルフ達は森林でひっそりと暮らしていくこととなります。
ファンタジー世界の住人として定番ともいえるエルフですが、よくよく考えてみれば、このように理解できないことが山のようにある存在でもあります。
魔法と同じく、我々の物差しで測ることができない存在といってよいでしょう。どのような種族にするのかはもちろん書き手にゆだねられますが、非常に面白い要素になりそうです。
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