第35話 殺意:命の選択。


『グギギギッ! ギギギ――ッ!』



赤憑きの予測――

その後に、恐ろしい音がする。

鳴き声。耳をつんざく音。


それが聞こえて、三人は一人ずつに振り返る。

まず、灰色ネズミから。ゆっくりと。



「何スか、あれ……」



灰色ネズミの声。

どこか気の抜けた声色。


赤憑きは振り返らない。

まだだ。まだ振り返らない。


彼は右手を水の中に突っ込み、赤く光らせる。

そうやって、まずは探す。

刻印の反応を頼りにして、落ちたはずの武器を。



「あれは……人形?」



二番目に振り返ったのは、白ウサギ。


彼女はそれを見て、安堵あんどする。


闇の中から近付いてきた、音の主。

それは、魔鉱石の入った機械仕掛けの人形。

足に当たる部分には、大きな滑車が付いている。



――グギギギギッ……



滑車が金切り声を上げているのを見て、白ウサギは合点がいった。

だから、胸を撫で下ろす。


自分はようやく状況を理解したのだ、と――



「そっか……あれは、鳴き声じゃなかったんだ」



そうやって、彼女は誤解した。



「良かった……」



なーんだ――と、ほっとする白ウサギ。

けれども、赤憑きは振り返らないままで。


右手で、下水の底を探りつつ……

彼は白ウサギにたずねる。



「ウサギ、声の正体は何だった……?」

「だから、声じゃないって。ただの人形……っぽいガラクタ? だよ。このの主は」

「いやコレ、機械人形オートマトンッスね、多分」



灰色ネズミは、そう訂正した後で。

コレは見たことない奴ッスけど――と付け加える。



「つまり、さっきの“声”は人形がきしんだ音……」

「あの人形、油でも切れたんスかね?」

「……ん?」

「ああ……えっとほら、歯車の」



二人の会話を聞きながらも。

赤憑きの目は、水の中に光るモノを捉える。


その長筒と、長針を見つける。


探していたモノは、これだ。

床を踏み抜いたときに共に落ちた、この武器。


そして、赤憑きは二人の話に割り込む。

なるべく、心を穏やかに。自分を落ち着かせ――



「違うぞ」

「へ?」



そう訂正する、赤憑きの手……

少年の右手が、長筒と長針を掴む。

掴んで、回収する。

そして、ボロいズボンのベルトに挟む。


それから告げる。小さく。



「この音は、とは違う」



冷静に。

赤憑きは、全ての準備を完了させて。


二度目に呟いて――視線を落とす。

その後……そのすぐ後に。

またも、鳴き声が聞こえた。



『ギギギギッ! グギギィッ!』



赤憑きが振り返る。

すると、向かってくる人形、そして――


――それを轢きつぶす、緑色の巨体が見えた。


物凄いスピードで、突如現れた巨体。

暗闇の中、下水道を埋め尽くす、ウロコの塊。

その上を、壊された人形の破片が飛ぶ。


飛んで、その一つが赤憑きの目の前に落ちた。

弾ける、水しぶき。視界をよぎる、光。


ハイエルフのローブに、何かが跳びつく。


だが、そんなモノは気にも掛けず……



「あーしの下水道テリトリーに……よくも」



真顔で、灰色ネズミは呟く。

その声に反応して、竜の金色の瞳がギョロっと――


三人を捉えた。



「……走るんだ」



赤憑きは声を出す。

うわずった、小さな声を。


その後、少年は頭を振り、動揺をかき消す。



「白ウサギッ!」



その緑色の巨体、ウロコの塊――

――ドラゴン。


そいつは赤憑きの叫びに驚き、一瞬、瞳を見開く。

けれども、すぐにそれを元に戻して。



『グギギッ……』



そう唸ってから。

緑竜は、口の中を光らせる。


ゴロゴロ……――ととどろく音。

赤憑きはそれを聞いて、察する。



「これは……まさか」



刹那、乱れ飛ぶ視線。

赤憑きは、白ウサギに。

灰色ネズミは、赤憑きに。


白ウサギは、黒竜に。

その瞳には、敵意が宿る。そして――殺意が。



「――水から出せッ! 黒竜を!」



次の瞬間、青い稲妻いなづまが宙を斬った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る