冒険者ギルドの悩みと対策
多くのファンタジー小説には冒険者ギルドというものが存在します。
組織そのものの概要が詳しく語られる機会があまりありませんが、物語の中から多くを推察できます。
ただ史実でのギルドとはズレがありますし、所属している冒険者たちの気質もどうやら職人や商人とは異なるようです。
それ故に冒険者ギルドが抱える問題もすこし特殊です。今回はファンタジーの中に登場するギルドにはどういった問題があって、どのような解決策があるのか考えていきます。
・ファンタジー世界での冒険者ギルド
・史実の商人職人ギルドの役割
・冒険者の性質と商工ギルドとの相違
・冒険者ギルドへの帰属意識
・冒険者と冒険者ギルドの攻防
・ギルド内通貨の可能性
・ギルド内通貨の欠点
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・ファンタジー世界での冒険者ギルド
まず、多くのファンタジー世界に出てくる冒険者ギルドはどのような存在なのか書き出してみましょう。
―冒険者は必ずと言っていいほど冒険者ギルドに所属している。
―主な都市には冒険者ギルドの支部が置かれている。
―ギルドカードなるものを発行している。
―依頼の仲介によって収入を生み出している。
―仕事斡旋所のような役割をおっている。
―依頼を掲示板に出して依頼をこなす冒険者を募集する。
―依頼の種類は様々、下は猫探しや雑草刈り、上はドラゴン討伐まである。
―依頼を完遂した冒険者に対して報酬を支払う。
―冒険者から素材を買い取る。
―装備品などを買い取る様子はない。
―冒険者はギルドによって格付けされている。
―冒険者のランクは社会的なステータスにもなりえる。
―冒険者に対して講習を行ったり、モンスター図鑑などを貸し出すなどの支援を行う。
大体このような組織が冒険者ギルドと呼ばれる存在ではないでしょうか。
構成員数や規模は不明ですが、受付や事務作業を行う裏方的存在や、昇進を審査する幹部、支部を預かる支部長、ギルド長がいる場合がほとんどです。封建制を敷く社会の中で官僚のような存在がいてピラミッドを形成する組織というのは特殊といえるかもしれません。
武力を所持した者を統率する冒険者ギルドは、権力者や騎士達から白眼視される存在であっただろうということは以前書きました。
それに加え、冒険者の気風も少々特殊です。
冒険者ギルドの運営には様々な苦労があることだろうと思えますが、どのように組織を守り、存続させていったのでしょうか。
・史実の商人職人ギルドの役割
冒険者ギルドはどのような点で特殊なのか見るために、まずは現実世界でのギルドについてみてみます。
商人職人たちが形成しているギルドという事で、ここでは便宜上商工ギルドと呼ぶことにします。
史実の商工ギルドは、職人階級の既得権益の保持拡大を目標に動きます。職人同士で自由競争をせずに、価格統制と品質維持を厳しく行えば、現在ギルドに所属している職人たちの利益は守られることになります。
材料の仕入れや販売ルートも独自の物を持っていて、とにかく職人の安定した活動を重視していました。
宗教団体とも密接なかかわりを持っていたというのも大きなポイントのようです。
ギルドは所属する商人職人から、所属団体としての役割や宗教的な加護も求められていました。先にも書いたように、身分の保証や葬式等の執り行いです。
自らの生活に欠かせないものを提供する組織の崩壊を構成員たちは守ろうとするので、ギルドはどんどん巨大なものになっていきます。
ギルドは封建制度の中で生まれた組織なので、やはり封建的な身分制度が浸透しています。
それが徒弟制度というものです。一人の騎士(親方)に複数の従卒(見習い)がいるとイメージすれば、だいたいあってるといえるでしょう。
厳しい修行と審査によって、ギルドに新規参入する者を制限します。それは品質と市場の維持するための重要な手段となりますし、弟子のギルドへの帰属意識を高める効果もありました。
一般的にはギルドの単位は都市ごとでした。
おそらく都市によって状況が違うので、同じ組織が力を及ぼすことが難しかったのでしょう。材料を仕入れる土地と市場は、契約によって確定されており、その都市固有のものです。
実に中世らしい、土地に縛られた組織と言えます。
またギルドやギルドの運営には、徒弟制度の修業期間を潜り抜けた、親方の地位にある者が参加することができます。
こう書くと見習いに権利などないようでひどい横暴に見えますが、実際店舗や工房を切り盛りしているしているのは親方であるので、都市全体の業界運営に参加できるのが親方のみというのは変な話ではないでしょう。
たとえば"軍議に参加できるのは騎士以上であって従士は不可"と考えてみても自然です。
