幻想歴史読本 ~ファンタジーを考える~ 改訂版 

走るツクネ

第一部 魔法、モンスター、冒険者

はじめに

この小説の目的 ファンタジー世界とは


 よくある設定、いわゆる"テンプレ設定"に批判が集まるようになって、長い時間が経ちました。私はテンプレが悪いと思っていません。むしろどんどん使われるべきだと思っています。

 テンプレに沿えばスムーズに物語は進み、読み手もストレス無く物語の展開を追っていけるからです。


 ただ、そのテンプレの使用方法とその内容には様々な可能性と危険が潜んでいるのではないかと、様々な小説を読んでいくうちに思いいたりました。

 一口にテンプレと言ってもまだ掘り下げていない箇所があって、それを把握することでファンタジー世界やその世界の住人に奥行きや人間味がでるのではないかと思ったのです。


 これが読み専だった私が、本小説を書き始めた理由です。


 これから30万という膨大な文字数を使って、"ファンタジー世界"を様々な角度から考察します。

 主に歴史を材料に話を進めますが、ファンタジー世界の設定のみに留まらず、テンプレ批判や我々日本人が持つ文化、意識といったところまで視野を広げて分析考察することになります。


 これからファンタジー小説を書こうと思っている人はもちろん、今現在書き進めている小説がある人にも、きっとどこかに役に立つ話があるはずです。最後までお付き合いくだされば幸いです。



・はじめに 我々の持つファンタジーという世界観

・幻想世界と現実世界史実の相違点

・ファンタジーにおける矛盾点

・設定が生み出す可能性と危険性

・史実を参照する根拠はどこにあるのか

・架空の要素にどのように踏み込むか


---


・はじめに 我々の持つファンタジーという世界観


 この小説はファンタジー世界に生きる主人公たちを取り巻くいろいろな要素を考察していくことを目的としています。


 ジャンルとしてはおそらく社会学や人文系に分類されるのだろうと思っていますが、あくまで取り扱うのは"ネット小説のファンタジー世界"なので、仮定と空想と予想と雑学が入り混じったものになります。



 まず各要素の考察に入る前に、考察の舞台であるファンタジー世界という言葉が何を指すのか書いておきたいと思います。


 本文にでてくるファンタジー世界という言葉は、特定の小説やアニメの世界ではなく、"ファンタジー小説にてよくある一般的な設定で構成された世界"のことを指しています。


 もう少しかみ砕いて言うなら、ファンタジーと言われてぱっと思い浮かぶ、ありきたりな世界のことです。


 "それは主観によるものであるから個人差がでてしまうのでは"と思われるのもわかるので、一般的な設定で構成された世界とはどういうものか詳しく書いてみます。


 ベースとなる時代地域は中世ヨーロッパ、とくにドイツです。剣や槍といった武器が主流となる時代で、そこに魔法や魔物が登場し、お城には騎士や王様がいます。

 人族のほかにエルフや獣人などの亜人から精霊、神もいて、主人公は魔王を倒す使命を持っています。


 大同小異、このような世界が"ファンタジー世界に対する我々が持つ普遍的なイメージ"といってほぼ間違いないでしょう。

 もちろんオリジナリティ溢れた設定を持つ小説は沢山あり、最近ではその傾向にあります。しかし建物の描写や国の社会体制、発展レベルを含め、中世欧州を基にした世界観がファンタジーという言葉には含まれているというのは大きく外れていないはずです。



 この社会を現実世界の史実に照らし合わせると、その他はどういう様子になっているのでしょうか。大まかに見ていきたいと思います。少し難しい言葉も出てきますが、この先すべて詳しく取り扱うので流し読み程度で構いません。


 まず社会としては王様や貴族、領主、騎士がいて、次に都市に住む市民階級のような商人や職人があって、その下には命を安く扱われる農民がいます。宗教は一神教多神教まちまちですが、神権政治が行えるレベルまで宗教団体が力をつけている場合も珍しくありません。


 経済体制が伺える小説は少ないのですが、自由市場経済を採用し通貨は十分に普及している場合が多いでしょう。しかし通貨の高騰や、それにともなう信用取引が見られることはありません。


