第36話 崩れそうなリップに乗って。


その瞬間だ。

宙を揺らめく、光の粒が見えた。


赤憑きたちの真上に……

その天井の周りにチカチカと舞う、光。

それが水の中に、黒いカタナを照らし出して。


それを横目に、少年が叫ぶ。



「水から出せッ! 黒竜を!」



次の瞬間――

その言葉の後、雷撃がその宙を斬った。

斬って、裂いて、空気を走り――



屍よドゥーガ捧げる命に祝福をベネディーチテ・コルガ



――ガラスの塊にブチ当たった。


当たって、跳ね返るようにして。

小さな雷になり、真上の天井に刺さる。


天井の金属片に。

魔鉱石の組み込まれた部位に。

さっき、壊された機械人形の破片に当たる。


そう。水には、幸いにして電流が流れなかった。

その魔術師のお陰で。



「何やってるッスか、二人して……棒立ちとか」



大きなガラスの盾。

雷を遮る、絶縁体。


それを作り出した、その魔術師――

その灰色ネズミは、息を荒げて。

その身体の周りに、赤い液体をまとわせて。


それから、声を張り上げる。



「逃げるッスよ! 速く――」



そう叫んでから、ふぅ……――と息を吐いて。

その後、すぐに声のトーンを落とす。



「走るッス……赤憑き氏の言う通りに、ね」



そう言ってから、白ウサギを見る。

黒竜に対して、結局、何もしなかった。

そんな彼女に目線を向ける。


白ウサギは、そんな灰色の視線を感じ取って。

静かに、彼女も視線を返した。

睨むように。一瞬だけ。


伸ばしかけていた腕を、引っ込めた後に。



「……自分で言っといて、何だけど」

「はい」

「コレ……走って、何とかなる状況?」

「それ言っちゃうッスか?」

「ああ、うん」



灰色ネズミと、赤憑き。

手練れの暗殺者同士のバカっぽい会話。


あまりにもバカっぽいソレに、白ウサギはため息を吐く。それから、頭を振る。



「あぁ、もう……調子狂うな、ホント」



そう言って、嫌そうな顔をしながらも――

黒竜を左腕で、小脇に抱え込む。



「っ……ほら、赤憑き」



右手を少年に差し出し、彼女は歯を剥いて笑う。



「かっ飛ばそうぜ」



その右手で、黒竜のカタナを拾ってから。

その左手で、赤憑きは、白ウサギの右手を握る。



「ああ、行くぞ……!」



灰色ネズミの作り出した、ガラスの盾。

その大きな塊……透明な板が着水して、ザパーンと。水しぶきが上がる。



「……こういうのって、何て言ったッスかね?」



水面に浮かび上がった、ガラスの盾の上に乗って。

灰色ネズミは問いかける。



「異世界に、こんな水遊みずあそびがあったような……」



あまりに、呑気にも。

そんなことを気にかける。


明らかに舐めている。この状況を。



『グギギィッ……貴様らァ』



それにいきどおって、ドラゴンはうなって。

それから、はっきりとした言葉を発する。


意味のある言葉が、竜の口から飛び出す。


それを耳にして、赤憑きは目を細める。

そして、考えを巡らせる。


コイツは一体、何者なんだ?



「あっ、思い出したッス!」



灰色ネズミの声が、赤憑きの思考を遮る。

さらに、赤憑きの手が、白ウサギに引っ張られて、ついには思考が停止。


そんな少年を引っ張りつつ……

白ウサギは、ガラスの盾の上へと。


プカプカ浮かぶ、その透明に乗って。

それから、赤憑きも引き上げて、乗せて。


そして白ウサギは、その背から一気に――



「サーフィンだ、コレ」



――炎の翼を噴き上げた。

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