最終的にギルドは担当する品目の生産から販売までのラインを持つようになります。利益を拡大しようとしたらそれが一般的な流れでしょう。その結果商人と職人のギルドは占有領域を重ねてしまい、いがみ合うことになってしまいます。
自由競争をせず商売にまつわる何もかもを独占し、業界の利益を拡大するというのがギルドの目的です。仕事に就く人を一手に集めて、更に職人にとってギルド存続のメリットが大きいとなれば、職人は自発的にギルドに協力するようになり、ギルドはなかなか崩れない強固な組織となるのです。
・冒険者の性質と商工ギルドとの相違
さて、冒険者ギルドに話を戻します。
"冒険者は旅をする兵士である"と本小説では散々書いてきました。
これは冒険者の発祥が商人や職人の護衛であると考察したためです。
現実世界と違って、頻繁にモンスターが襲撃してくるという状況にあって騎士の数が足りません。
また、土地に縛られた人々を守護するのが騎士であり、そのコミュニティに参加できない人々が護衛として雇ったのが冒険者になっていったのだろうとしました(これは中世ドイツの社会をベースとしたためです)。
冒険者が旅をする理由ですが、仕事を得るためだと考えるのはおかしなことではありません。
例えば現実世界の石工職人は教会の彫り物が主な仕事だったために、移動しながら仕事を得なければなりませんでした。一回教会が建造されてしまえば、その街には仕事はなくなってしまうのだから頷ける話でしょう。
これを遍歴といいます。冒険者も、モンスターを求めて旅をするかもしれません。
冒険者ギルドの始まりがどこにあるかは不明です。冒険者自身がギルドを組織したのか、商工ギルドが母体団体として存在していたのかは、はっきりと知ることはできません。先に上げた複数の都市に跨って運営されているという状況や、冒険者ギルドが受け持つ業務、近代化された組織という、史実の商工ギルドとは異なるポイントを出自によって解決することはできないのです。
しかし旅をする冒険者が所属するということで、商工ギルドと違って、都市や町、村など複数の拠点にまたがって勢力を広げるということは可能なのでしょう。
取り扱っているものが違うので、そういった違いが生まれると考えられます。
あとで詳しく書きますが、ここら辺は同じく武力を売りにするイタリアでの傭兵事情を参考にすると説明がつきそうです。イタリアの傭兵と冒険者は多くの点で似通っています。
史実ギルドの発展の流れを見ると、ある程度発達した冒険者ギルドは、武力や労働力の売買だけではなく他の領域の業務まで兼ねるようになるでしょう。商工ギルドが本来の役割を超えて、拡大していったような進化を遂げるのです。
旅をする構成員をたくさん持っているので情報収集に強く、素材を優先的に所有するために工房や研究所を持つことも考えられます。
もしそのファンタジー世界の冒険者ギルドがこれらの施設や組織を持っている場合、中世の中でも後期に位置しているとみることができるでしょう。
・冒険者ギルドへの帰属意識
色々なことを"武力を資本として旅をする職業層が所属する団体"という前提で説明できそうですが、史実商工ギルドとの重大な相違点が一つあります。
それは宗教的側面の有無です。
冒険者ギルドに宗教的な活動を見ることはできません。冒険者たちが信仰生活を送っている描写を見ることは稀です。
最も身近な例を挙げるとしたら、"冒険者に対して葬式を上げる"というイベントを見ることができません。冠婚葬祭といった儀式を、冒険者はあまり気にしていません。
宗教生活というのは我々が思っている以上に、集団意識を芽生えさせ相互理解に役立ちます。
更に、まだ思想が十分に育っていない時代であれば、宗教が持つ教義は想像以上に道しるべとなったことでしょう。
想像しがたいことですが、自分が信奉している宗教を言えば、初対面だとしても人となりや価値観を相手に伝えられてしまうのです。
中世では裕福でなければそこまで熱心な信仰生活は送らなかったともいいますが、実際宗教や信仰が力を持っていました。
商工ギルドには農民にとっての村と同じ役割が、構成員から求められていたのです。それは宗教に関してもそうだったのでした。
礼拝に参加するにしても、村の教会には農民のコミュニティが出来上がっているので、商人の為の集まりが必要です。
そんな世界観のなかでも冒険者が宗教に頼る様子はなく、ギルドにその役割を求めることがありません。
死と暴力に隣り合わせな職種というのは、違った宗教観を持つのかもしれません。鎌倉時代には戦士層に向けた宗教も登場して広まりましたが、ファンタジー世界では残念なことに冒険者に宗教観や死生観をあまり見ることはできません。
これらが冒険者や冒険者ギルドに見られる奇妙な点です。
・冒険者と冒険者ギルドの攻防