 例え中世という言葉が直接的に出てこなくても、食糧事情や衛生観念、蛮族の存在なども含め、大体が中世あたりに準じていると言っていいでしょう。

 更に言うなら魔法が発明されている代わりに火薬が発見されない世界で、学校、いわゆる大学のような高等研究所が登場する場合もあります。



 以上をまとめると(この演繹まがいなやり方が本小説の手法なのですが)、大体現実世界で考えればおおよそ12世紀、1100年あたりに相当するでしょうか。そこにモンスターや魔法、冒険者などを加えた世界。

 これがファンタジー小説では、いわゆるテンプレートとして存在しています。



・幻想世界と現実世界史実の相違点


 現実世界との注目すべき相違点は、国家間の外交状況がおおむね良好であるということです。人間同士の大規模戦争はファンタジー小説ではあまり起きません。

 せいぜい、野盗の一派と冒険者の抗争という程度に収まっています。


 モンスターや魔王という共通の敵がいることで、基本的には友好的な関係を築くのが一般的なスタンスなのかもしれません。魔族に惑わされた奸臣によって戦争が起こされるという物語も少なくないほど、領土間国家間の関係は平和です。

 ちょうどムーア人やオスマントルコに対抗するヨーロッパ人のような形です。


 また当たり前ですが、現実世界に魔法は存在していませんし、魔物も出てきません。史実に存在した冒険者が歴史の表舞台に出てくるほど大きな権力を握ったということもありません。都市を壊滅させるほどのドラゴンも、それを一人で倒す勇者もいません。


 これらの相違点を前提としておきつつ、史実中世からどのような変化が起こり得るかというテーマを軸に、本考察は進められることになります。



・ファンタジーにおける矛盾点


 よく言われる重大な矛盾点が1つあります。中世といいつつ、絶対王政や冶金技術など、近世の特徴がよくでてきてしまうことです。これはドラゴンクエストをはじめとした、"一見中世に見えるけど総合すると実は近世が舞台とも言えてしまうゲーム"の影響が強いと考えられます。


 中世であるならば、その言葉の定義上、社会体制は封建制で地方分権の色が強い社会になるはずです。


 しかし絶対的な権力を持つ王――つまり中央集権に成功した権力者――が存在する世界は珍しくありません。中世なのに国という概念が存在し、かといって常備軍の存在はなく、騎士団という軍単位が王が所持する軍の中核を担っていたりします。


 これはファンタジー世界ならではと考えるのが良さそうで、史実を持ち出すと矛盾が生じる要素となります。


 こういった矛盾を批判しようとする人は結構いますが、本小説では批判するスタンスを取りません。

 むしろ積極的に肯定し、どうしたらその設定が取れるのか、その要素を持ちだしたらその世界はどうなるかということを考察していきます。



 例えば、"なぜ史実中世をベースとした世界に史実近世の要素が出てきてしまうのか"という問題に対しては、社会や技術の発展スピードは現実世界とある程度差が出る可能性があると考えます。魔王軍に対して抵抗するために人類が何かしらの技術を開発しなければならないからです。


 これはそこまでおかしな話ではありません。

 古代ギリシャ、中世モンゴル、近代ヨーロッパなど、異様に力を伸ばした勢力は枚挙にいとまがありません。

 これらの勢力の共通点は、敵対勢力がいることです。ある程度敵がいて社会が不安定であることは、勢力が発展するための条件の一つなのです。


 もう一つ可能性を上げるのならば、冒険者の存在があります。本編で詳しく触れますが、ファンタジー世界には冒険者という特殊な職業集団がいるために、史実より社会の発展が早まるかもしれません。

 こういった、ファンタジー世界特有の要素がどう社会に影響を及ぼすのか、どのような差を生むのかということは、本小説の一つのテーマでもあります。



 また冶金やきん技術における矛盾とは、"全身に金属の鎧を装備した騎士は存在しないはずでしょ"という話です。確かに1100年程度のヨーロッパでは、まだクロスボウや初期の火砲といった強力な武器は登場していませんし、したがって鎧を重厚にする必要はなく、技術もそこまで発展していません。


