冒険者とは何か
冒険者経済
この章からはファンタジー世界の主な要素となっている冒険者について考えていきます。
彼らはファンタジー世界でどのように誕生し、発展していくのでしょうか。これから数話にわたって冒険者や冒険者ギルドについて書きます。
ファンタジー世界の冒険者はモンスターを狩って素材を採集して売り、調査員や行商人を護衛します。多くの場合がモンスターとセットで登場しており、逆にモンスターがいなければ成り立たない職業とも言えます。
ファンタジー世界でいうところの冒険者のような職業層は現実世界に存在せず、騎士や農民という階層と違って、社会的にどういう位置づけにあるは想像の域を出ません。
史実で言うと傭兵が近い立ち位置だとは考えられますが、社会的役割や仕事内容は少し違います。
彼らはどのような社会的立ち位置で仕事をし、彼らがいることでどんな影響を与えるのでしょうか。
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・ギルドの役割、史実のギルドと冒険者ギルドの違い
冒険者は武力を資本にお金を稼ぐように描かれています。
市場にモンスターの素材や遺跡などで得た珍しい物品を供給し、それに応じた金銭を手に入れます。または護衛や戦争への一時参加という名目で、直接的に戦力を提供します。
そしてそんな冒険者は、冒険者ギルドなる組織によって管理されている場合が多いでしょう。ギルドについてはまた後のページで詳しく書きますが、ここで軽く見てみます。
ファンタジー世界に登場する冒険者ギルドは、どのようなことをしているでしょうか。
大体のギルドは免許のような物を発行し、依頼を仲介するという形で冒険者に仕事を振り分けます。
依頼は実績に応じて受けることができ、危険な仕事は一定の実力がなければ受けられないようになっています。
時には強制依頼、指名依頼という形で、冒険者は仕事をこなすことをギルドによって義務付けられます。
最低限の装備や活動資金などはギルドから配給される場合もありますが、それ以外は自己負担という形です。
自己責任という言葉の元、負傷したり不祥事を起こした際にも冒険者が負担する場合が多いでしょう。
こうみると、史実の商人ギルド、職人ギルドとは随分あり方が違うのがわかります。現実世界のギルドはまた別のページで触れることにしますが、ギルドは経済的利益を職人たちにもたらすものでした。
それに加えて、もう一つ大事な役割を持っています。
それは土地を持たない人々の母体団体としての役割です。
母体としての役割とは何でしょうか。そしてなぜ必要なのでしょうか。
中世では領民は通常土地を与えられ農業に打ち込みます。
それらが集まって農村を形成し、騎士に守られながら生活しているのです。これが村社会であるとは、先のページで触れたとおりです。
一方で農業に従事していない商人などは、農村というコミュニティに参加できません。今も昔も身体や財産の安全を保障されていないのは致命的です。自分の身分を証明してくれるものもないのです。
他にも例えば身内が亡くなって葬式をしなければならない時、村に属していない人は葬式を挙げることはできないといったデメリットがあります。
そこで彼等が出した答えが商人職人版の村社会です。同業者同士で助け合いながら、自分たちの仕事をやりやすくすることを目的とするのです。
ギルドに所属することで大きな利益を得られるともなれば、商人達は所属ギルドを守りより巨大なものにしようと努力します。愛国心のようなものが先んじて生まれていると考えることができ、史実のいくつかのギルドは巨大なものに育ちました。
このように自分の所属する団体を大切に思うのは利害の点において特別なことではありません。
例えば、現代社会でも自分の所属している国が失われれば、所持している通貨は意味をなさずインフラや公共サービスの恩恵を受けられなくなると考えられます。自分が何処の誰かということを証明してくれる機関もなくなってしまうのです。
同じような関係がギルドと商人職人の間でも結ばれていたはずです。
その点冒険者はギルドを大切に思う様子があまりないようです。
これがまず一つの違いです。
・社会の成り立ちと冒険者ギルドの設立
ファンタジー世界には冒険者が存在している場合が多いので、モンスターがいる状態では一般的な職業なのだとすることができます。
確かにモンスターの存在を考えると治安維持は現実世界より難しく、経済も委縮してしまいそうです。街道ですら安全ではなく、森に近づいただけで致命的な状況に陥るという場面は、様々なファンタジー世界で見ることができます。
