ファンタジー世界の弓の姿

 魔法があるファンタジー世界でも、ドラゴンやグリフォンを撃ち落とすには弓が使われます。空を切り裂き鋼鉄をも貫く剛弓にはロマンがあります。人間といえば剣、ドワーフといえば槌ですが、エルフといえば弓を連想させられるほど、ファンタジー世界でも弓には存在感があります。


 遠距離武器というのは、自らの安全を確保しながら一方的にダメージを与える目的で用いられるほかに、近距離戦に持ち込めない相手にも使われます。狩猟では投げ縄や弓、銃を使って逃げる獲物を仕留めるのです。

 銃が登場するずっと前から、戦場での死傷者の多くは投石や弓によるものでした。


 現実世界では、石器時代にはすでにスリンガ―、投槍器、弓が発明されており、紀元前5世紀頃にはクロスボウ、そこから中世が終わるころまでは既存技術の改良が続けられていきました。石器時代に開発されていたとみられる弓は、様々な改良を加えられ息の長い兵器となります。


 そんな弓はファンタジーではどのような発展を遂げるのでしょうか。弓を通して様々な事情を考えていきたいと思います。


・弓と魔法と銃の開発レース

・ファンタジー世界の科学技術と近世以降の可能性

・単弓と複合弓の利点と欠点

・ファンタジー世界の弓の発展先



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・弓と魔法と銃の開発レース



 ファンタジー世界には魔法という割と心強い遠距離攻撃方法があるにもかかわらず、弓は市民権を得ています。


 火薬兵器は中世から未発達ながら登場していますが、ファンタジー世界にはそれが登場しません。火薬は不老不死研究の過程で生まれたようですが、ファンタジー世界ではどうやら錬金術で硝石や硫黄などを研究に用いることはなかったようです。

 その代わりなのかもしれませんが、魔法や魔法を使うための杖が活躍しています。


 銃器については後ほど番外編で詳しく書きますが、史実では大量生産技術がアメリカ大陸から輸入されるまで、銃器は性能と生産性という問題に悩まされています。生産難度の高いライフリング技術を導入しようとすると、もうどうしようもなかったようです。


 魔法はそれにくらべて、修練によって身につけることが可能な場合も多いので、武器の生産性という意味では優位性が保てるかもしれません。設定の持っていき方によっては、火薬は魔法との開発レースに敗北したとも考えられます。



 とはいえ、魔法に耐性を持つモンスターがいると考えれば、物理的な攻撃手段を確保することが必要になります。また、魔法の習得に素質や才能が関係するのであれば、それも弓が魔法に勝る点といえるでしょう。

 このようにして魔法がたとえ発展していても、遠距離攻撃武器は必要になります。


 ファンタジー世界にでてくる遠距離武器といえば、メジャーなのは弓矢、次いで投げナイフや投石が一般的であるように思えます。弓がとても優秀な武器なためか、現実世界でもファンタジー世界でも飛び道具の種類は少ないようです。



・ファンタジー世界の科学技術と近世以降の可能性


 ファンタジー世界でも弓は人気ですが、現実世界と違うのはクロスボウがあまり出てこない点です。ボルトを射出するバリスタは、砦であれば配備されていることもありますが、持ち運べるレベルのものを冒険者が携行している描写はあまり見られません。


 クロスボウの利点は射手の熟練度が比較的低くても十分な威力が発揮できる点にありますが欠点も多く、その欠点が冒険者には合わなかったのでしょう。具体的なクロスボウの欠点はまた別のページで詳しく書きますが、高価である、携帯性が悪い、弾道に安定性がない、射撃までに時間がかかる、体格に恵まれている必要があるという点です。


 これではファンタジー世界で遠距離攻撃を担当する戦士には不向きかもしれません。



 また需要に対応できるだけの物を製造する技術力がなかったとも考えられます。ファンタジー世界では魔法が発達する代わりに、機械工学系や工業技術の発展が止まる可能性があるのです。


 これは少し本筋からは離れてしまう話なのですが、魔法がある状況で機械工学がどこまで進歩し得るかという話は私も興味があります。


 水車小屋や風車が登場する小説は多いので、クランクや歯車は開発されたでしょう。ではバネやネジが開発される可能性はあるのでしょうか。


 今は詳しく書きませんが、近世ヨーロッパでは大砲の開発競争によって鉄鋼技術が格段に進歩したという歴史があります。加えて産業革命でそれが加速します。

 対してファンタジー世界では攻城戦をすることがなく、現実世界と同じような経緯で鉄鋼業や機械学が発展することはなさそうです。


 仮に攻城戦をしようとなった場合は魔法に頼ることになるのだと思いますが、大砲の開発に伴う鉄鋼技術の発達は欧州社会や科学技術の基となったので、それが魔法に取って代わられるとなれば、中世以降の世界に大きな影響を与えることになります。


