剣と魔法とファンタジー

何故ファンタジーの住人は剣を使うのか

 ファンタジーの影の主役といえば武器です。

 主人公が扱う伝説的な由来を持つ武器や老練な戦士が操る素朴な槍は物語を引き立てます。魅力的な武器はそれだけでドラマを生むでしょう。剣は騎士の象徴でもあります。


 そんな近接武器ですが、それぞれルーツには違いがあります。一番イメージしやすくどの世界にも普及している"剣"は、そのイメージと裏腹に実は歴史の浅い武器でもあります。

 ファンタジー世界では、なぜ人間がモンスターに対して剣で切りかかる世界ができたのでしょうか。


 この章では武器や魔法を題材に、この小説の基本的な物の考え方やスタンスをご紹介いたします。剣や弓といった要素から、どのような設定や背景が考えられるでしょうか。


・武器のルーツ

・剣のルーツと役割

・ゴブリンと剣のサイズ

・屍が攻めてきた

・冒険者が扱う武器に求められること

・改訂版限定加筆、筆者自身の反論と解決案



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・武器のルーツ


 ファンタジー世界では剣、盾、弓、槍、斧などが武器としてよく登場します。現実世界に存在しない武器は魔法の杖くらいです。

 これらの武器はどれもポピュラーですが、史実ではそれぞれどう発展したのでしょうか。



 武器のルーツはその形状ごとにあると言っていいほどに様々です。


 史実の太古では巨大生物と戦うには槍が一般的でした。猟生活を営んでいた石器時代の人類にとって、もっとも歴史の古い道具でもあります。槍やこん棒は文明がさほど発達していなくても用いられた武器であることは想像に難くないでしょう。


 斧も原始的な生活の中で十分発達できます。

 生活用品としての斧と武器としての斧が同一になった、たとえばバイキングという北欧の文明もあります。

 史実中世において平民の代表的な武器といえば斧でした。農民が鍬やピッチフォークを手に一揆をおこす絵を想像してしまいますが、確かに斧ならば身近にあって強力です。

 すでに古代においてその形は完成されており、構造は簡素で製造も簡単、頑丈であるというのが人気の理由の一つでした。目的に合わせていろいろな種類が生み出されています。


 原始的な生活を営む石器時代の人間集団の武装といえば、槍、斧、弓、こん棒であり、これらは博物館でよく目にすることができます。



 一方、一般的なイメージ通りの剣が生み出されたのは、石器時代の一つあと、青銅器時代に入ってからです。石器時代が200万年前から始まって新石器時代が紀元前8000年、そして青銅器時代は紀元前3000年前後から始まるとされます。


 こう見ると剣は高い技術力が必要であるということが分りますが、同時に社会にはそれほど必要ではなかった、というように考えることができます。


 つまり、人を切るために長い刃が必要であり、そのために金属とその加工技術が必要になるので、まず人を切る必要のない環境であれば開発されえないだろうし、需要も低いのではないかということです。


 剣のコンセプトは人を斬るというものであり、狩猟のための道具ではありません。


 逆に言うと、人類間の争いが起こりにくいであろうファンタジー世界において、剣は必要ではなかった、とも考えられます。人類は共通の敵としてモンスターという存在があります。史実では早々に害獣に対しての対抗策を手に入れ同種での争いを始めた人類ですが、ファンタジー世界では中世レベルになっても一進一退の攻防を続けています。


 人類間の戦争が一般的ではないファンタジー世界では、剣は必要ないだろうと考えられます。しかしファンタジーの住人たちはこぞって剣を求めます。


 そこにはどのような理由が考えられるでしょうか。



・剣のルーツと役割


 剣は純粋に人と戦うための道具です。マンモスに剣で殴り掛かったという絵は想像しづらいでしょう。もしくは技術的に整った古代以降でも、熊や狼、虎に対して剣で武装するというのは、想像しがたいと思います。

 逆に冶金技術を持っていなくても戦争が活発だった南米文明では、石と木材を使って無理矢理剣を作っています。ここから見ても剣は人と戦うためにある道具と言えます。



 青銅や鉄の武具は紀元前から存在していたので、すでに中世レベルの文明を有するファンタジー世界でも剣を製造するだけの技術力はあることでしょう。

 しかし中世以前、ファンタジー世界の青銅器時代に相当する区分で、果たして魔物がはびこる中、他勢力と戦争をする状況になりえたでしょうか。

 ファンタジー世界の文明黎明期には、ひょっとすると他集団との接触すら難しかったかもしれません。



 そういった状況下でも多くの勇者や騎士、冒険者(おもに人間)は剣を扱っているし、剣術が研究されている世界はよく見ます。


 対人戦闘でしか役に立たないであろう剣を、標準装備として人類がそろえたのはなぜでしょうか。なぜ冒険者は人ではなくモンスターと戦うはずなのに剣を選ぶのでしょうか。理由をいくつか考えてみましょう。