しかし領土領民の安全は騎士が守っているはずです。史実では蛮族や獣に対して騎士が育成されましたので、ファンタジー世界でも騎士が育成され、機能するはずです。
冒険者と騎士が同居するファンタジー世界は非常に多く、ということは冒険者が騎士の仕事を代行するわけではないのです。
・冒険者のルーツ
ではそんな中で冒険者はどう発生したのでしょう。
冒険者がいつどのように発生したのか、それにはある程度仮説を立てて考えるしかありません。
魔法の話の中で書きましたが、どうやらファンタジー世界には古代ローマ帝国に相当する古代文明が存在していたとするのが、色々と都合が良いように思えます。
各所に散見する文化や技術レベルを見てもそれが一番説得力がありますし、社会体制からみても中世は古代を経てから誕生するものとされています。
何らかの原因で古代文明は滅び、ファンタジー世界も暗黒期に突入します。
現実世界と同じように指導者は農業に活路を見出し、生産性を上げることで人口の回復を図ることでしょう。
現実世界と比べてモンスターの存在が大きくなかなか開墾は進まないものの、なんとか安定した社会を築くことができました。その間には様々な農業技術の進歩があっただろうし、騎士も発展したでしょう。でなければ、そもそもファンタジー世界での人間社会は中世を迎える前に滅亡してしまうのです。
モンスターという脅威がある以上、騎士の地位も規模も現実世界より大きく、騎士の守護を得た農民は安全に暮らせましたが、一方で騎士の守護を受けられない人間が出てきます。
そう、商人です。
農業を生業としない彼らは農村社会に所属できず、所属団体作成と利益追求のためにギルドを設立しますが、身の安全ばかりはどうしようもありません。
ここで商人達がとる選択肢は二つあります。
領主に金銭を支払って保護を求めるか、防衛組織を設立するか。
現実世界との分岐点はここにあると考えることもできます。現実世界では一定の金銭を領主に支払うことで身を守ることを選択しました。
しかしこの世界で商人たちはそれをしませんでした。あるいはできなかったのかもしれません。
理由はいくつか考えられますが、例えば領主の立場からすれば、騎士は非生産層なので、養うための余剰生産物がなければ数を揃えることはできません。ただでさえ数が多いモンスターで手一杯で生産量も落ちるのにその上商人も、となれば苦しくなってしまうかもしれません。
その結果商人は腕の立つものを雇って武装組織を設立することとなります。これが冒険者ギルドの原型だ、とすることができます。利益に貪欲な商人や職人は、モンスターからとれる素材にも価値を見出すことに成功したことでしょう。
ファンタジー世界が史実中世のドイツに即した社会体制をとるのであれば、この成り立ちが説得力がある、気がします。
・冒険者経済の利点
ファンタジー世界の統治者は冒険者というシステムを用いて中世という不安定な社会の中で経済を発展させています。
統治者から見て、冒険者にはどんな特徴があるでしょうか。
まず非常に安価な戦力である点が挙げられます。
集団を脅かす外敵が現れた場合、集団は武装し始めます。それは生物や環境によって様々な形で行われ、人間も例外ではありません。
現実世界でも野生生物や盗賊が村や都市の近くに現れた時のために、領主は治安維持のために軍隊を組織してきました。騎士や武士などがそれです。
騎士は近世常備軍の登場によって権力を失いましたが、近世常備軍も良し悪しです。
というのも軍隊は平時では生産をしないためにお荷物で、さらに武装しているので規律がしっかりとしていなければ逆に治安が悪くなってしまうのです。
かといってある程度常備軍がいなければ非常時に対応できません。
これは近世中期ころに"平時に軍事教練を行う"ということが開発されて解決できたのですが、それまでは非常に難しい問題でした。
そういった面においても中世、ことドイツでは騎士戦術はうまく効果を発揮したのです。
しかしそれも敵が少数であればこそです。モンスターの数が多ければ、騎士の手も回らなくなるでしょう。
騎士には非常に高価な装備と十分な訓練時間が必要があり、懐具合がそのまま騎士の出来に現れてしまいます。たとえば荘園文化が十分でなかったスイスでは騎士は発達しませんでした。
その点多くのファンタジー世界を見ている限りでは、領主は冒険者に土地を分け与えて装備を整えさせる必要がありません。
領主からすれば、放っておくだけで都市のまわりのモンスターを勝手に狩って治安維持に貢献してくれる存在です。なんと盗賊を狩るということも冒険者は受け持ってくれます。
またそれは経済活動にそのまま風を送り込む存在となっています。