 しかしここでもファンタジー特有の要素が出てきます。ミスリルやオリハルコンなどといった魔法金属の精錬技術(というか存在そのもの)が現実世界にはありません。


 魔法金属は鉄の何十倍も固いとされることが多く、人がモンスターに対抗するためにはそういったものを活用しなければならず、そのために冶金技術は進歩したとすれば、説明はついてしまいます。



・設定が生み出す可能性と危険性


 舞台は西欧風だけれども、魔物や魔法などという現実にはない存在によって、主人公が生まれる前にファンタジー世界の要素がすでに作られていたと考えても全く不思議ではありません。


 現実世界の中世ヨーロッパと言っても、ドイツフランスイギリスでは、その国ごとに土地がもつ要素や歴史に合わせて、毛色の違う封建制が組みあがりました。ちょっとした要素の違い、例えば主産業や交易路の有無といったものからでも、異なる社会が出来上がるのです。


 魔法、モンスター、冒険者がいたら、どんな変化が起きてその世界になっているのかというのは無限の可能性があります。


 とはいえ、これはファンタジーだから、仮想世界だから、異世界だから、などという言い訳はあまりにも多くの矛盾を生み出してしまうでしょう。言い訳や矛盾があればあるほど、読み手が不信感を抱くのは間違いありません。


 "設定"という名目で、書き手が登場させたい要素が史実中世をベースとした世界に登場して独特なファンタジー世界になっていく場合、史実中世にある要素と登場させたい要素がぶつかる危険性はどこにでも潜んでいます。


 例えば先に出したように、"絶対的な権力を持つ王"という登場人物は、史実の中世ヨーロッパには誕生しなかったので、中世という枠組みで見ると異質な存在となります。

 何かしらフォローする設定を描写として加えなければ、史実中世についてのイメージを持っている人からしたら矛盾点となります。しかしそこにただ一文、この王様の権力を保証する設定が描写されていればどうでしょうか。

 中世における絶対王政は矛盾ではなく世界観となります。


 その一文がどのような設定であれば良いのか、そもそもどこに矛盾を生み出す危険性のある要素が潜んでいるのか、そういったことを探るのが本小説の主な目標です。


 そのために現実世界の歴史というモデルにできるだけ沿って、考察を進めていきます。



・史実を参照する根拠はどこにあるのか


 簡単にまとめると、ファンタジー世界とは"現実世界の人類の歴史に魔法、冒険者、魔物を加えて、西欧中欧にて大体中世盛期のあたりまで進歩した社会"という事です。

 細かいことはともかく、本文がファンタジー世界と呼ぶ場合は、大体こんな感じの世界観であるとご承知いただければと思います。


 そんなファンタジー世界がいったいどのような道をたどり、どのような道を進みことになるのか、史実の歴史を踏まえながら20万文字以上にわたって考えていきます。


 ただこの作品をなろうに投稿していた時に、"なぜ史実を根拠にするべきなのか、史実を根拠にする必要性はあるのか"というような質問をいただいたので、それを書いておこうと思います。



 私は史実と同じような価値観を育ててきている人類が、同じ程度の技術レベルを持っていることを考えれば、ある程度史実の成り立ちを当てはめて考察するのは説得力があると考えています。


 人間であれば大体服を着て、家に住み、物を食べるであろうということに、疑問の余地はありません。

 そしてそこに"中世"という要素が加わると、騎士の存在や蛮族の存在、農民や職人などの身分が決定されることになります。


 一つの領土の人口が数千人だとして、彼らの行動や生活様式をすべて書き手が独自の設定によって動かすことは難しいでしょう。

 そこでファンタジー小説では"人である"、"中世である"という二つの大きな設定によって、これらを大まかに制御しています。


 そこに書き手がファンタジー的な設定を投入してオリジナルの世界観を作っていくわけですが、それらが彼らにどう影響を及ぼすのかというのは大きな問題です。書き手が想像に従って世界を作った場合、登場人物は想像の域をでないスケールでしか動くことができません。