・ゴブリンと剣のサイズ


 ファンタジー世界の人類が武装した大きな理由は、モンスターとの戦いだと考えられます。モンスターがいるから冒険者は腰に武器を帯びるのです。


 そしてモンスターのなかでも最も人間の生活圏に近い位置に生息しているモンスターといえばゴブリンといえるでしょう。

 繁殖力が強く知能が低く言語を持たないといった描写されることが多い、まさしく蛮族のようなモンスターです。交渉ができないのであれば、戦うしかありません。


 顔は醜く肌は濃い緑色で背丈は小さく、こん棒を片手に襲い掛かってきます。

 このゴブリン、もしくはそれに準じたコボルトなどのモンスターが常に人類の領域を脅かし続けていたからこそ、剣を選択したとは考えられないでしょうか。



 しかしゴブリンだけでは説明がつかないことがあります。

 ファンタジー世界に出てくる剣は、現実世界の剣と同じサイズとして描写されているのです。


 武器は大きければ大きいほど破壊力を増すので、人間より小柄なゴブリンに対して対人間サイズの長剣で切りかかったとすれば、オーバースペックであることは容易に想像できます。ゴブリンが人間並みの耐久力を持っているなら話は別ですが、人間以上の繁殖力を持っているとするとそれは考えづらいでしょう。


 したがってゴブリンの為に開発された剣は小太刀程度になるはずです。

 ゴブリンキラーなどという名前で護身武器として親しまれていそうなものですが、女性が扱うレイピアやナイフ以外にサイズの小さい剣が登場する世界は珍しいかと思います。



・屍が攻めてきた


 では剣の仮想敵はなにか。

 人間と同じサイズのモンスターは意外に思い浮かびません。


 ゾンビやスケルトンなどのもともと人間だったタイプのモンスターが該当するでしょうか。狼人間や吸血鬼などの亜人系モンスターは、生息範囲が人間と重なるイメージがありません。


 欧州は近年まで土葬が主流であったといいます。ファンタジー世界でもそれは同じでしょう。死体が襲ってくるような世界ではモンスター化を防ぐために何かしらの対策は行われることでしょうが、墓地や陵墓、霊廟がダンジョンとして一般的であるところみると、あまり成功しているとは言えません。


 人類は文明を築いて以来、不死系モンスターに領土を脅かされる日が続いていたのではないでしょうか。

 これはあとで書くことにしますが、宗教の登場にも一役買っているに違いありません。



 人間の屍を基にした不死系モンスターは大体が人と同じ程度の大きさと考えられます。

 モンスターを相手にするために剣が主な武装になったのだとしたら、彼らを倒すためには剣は現実世界と同じ長さになったのでしょう。


 もしゴブリンやゾンビではなく、巨大な狼やゴーレムなどの魔法生物を相手にする場合は人々は剣に頼らず、槍や槌などを選択するに違いありません。突進力を殺すには剣より槍が良く、岩のように頑強なボディを破壊するには打撃武器が適しているからです。

 剣はその刃が皮膚を切り裂くことを期待して作られているのです。例えば騎士がクロスボウに対抗して鎧を着だすと、それを相手にしなければならない歩兵は、打撃によってダメージを与えることを目的としたものに変わっていきます。


 剣は人体に対してもっとも効果を発揮するのです。



・冒険者が扱う武器に求められること


 違う点でも剣は有利です。

 武器は一つの目的を達成するために作られ扱われます。


 一つの地域に定住することを冒険者が許されていれば、その地方に生息するモンスターを狩るためだけに開発された武器や、それを扱う専門家に発展していったかもしれません。


 しかし多くの冒険者は隊商の旅に付き添ったり、ダンジョンや遺跡などを求めて移動しています。珍しい素材や儲かる素材があればそこに行くでしょう。


 地域が違えば、異なる特徴をもったモンスターが住んでいるはずです。


 結果的に様々なモンスターを相手取らなければならない冒険者は、向かう敵に対応した数種類の武器を操る技術を持つことが求められることとなります。



 とはいえそれでは冒険者の武器を操る腕前が追いつきませんし、種類が多いと携帯するには不便でしょう。


 そういうわけで一つの武器を使うことが理想であり、汎用性の高い装備が求められます。そのうえで色々なモンスターに問題なく対応することを、冒険者には求められているのかもしれません。