 魔法が火薬に代替わりした世界の近世以降は、想像以上に違ったものになることでしょう。



・単弓と複合弓の利点と欠点


 このように原始的な遠距離武器は、史実で火薬兵器と秤にかけられたように、常にその位置を魔法と争う運命にあると言って良いでしょう。


 ではファンタジー世界において、弓はどのような形体で用いられ、発展していくのでしょうか。


 まず弓には大きく分けて、単弓、複合弓、石弓があります。石弓は先にある通り様々な問題があるために候補から外すとして、単弓と複合弓、どちらが普及していたのでしょう。


 単弓は単一素材で作られたものを言い、複合弓は動物の骨や腱なども使って作成したものになります。

 二つを比較してみると、威力、速射では複合弓に分があり、作りやすさや汎用性では単弓が優っていると言えます。


 それぞれの欠点はどうでしょうか。

 複合弓は複数の部品を接着剤で組み合わせて作るので、気温や湿度、天気に弱いという弱点があります。材料や工程が複雑なために作るのも難しく、たとえ製法が伝わっていたとしても制作には時間がかかったようです。


 もし冒険者が旅をしながら討伐依頼をこなす存在であるなら、様々な環境に適応しなければいけません。火山地帯で膠が剥がれたり、湿度の高いところで材料がゆがんだりしたらたまったものではありません。

 装備も自前の場合が多く、そうなると複合弓より単弓の方が一般的に広く扱われていたと考えられます。


 しかし単弓で十分な威力を手に入れるには弓自体を大型化させなければなりません。そのうえ狙いもつけづらいといいます。

 単弓の代表例といえばロングボウと言われる中世イギリスで運用された弓です。

 高射程高威力とはいっても身長を超すほどの大きさを持っていますので、それを冒険者が持ち運んで運用するのは少し想像がつきません。



・ファンタジー世界の弓の発展先


 このように、冒険者にとってはいずれの弓も史実のままの姿で扱うのは難しいと言えます。


 ファンタジー世界特有の要素を持ち出して解決するなら、狩猟民族とも言える彼らは、手に入れた素材を武器につぎ込むこととなったでしょう。そうすると複合弓の可能性がでてきます。

 環境の変化に弱い、生産に時間とお金がかかるという重大な欠点に目をつぶれば、複合弓は小さく取り回しやすく、信じられない距離に矢を飛ばすことができます。

 自らが討伐してきた様々なモンスターの素材で作られたワンオフの複合弓は、弓使いにとってはステータスになるかもしれません。

 そして、環境に合わせて接着剤や繋ぎの材料を変えて調整するスキルも身に着けていれば、ある程度の移動にも耐えられることでしょう。



 これらの要素は、弓兵の専門性を上げることになっていきます。

 ただでさえ遠距離武器を扱うには習熟期間が必要であり、モンスターとの戦いが激しくなれば、冒険者全体で考えた時のベテラン弓兵の数が不足することになるでしょう。


 こういったことを加味していくと、社会の変遷に合わせて、魔法技術を取り入れた弓が開発されることになると考えられます。

 もしその兵器が戦いに必須であるなら、少なくとも"使い手に要求される専門性"を下げるために、最新技術を注ぎ込んで"誰でも使える武器"が開発されるのです。

 現実世界でいうと、機工や火薬、機械制御を取り入れることに相当します。


 魔法があれば、クロスボウのように強力で、連弩のように制圧能力を上げた、もはや機関銃といっても差し支えのないような兵器が開発されていくのかもしれません。


 この時代の流れがあると、次第にベテラン冒険者や大魔導士などは、戦場に必要なくなっていくとも考えられます。少し寂しい気がしますが、それは熟練した兵士が死んでしまうなどして戦場にいなくなってしまうと問題がある以上、避けられない話です。進歩とともに冒険者という職業が持つ専門性は低くなっていき、それはその世界の中世の終わりを告げるでしょう。



 もし木の上から狙いを定め弓を引き絞る冒険者を長らくその世界に登場させたいのであれば、ある程度、弓は史実から離れた姿であっても良いかもしれません。

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