第34話 白ウサギの××


「殺される……ッ!」



赤憑きは思わず、そう叫び、構える。

その少年の前に落ちてくるは、銀色の塊。


それは黒竜の上に落ち、その少女を倒して。

さらには、ゴブリンのように顔を歪め――



「いったぁ……」



と呻いた。

そして、頭を振り、乱れた銀髪を整える。

落ちてきたのはハイエルフ。

耳の欠けた、ハイエルフ。



「何だよ、ビックリさせんなっての」

「あたた……これはこれは赤憑き氏ぃ。また随分な言いようッスね」



上から落ちてきたハイエルフ――

――灰色ネズミは、ゆっくり立ち上がる。

水をパンパンッと払って、腰をさすりながら。


下敷きにした、少女の上から降りて。



「あちゃー、気絶してるッスね。この子」

「この子じゃなくて、黒竜な」

「へー、そうなんスね」



興味なさげにそう言う、灰色ネズミ。

彼女は視線を泳がせ、少し上げる。


赤憑きの顔よりも、ちょっと上の辺りを見る。

そうやって、目線を合わせないようにした。

赤憑きと。



――『そんなに悪いって顔しないで』



赤憑きの脳裏を走る、セリフ。

あの時の灰色ネズミの言葉。


それを嫌でも思い出して。

だから思わず、赤憑きも目を逸らした。



「ともかくだ……白ウサギ、そいつをかかえてくれ」



逸らした目線の先、白ウサギは口の端を歪める。



「そいつって?」

「黒竜だよ。このままには、しておけないだろ」

「だから? あたしにを運ばせて、どうするんだよ」



トゲのある口調、声の抑揚よくよう

それだけで、赤憑きには分かってしまった。

白ウサギが何を言おうとしているのか。


どうやって、疑念を口にしようとしているか。


だから――



「……噂について、知りたいんだ」



だから、赤憑きは誤魔化した。



「黒竜が聞いた、勇者の仲間が来てるって噂……」

「それがどうしたのさ?」

「それを誰が言っていたか、知りたい」



嘘ではなかった。

けれども、本心でもなかった。


黒竜を連れて行きたい理由――

それは、この少女を仲間にする……

……かもしれないから。


そう本心を白ウサギに話せば、どうなるか?


彼女が、良く思うか分からない。

灰色ネズミに対しても、どう思っているか。

き任せに、そのハイエルフと一緒に動く事となって……実際、何を感じているか。


それさえも分からないのだから。


白ウサギが何を思っているか、分からない。

この急ごしらえのパーティについてすら。

今のところは、何てことのない顔しているけれど。


赤憑きの考えをよそに、白ウサギは会話を続ける。



「噂を、誰が言っていたか、知って……それで?」

「ん?」

「それで、どうするんだい」



その会話の最中……

灰色ネズミが横目に、赤憑きを見る。

赤憑きは、水に映った鏡像でその仕草に気付いた。


気付くも、スルーした。



「確かめるんだ。噂がどの程度、か」

「……それって、どういう――」



その瞬間――白ウサギの声を遮る、声。



『グギギギッ! ギギギ――ッ!』



鳴き声。耳をつんざく音。

さっきもしていたが、今それが大きく聞こえた。

さっきよりも、大きく――より間近に。


これは間違いない。


さっきの鳴き声の主が――



「近付いて来てる……ここに?」



赤憑きの呟き――その予測の後、場の空気が凍る。


しばらくして……

この予測は、現実となったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る