 もし対人戦闘、つまり冒険者同士の抗争や野盗との戦闘も頻繁に起こっているのであれば、それも大きな理由になるでしょう。


 穴だらけですが、これが剣が普及した理由とすることができます。普及すれば進歩するでしょう。そして、ここで現実世界と違うのが魔法や魔法金属の存在です。岩をバターのように切る剣や剣術というのは割とファンタジーでは見ることができます。


 スライムやトレント、ゴーレム等々、様々な形状のモンスターがファンタジー世界には登場しますが、剣という武器を強化することによって汎用性をもたせ解決したのではないでしょうか。


 森林や洞窟、遺跡など戦闘スペースがあまり取れない状況下では、槍や弓と違って剣は活躍できそうです。


 色々なモンスターを相手取るに当たって、斧や槌より剣の方が汎用性が高いのでしょう。


 剣を強化することが可能で、それによって解決できるのならば、剣はファンタジー世界でも優秀な武器であると言えそうです。



・改訂版加筆、私自身が反論するならば


 文末で穴があるとちらっと書いていますが、この論には大きな穴があります。


 それは、"人同士の争いがなければ統治体制は進歩していかない"、という点です。

 つまりどういうことかというと、中世の統治体制になるまでには人類は沢山の戦争を経験しなければいけないだろう、ということです。


 太古の時代でさえも、農業を営めば水利権争いや、収穫物を狙った他勢力の侵略は普通に考えられます。それらの調停、撃退には当然対人戦闘専用の兵器が求められたでしょう。

 一応これもモンスターがいれば、対モンスター兵器を装備した軍団を独占することで封建制を早くから作ったり、襲撃者自体の存在をモンスターによって消すことはできます。

 もし"モンスターが敵対関係にある人間の勢力と同等の働きをする"のであれば大丈夫でしょうが、それを保証する設定はあまり見かけることはできません。どうしても人間同士で争う時が来てしまうことでしょう。ただこれも、"運悪く先にモンスターの大襲撃にあった都市国家が隣の都市国家を宗主と認めることで援軍を出してもらって難をしのいだ"という背景があるのなら、解決しうる問題かもしれません。


 まだいくつか大きな穴があって、一つは"命の危険がある仕事に従事する時、汎用性という利点で道具を選ぶのかどうか"という問題です。


 本文の中で、あらゆるモンスターに対応するために汎用性がありそうな剣にした、という話がありますが、果たしてそのようなことがあるのでしょうか。


 例えば現実の害虫駆除、罠や銃での狩猟、漁業では、すべて狙う対象に合わせてきっちりと方法を確定させて臨むといいます。獲物にあった武器を選択するのが効率がよく確実性もあがるのでしょう。


 ましてやモンスターは命を狙ってくるのです。

 そんな"武器何個も持ち歩くの大変だから剣にしよ"という大雑把な理由に、命を懸ける気になるのでしょうか。


 これは後にも書くことになりますが、特定のモンスターをきっちり狩る、地域限定で専業の冒険者集団がいた方が説得力があるのではないかと思っています。よくある、冒険者の数が多い世界、すなわち獲物となる魔物が多い環境でなら尚更、移動する必要性は低くなっていくのです。何より"ギルド"と"移動"はよほどの寡占事業でない限り、相性は悪くなっていきます。


 ○○ハンター、○○スレイヤーのように、特定のモンスターのみに特化し、それ以外に遭遇したら逃げる、撃退する必要があるならそれ専用の冒険者と共同してあたるほうが、効率も安全性も高まるのではないでしょうか。


 このように考えていくといくらでも反論の余地はありますが、ただこの章は"この小説全体の考え方を披露する"というスタンスで書かれたものなのでここまでにしておきます。


 ちなみにここの話は、魔物が人類の歴史で突然出現し、それが古代ローマ帝国に相当する古代文明崩壊の引き金になった、とすることでいくらでも解決する話だったりします。フン族やゴート族の首領が魔王に相当すると考えれば辻褄は合います。


 すべては設定の範疇で、どうにでもなってしまうことであり、それ自体はさほど大きな問題ではありません。

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