 そこで歴史を持ちだします。

 歴史を見れば、自分と異なる思考回路や目的意識を有した人々の決断や成果を知ることができます。

 ある技術が開発されて何が起こったのか、戦争が起きると何が変わるのか、疫病が人間社会にどんな影響を与えるのかということは歴史の中から知ることができます。

 歴史ではありとあらゆるケースで物事が始まり、そしてすでにその結果はすべて出ているのです。


 モンスターや魔法といった史実に登場しない要素であっても、なにか近しい要素、例えば騎馬民族の襲撃や火薬兵器に置き換えることで、多少は人間社会に与える影響を見ることができるのです。



 しかし例外もあります。

 ルール無用のトンデモ人物や魔法の存在は認めるわけにはいきません。たとえばドラゴンを一人で倒してしまうほどの冒険者や、転送魔法といった現代で実現できていない超技術です。こういった存在を認めてしまうと、現実の歴史、つまり我々の共通認識の上に組みあがる世界をなにもかも無しにしてしまう危険性があります。


 超人や超技術が存在すると、国も社会も戦争も、あり方が基から崩壊していってしまうでしょう。


 "核兵器を個人の意思で使用できる中世"を想像してみてください。果たしてその世界でまともな社会は構築されるでしょうか。

 そういう世界を構築するのだという強い意志を持ってそうするのであれば、それもいいとは思いますが、おそらく設定や背景の説得力という面では苦しくなっていくことでしょう。現実世界の歴史では起きてこなかったことなので、それに対する回答を誰も持っていないからです。

 むしろそれで世界を構築できる知識や発想力を持っているのであれば、この考察を読む必要はありません。



 そこで本小説の追加目標として、非現実的な架空の要素がどれくらいなら許されるのか、先述の中世ヨーロッパベースの文明社会を崩壊させないラインを探るというのも設定します。

 

 これも先ほどの設定の可能性と危険性の話とつながりますが、ファンタジー世界の住人の何が危険で、どこまでが許容される(存在しても社会が崩壊しない)のか、この見極めも多角的な考察を通してしていきたいと思います。



・架空の要素にどのように踏み込むか


 ファンタジー世界をよりリアルにする。これが本小説の目的です。


 リアルにするとはいっても、架空の歴史の発展を見ていきたいので、例えば現実世界での村や都市の人口が何千人だっただとか、ドラゴンの鱗はどれだけの耐久を持っているかというのは考えない方向で行きたいと思います。


 それは本小説の本筋ではありません。

 そういったことは実際に書く段階になって必要に応じて適宜定めればいいことで、言ってしまえば書き手の匙加減一つでどうとでも変わってしまうものだからです。


 例えばドラゴンであれば本小説では、”大抵の小説の世界では恐れられている、災厄の象徴であるという普遍的な設定があるから、では一領主のみの力では勝てないだろう、冒険者が一か所に集められて多方面での経済活動に影響が出るだろう"という筋で考えていきます。


 "そのドラゴンを倒すのにどういった職業層が何人必要か"というのは書き手が決めれば良い話ですし、それをこのような考察小説で取り上げても仕方がありません。

 一方でドラゴンが良く持つ設定やその存在によって引き起こされることを考えることは、中世という枠組みとドラゴンという属性を合わせればどの世界でも応用しようがあり、描写や設定に説得力を持たせてくれることでしょう。



 なんども書くことになってしまいましたが、ファンタジー世界を現実世界の歴史を武器にどこまで解剖できるか、それが本小説の試みです。

 その結果全ては空想の中、いや幻想の中という文が出来上がってしまうかも知れませんが、楽しんで読んでいただければ幸いです。



----



・改訂版追記

2019年9月末追記:

 本小説は2016年4月から『小説家になろう』で約2年にわたって投稿していた、『幻想歴史読本 ~ファンタジーを考える~』を改稿したものとなります。重複した表現、意味の通りにくい文、表記の揺れといった部分を改善し、当時理解が浅かった内容を再度書き直すことを目標にしています。

 小説家になろうには完結版が置いてありますが、内容や各話の順番などはこちらが最新版というか、より親切だろうと思いますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る