第33話 あるいは、続きがあるのなら。


「うッ……」



うめき、倒れる白ウサギ。

その横をよぎるは、小さな女の子。

女の子はジャンプして、白ウサギの後ろを通り……

そのわずかな瞬間で、彼女の後頭部にひざ蹴りを見まった。


結果、白ウサギは気絶して――いや……


赤憑きは、倒れた彼女を見下ろす。



「まずは、厄介な方――」



赤憑きの思考を妨げる声。

横をよぎり、ひざ蹴りで襲った少女。

その少女が鈴のような美声を震わせる。

浅い水の中に、堂々と立って。


その少女は――黒竜。

彼女は、まだ殺意を向けている。

この穴に落ちて尚も――執念。



「次はお前……ですッ」



赤憑きを指差す、黒竜。

倒してやるぞ――という確固たる宣言。


それに対して、赤憑きは首を振る。

いい加減にしろ――と。



「……またお前かよ、黒竜。しつこい」



言葉を返さず、黒竜が向かってくる。

少女が跳び上がって、連続に蹴りを放つ。

1回、2回と続けざまに蹴り上げる。

腕無しの少女が懸命けんめいに。


赤憑きはその攻撃全てをかわし――

そして、観察する。

両腕無き、その少女――黒竜を。


穴に落ちる前、彼女は太い腕を持っていたはずだ。

それも複数の腕を。

白ウサギの攻撃を防ぐため、3本も右腕を生やしたりもしていた。


なのに、今は一本も腕を持っていない。



「ハアッ……ハアッ……」



苦しそうに息をする黒竜。

その顔は真っ青だ。

恐らくは、血液中の魔力までもを使い切ったために起こる貧血。



「なるほどね」



赤憑きは下アゴを触る。

黒竜という少女。

彼女も、少しは頭の回る暗殺者らしい。


どうやって、黒竜が落下の後も無事だったのか。

それは多分、ニセの腕を使ったから。

あの腕を使って、着水の衝撃を防いだからだ。



黒竜、彼女は多分――

空中で落ちる間に、大量の偽の腕を作りまくった。

自分の魔力の限界まで、その腕を大量に量産した。


そして、体勢を変え、腕を下にして落ちて。

その後、その腕で着地……いや、着水したのだ。



当然、腕は衝撃で折れる。潰れる。


そうやって、ニセの腕を犠牲ぎせいにしたのだ。

着地への犠牲にした。

本物の腕なら絶対に出来ない行動。


いや、例えニセの腕であったとしても、常人ならばそんな風に思い切り良くはやれない。


戸惑う。

普通、そんなに早くは、切り捨てられない。

けれど、黒竜にはそれが出来た。



「根性あるな、お前」

「……褒めたってムダです。村のあだめ」



黒竜――彼女は基本的にガキみたいな戦い方をしている。

だが、暗殺者として肝心な才能を持っている。


ピンチにおける覚悟……思い切りの良さ。

機転の良い対応……天性のカンにより成せる技。

あれだけ特殊な武器と義眼を、使いこなせる腕。


このトカゲ少女は強い。

赤憑きと白ウサギの二人がかりに力を合わせ、それでも苦戦した。

それくらいに強い暗殺者だ。



「村の仇、か」



フッ――と赤憑きは口を緩ませる。


いきなり襲われて……

さっきは、撃退することしか頭に無かった。

決着はそれしかないと。

でも、もし違う終わりがあるのなら。


あるいは、続きがあるのなら。


同じ境遇の、この少女。

彼女がもし、仲間になったなら。



「……なあ、ひとつ聞いていい?」

「はい、ダメです」

「何でボク、恨まれてるんだ?」

「……は?」

「お前に恨まれる事してないぞ、ボクは」

「黙れ。白々しい。お前は勇者の仲間でしょう」

「だから、違うっての」

「……嘘を吐くなッ!」



黒竜がアゴを外し、カパッと大きな口を広げる。

爬虫類めいた口から、唾と共に大きな声を出す。


取り付く島もないとは、この事か。



「勇者はセッシャの故郷を焼いた。その仲間も同罪でござる!」

「それは分かる」

「だから、お前は死刑でござる!」

「それが分からない」



黒竜はハッと笑う。



「分からないでしょうね。勇者の仲間のお前には」

「ボクが勇者の仲間って……いや、何でそう思うんだよ?」

「セッシャには証拠があるのでござる」

「証拠……?」

「宿屋で噂を聞いたのです。勇者の仲間が来ていると」

「どこに来てるって聞いたんだ……?」

「廃教会の近く」

「え、そんだけ? それが証拠……?」

「はいっ! どうだ、驚いたかー!」



勇者の仲間――という黒竜の台詞。


勘違いだろうとは思っていた。

赤憑きも、それくらいは察していた。


けれども、ちゃんと理由があると思っていた。

誤解が元でも、暗殺に挑むのだから。

ちゃんと、もっともらしい理由があると。



「お前は勇者の仲間です。あれだけ強いのだから、そうに決まっている」



赤憑きは目元を右手で抑える。


前言撤回。頭が回る……とか撤回だ。

このトカゲ少女、バカである。

歳相応のバカだ。


それはもう良い。今は置いておこう。


――それより、気になるのは……



「てか、誰から聞いたんだ」

「はい?」

「その噂だよ。誰から聞いた?」



黒竜が口を開く。

しかし、その後に言葉は出なかった。

少なくとも、意味のある言葉は。



「ぶべッ」



白髪が舞い、赤い眼光が空中に線を残す。

それは白ウサギ。

倒れ、気絶のフリをしていた彼女。


それが起き上がり、奇襲をかけた瞬間――

何かが上から落ちてきて――



「……ッ!」



赤憑きの頭の中を、さっきの“鳴き声”がよぎる。

くらやみの鳴き声が。



「殺される……ッ!」

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