治安維持ができれば交易が阻害されませんし、市民の不安が和らぐことで消費が落ち込むことも抑えられるでしょう。
さらにモンスターからは資源が取れるので、生産活動と治安維持の一挙両得状態です。
近世でも手軽に防寒具となる毛皮が一大ブームになりました。シベリアやアメリカには毛皮を求めて多くの商人や貴族が兵士を派遣し、拠点として砦を建築していきました。国を挙げて同じようなことをしたのです。
史実でも未開の地を探索する軍隊は高い練度を誇りましたが、ファンタジー世界の冒険者の実力もかなりのものになります。
装備や薬草などの消耗品も普通に市場から買うとなれば、大きく経済を支えている存在になっています。
そう考えると商人の自治都市であれば騎士の代わりとして、冒険者ギルドはさらに発達できるでしょう。
こういった存在であれば、時代が進んで官僚制が生まれ、文官と武官という対立が生み出されると、武官の力をそぐために冒険者という自由武装勢力を文官が擁立する可能性もあります。
・冒険者経済の3つの欠点
冒険者の存在はこうして書くといいことづくめで、何の問題もないように見えますが、冒険者経済は大きな危険をはらんでいることも領主たちは認識しておかなければなりません。
一つが騎士の不満が高まる点です。
騎士にとって武力こそが己の地位を保証するものであり、第2の武装勢力などは必要ありません。
我が物顔で街や村で起こる事件を解決していく冒険者に対して、騎士は随分苦々しく思っていることでしょう。
あまりに存在が軽んじられれば、武装蜂起する可能性が出てきます。
そうであれば初めから騎士などなければいいとも思えますが、どうもファンタジー世界の統治者は自らの直属の軍隊として騎士を育成したがる傾向にあります。
つまり騎士も統治には欠かせない存在であって、彼らにも気を配る必要がでてきます。
次の問題は、いかにして冒険者ギルドに対して統治者が主導権を握るのかということです。
主導権が自分にない軍隊というのはコントロールが難しく諸刃の剣となります。
彼らは忠誠心や愛国心(そもそも封建制社会に愛国心という概念は存在しませんでしたが)などといったものは持ち合わせていません。
これもまた後で別のページに書きますが、現実世界でも騎士への対策が練られ始めると傭兵団が大きな力を持った例は枚挙に暇がなく、下克上のようなことが起こり始めます。
戦争のプロフェッショナルである傭兵団は、世の中が不安定であればどんどん大きな力を持っていきました。
国はなんらかの方法でこの武力組織に首輪をつけるか、消滅させるかしなければなりません。今は詳しいことは省きますが、イタリアでは都市国家と傭兵の契約は固いものがありました。
ファンタジー世界の領主も苦々しく思いながら、何とか冒険者ギルドとその構成員を自由に扱えるように、心をくだくことになるでしょう。
最後に冒険者の経済活動は安定しないという点があります。
仕事につかせれば必ず一定の成果を生む騎士や農民という職業に比べて、ただ社会の生産を食いつぶすだけの存在にもなりかねない冒険者には安定した生産を期待できません。
練度や装備が不十分で死んでしまうかもしれないし、他の地に移動してしまうかもしれません。死んでしまった幼い冒険者がいたとして、仮にその少年が農業に従事していれば一定の穀物を生産したかもしれないのです。
先に書いた利点はもちろん上手くいった場合に得られる利益であり、そんなにうまくいくとはとても考えられません。
何しろ冒険者には命に危険がある場所に行ってもらい、そこで無事に生き残って成果を上げて、その成果を市場価格が破壊されない程度の常識的な値段で提供させないといけないのです。
とてもではありませんが現実的な話には思えません。
何かしらの工夫が求められることは想像に難くありません。
このような問題が立ちはだかるので、冒険者を扱うのがドイツ的な社会であれば騎士との仲がとても悪く、領主にとってもその存在は身中の虫となりかねないのが現状でしょう。強力な冒険者を従えた冒険者ギルドがツンフト闘争のようなことを起こせば都市一つが吹き飛びかねません。
よくあるファンタジー世界がドイツ系の描写がとられることが多いために、今回は中世ドイツをベースに構築しました。
しかし冒険者はドイツによくあった農業を基盤とした社会よりも、南部フランスやイタリアのような漁業や商業、工業を主産業とする都市の方が発展すると考えられます。
封建制の中で一見自由な冒険者に制約を課そうと、権力者たちが日夜攻防を繰り広げているかもしれません。
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