冒険者の散兵戦術 思想と装備

 前回は装備には利点欠点があって、運用方法によってそれを補い活かす必要があると書きました。魔法が存在する世界なので、相手の動きを鈍らせる魔法や必中の魔法などがあったりすれば、さらに状況が変わっていくことでしょう。


 技量の程度にも影響されるでしょうが、個人だけで活動するとリスクが大きいようで、冒険者達は何人かのパーティーを組んでモンスターと戦っています。ほとんどの世界で彼等はパーティーを組んでいますがその内容はまちまちであり、決まった編成というのは存在していません。


 今回はどんな要素があれば、そのような戦術でモンスターと戦うことができるのかということを、史実の軍隊を参考に考えてみたいと思います。



・散兵戦術への変遷と条件

・冒険者の思想

・冒険者の装備


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・散兵戦術への変遷と条件


 重装備の戦士に素早い盗賊、守られることが大前提である弓兵や魔導士という、多様な職業が少数ずつでチームを組むという設定をとる世界は多いでしょう。

 よく考えてみればこれは現代の歩兵と同じ構想であり、映画や漫画で見る現代の特殊部隊と同じように見えます。


 冒険者という兵士は現実世界の歴史と比べると異様に進歩しているようです。そうならざるをえない状況と、その条件を満たす環境が揃っていたのかもしれません。それはどんなものなのでしょうか。



 中世という環境ではこういった兵の用い方はただ逃亡兵を増やすだけであり、効率的ではなかったでしょう。騎士であれば別ですが、冒険者はどちらかといえば庶民出身の兵士なので、今回は参考になりません。


 ただもう少し時代が進めば散兵戦術を用いた国家は複数ありました。

 散兵が持つ役割はそれぞれで意味合いが変わってきますが、大体は密集陣形を崩すために飛び道具で攻撃を加える役目を持っていました。


 1800年頃になると、少数の部隊が作戦目標に向かって能動的に戦闘活動を行うようになりました。この戦術が再び用いられるようになったのには、複数の理由が挙げられます。


 一つ目は密集陣形の効果が薄れてきた点です。

 先のページに書いたように、これには2つの理由があります。

 戦争の大型化に伴い戦争に参加する兵隊が増えてきました。大体5000を超えると指揮の伝達スピードに問題がでてくるようで、正確な指揮を与えることが難しくなってしまったのです。

 また開拓が進み、畑やあぜ道があるところが戦場になることが多くなったため、しっかりとした戦列陣形が組めなくなってしまったのです。


 二つ目は、時代が進むと国民という概念が生まれ、兵士が戦争に参加する理由ができたという点です。これによって監視の必要がなくなりました。 


 少数でも十分な効果が望める銃器を軍部が取り入れ始めた、という事も理由として数えてよいでしょう。


 それまでメインに採用されていたマスケット銃は、発砲までの手順が複雑で、号令によって運用されていました。加えて、命中率も射程距離も低かったので、直立した兵士をずらっと並べて一斉射撃しなければ、十分な攻撃効果が望めませんでした。

 対して新しい機構を持った銃は、扱いの難度が下がったことで、自由な運用ができるようになりました。銃の精度が上がるにつれ、直立して整列する陣形は逆に不利に働いたことでしょう。


 このようにしてほぼすべての兵士が散兵になり、戦列歩兵は戦場から姿を消しました。



・冒険者の思想


 逆に言うと散兵戦術を採用するには装備が充実しており、思想が整っている必要があるということです(外敵に対応するために最も効率がいい方法が散兵戦術らしい、という問題はここではクリアしたものとします)。


 つまり冒険者はそのような存在であると考えられます。

 冒険者経済の話で、"どうやら冒険者は商人や職人系列のギルドから派生したようだ"と書きました。

 しかし冒険者ギルドに所属する冒険者たちは、商工ギルドと違って、組織に対して帰属意識を高める、パーティー以外に仲間意識を高く持つというような様子はあまり見られません。


 "自由に生きる"と描写される冒険者は割とドライな性格であるらしく、仕事さえこなせば、という発言は多いように思えます。



 一方で、味方を守るという発想は少数編成の軍にとって必須です。裏切り裏切られが常であれば、自ずと装備や戦術は限られてしまいます。これは、所属団体との関係、すなわちギルドと冒険者の信頼関係においても同じことが言えます。

 そういう意味で自分の国、自分の団体という概念の登場は現実世界より早く、結束力もより強かったかもしれません。描写以上に冒険者は冒険者ギルドを大切に思っているのかもしれません。


 また、大型生物を討伐する際には連携は必須であり、太古においては狩猟によって統率する者が現れたという背景があります。

 日本の武士が上意下達の独特な組織構造を作り上げたように、冒険者も戦い続ける中で統率者を生み出し、独自の指揮系統、団結意識、実力主義の気風を作り出すことに成功したに違いありません。



・冒険者の装備と調達元


 次に装備という面から散兵戦術への可能性を考えてみます。


 軍隊に使われる装備品は国から出ます。

 そして装備品を作る工房も、比較的最近まで軍隊が持っていました。これを工廠、造兵廠といいます。

 そして中世の騎士の鎧は、その技術の秘匿状況を見るに、おそらくは領主御用達のお抱え工房で制作されていたのではないかと思います。


 どちらも公的な組織が武器を作っています。

 これには、柔軟性、発展性に欠けるという問題がありました。


 例えば銃器の進歩には色々な問題がありました。後で詳しく書きますが、ライフル銃の開発後、本格的に採用されるまでには大きなタイムラグがあったのです。

 上層部(国軍本部)が新しい技術に対して懐疑的であったからです。


 我々がイメージするコンペや入札といった、武器開発に関するシステムは、だいぶ後ろになってから取り入れられた方法です。大体1800年代後半でしょうか。イギリスの戦艦に関する開発競争にまつわる話です。

 今となっては信じがたいことですが、兵器の発展は国や軍部が本腰を入れるまでは止まったままなのです。



 一方で商人や職人出身の組織であれば、技術の取り入れるスピードが早いという利点があるのではないでしょうか。


 開発競争も頻発するでしょうし、評判のいい装備、技術は積極的に取り入れられ、フィードバックも滞りなく行われるはずです。開発の助けになれば、ある程度の融通は冒険者に対して行われるかもしれません。


 品質管理、既得権益維持を目標とする商工ギルドの存在はそれを阻む要因になるかもしれませんが、基本的に冒険者は土地に縛られない人種であり、商工ギルドもあり方を変えなければ他ギルドとの競争に勝つことはできなさそうです。


 そう考えていくと、大々的な開発競争が行われることが予想されます。力を持った冒険者から、要求を満たす装備を募集するコンペが行われるかもしれません。装備は硬直した統治者直属の軍隊より進んでいることでしょう。

 史実中世より創意工夫にとんだ性能の高い武器が、冒険者の少数編成での活動を手助けしていたことだろうと考えられます。

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