冒険者という存在が特殊なので、冒険者ギルドには多くの問題が付き纏うことでしょう。自由奔放な冒険者を抑え込むには、ギルド自体にそれなりの実力がなければいけません。冒険者ギルドが力を持つにはどうしたらいいのでしょうか。
冒険者ギルドは封建制の色が薄く、それは例えば徒弟制度を導入していないという点で見ることができます。親方が見習いを統率する様子はなく、一番近いところでチームのようなものを組むという事にとどまっています。
冒険者ギルドの上下関係は年功序列で築かれるのではなく、驚くべきことに実力主義によるランク付けによって形作られます。これは品質保持と価格維持を徹底して行う商工ギルドとは真逆のありかたでしょう。
商工ギルドの場合ギルドに参加できるのは親方だけですが、冒険者ギルドの場合ここにも影響がでてきており、冒険者ギルドは全員が構成員となっているようです。
しかし先に書いたように、ギルドがその目的を果たすには、冒険者をギルドに加入させてつなぎとめなければなりません。
その地域の業界人口の大半を所属させなければ組織の維持は難しいし、存在意義がなくなってきます。
どのような団体に置き換えたとしても、いくつもの都市に滞在する冒険者をすべて加入させるのは、とても難易度が高いことだと考えられます。
それと同時に組織としての信用も維持しなければなりません。
危険性が高かったりメリットが薄いといった冒険者にとってありがたくない依頼も、ギルドとしては社会的な信用を得るために達成する必要があります。ギルドとして武力を提供する以上、それは品質が保証されてなければいけません。
冒険者ギルドを安定して運営するには、冒険者を従わせる必要が出てくるのです。 しかしなんども書いてきましたが、商工ギルドと違って構成員たちがギルドを大事に思う様子がありません。
また、前の頁に書いたように冒険者が力を持ちすぎても困ります。徳川幕府のように、配下の力を上手にそぐような工夫が必要になってくるでしょう。
徒弟制度と宗教生活を導入していない弊害です。
そんな組織の状態で、冒険者ギルドは力を持つものを集めてそれを強力に統制しなければならないのです。
統率するための優秀なシステムや利点が必要になるでしょう。
・ギルドに所属する利点とは
そこで冒険者がギルドに所属するメリットを考えてみます。
―仕事を得やすくなる。
―自分の実力を正当に評価し、保証してくれる。
―戦利品を売りさばくことができる。
―情報や仲間を得やすくなる。
大体よく描写される範囲だとこれくらいでしょうか。
しかしこれだけではギルドに所属するメリットが少ないといえるでしょう。確かにメリットはありますが、デメリット次第では加入しなくてもいいと判断するかもしれませんし、現れるであろう対立組織が簡単に達成できるような仕組みでは、冒険者を縛ることはできません。
冒険者をギルドに所属させるという事は、常にデメリットも負わせることになるのです。社会や組織が不安定になりデメリットが多くなってしまった時に、すぐに抜けてしまうという事態は防がなければなりません。
冒険者を縛る制度(脱退などに対する強力な制裁)も必要ですが、ギルドが冒険者に与えるメリットが多ければ多いほど、不測の事態に耐えられるでしょう。
よって、さらに冒険者がギルドに所属するメリットを考えていかなければなりません。
例えば一部の税が免除されるというのはどうでしょうか。
領主は領民からどうやって税金をとるのかを必死に考えていた、というのは中学の授業でも習うほど有名な話です。
旅をしなければならない人々にとって税金は大きな問題です。渡河の際に取られ、関所で取られ、城門でとられと散々でした。
そこでギルドは兵役を疑似的に担うことを盾に、所属員に対しての税を軽減することを領主たちに迫ったかもしれません。
税を軽減するとなれば、旅する冒険者にとっては加入は大きなメリットになりうるでしょう。
・ギルド内通貨の可能性
他にはギルドポイントというシステムはどうでしょうか。
言い換えればギルド内通貨、もしくは信用取引のことです。これは小説ではあまり見ることがないシステムですが、ゲームでは登場することもあります。このシステムは冒険者ギルドの在り方にとてもあっているように思えます。
冒険者は依頼をこなしたり素材を納品することで、通貨の代わりにギルドポイントを得ることができるとします。硬貨などがあるものではなく、証文のようなものによって管理します。
冒険者は証文さえ持っていれば、冒険者ギルドにてギルドポイントを換金できます。もちろんギルドの崩壊を防ぐために、一度に換金できる量は制限がつくことでしょう。
このシステムは多くの利点があるように思えます。一番大きなものは冒険者ギルドが多くの通貨を準備しなくていい点です。
通貨の問題は多くのファンタジー小説で見過ごされていますが、少し想像すると非常に大きな問題となってきます。
例えば辺境の村にギルド支部が置かれるとしましょう。
辺境や未開の地というのは、強力なモンスターがはびこっている場合が多いでしょう。"強力なモンスターがいるので未開"という考え方もできます。
強力なモンスターがいれば、そこには冒険者が集まり経済規模が大きくなると考えられます。そして強力なモンスターというのは、えてして貴重な素材、高価な素材を落としやすいものです。
その素材の売買や依頼の報酬金が必要となれば、辺境の村にはたくさんの通貨が集まることになってしまいます。
しかし辺境の村に通貨を集めるというのは、国にとっても商人にとっても民衆にとっても、ありがたいことではないでしょう。通貨の価値が上がれば、市場はすぐに混乱してしまいます。
本来経済に絡んでこないはずの辺境の集落が、経済を不安定にさせる一因になってしまうのです。
都市機能が未熟な辺境の村は交通も治安も悪いでしょう。そうなればもともと備わっている経済規模もたかが知れています。
素材があってもそれを加工する職人がいない、加工されても売りさばく商人がいない、商人がいても消費する人口がいないなど、なにからなにまでありません。
冒険者が永続的にその土地にいて何かを生産し続けるという保証もないので、商人や職人からしても店を構えるわけにはいきません。
冒険者にとっても、そんな辺境の村で通貨をもらっても消費先がなくどうしようもありません。通貨を使うためには移動しなければならなくなります。
しかし大金を持って長距離を移動するのはどうしたって都合が悪いのです。
そこでギルドポイントのようなものを作って、辺境で得たポイントを主要都市で換金できると考えたらどうでしょうか。
もし冒険者ギルドが生産ギルドと提携していたり一体化していれば、ギルドポイントで売買をして、通貨で買うより安く買い物をすることができるという方法も取ることができるでしょう。
うまくシステムを構築すれば、生活保障につなげられることもできます。通貨を介さずお金の貸し借りができるのです。
またギルドランクにはギルドポイントが必要であるとすれば、ギルドは冒険者達の財を巻き上げることができます。
少し時代は進みますが貴族の地位や役職を金で売買するという行為はよくあったので、無理はありません。
ギルド内通貨を持つという事は、冒険者に対する防御策になります。
冒険者の資産をギルドが保証するのだから、力を持つ冒険者であればあるほど、ギルドの崩壊を食い止めようと必死になることでしょう。
ギルド維持のための強力なカードになります。
一方で、モンスターの大規模侵攻などで緊急事態になった際、このシステムを使えば領主は通貨を用意しなくても一時的に冒険者を動員することができるのです。
仮にいくつかの国にまたがった冒険者ギルドであれば、ギルドポイントという中間財を作ることによって、資産運用をすることもあるでしょう。
何といってもギルドが自国通貨を持てるのです。
・ギルド内通貨の欠点
欠点はいくつかあります。
一つはシステムの複雑さです。
中世の人間、こと経済について学ぶ機会がないであろう冒険者が、このシステムを理解運用し、受け入れることができるのだろうかという事です。
冒険者はその日暮らしという人種であるように見えます。貯蓄という概念をそもそも中世の庶民が持っていたのかもわかりません。
とはいえ、信用取引は商人達が活発に動き始めると、いろいろな形で使われることになっていったので、このシステムが完成する可能性は高いでしょう。
テンプル騎士団という、ヨーロッパから聖地エルサレムという広いネットワークを持っていた十字軍をサポートする組織でも、同じようなことをしていました。
どういうことかというと、十字軍に参加している騎士や王に中東地域でお金を貸したり物資を売り、その取り立てを本国で行ったのです。
二つ目の欠点は、ギルド内通貨の脆弱性です。
もし社会が不安定になり組織の信用がなくなったら、鉱物的価値がないギルド内通貨は脆弱です。多くの冒険者は路頭に迷うかもしれませんし、下手したしたら取り付け騒ぎが起こるでしょう。
また、通貨の価値が乱高下しても、現場は混乱してしまいます。
それは冒険者ギルドにとって矛にも盾にもなります。
管理も大変かもしれません。
技術レベルがどれほど追いつくかわかりませんが、偽造を防ぐ工夫を相当に重ねなければならないでしょう。本人確認の問題も付き纏います。魔法の力を借りる必要が出てくるでしょう。
冒険者ギルドが冒険者を強力に統制するということは、領主にとっても、騎士にとっても、職人商人にとっても、農民にとっても歓迎されることです。
組織としては発達している冒険者ギルドです。
こういった少し複雑なシステムを取り入れている可能性もあるのではないでしょうか。
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