勇者パーティの盾-0

第31話 警告に気付けない、愚か者たち。


本来ならば、明るい早朝。

しかして、空を雨雲が隠して、太陽は見えず。


いつ来ても、うんざりする場所。

そこは雨のやまないニンフ通り。


その雨の中、ポツンと一人の騎士が立っていた。

金ピカの鎧を着た、大きな盾持ちの男。


ソレが白い歯を目立たせ、場違いにも立っていた。

白い神官服の女を横に、引き連れて。


そいつらの目の前に、馬車が止まる。

白馬に引かれた白い馬車が、これまた場違いに。



「時間通りだナ、“勇者の盾役”」



黄色いマスクに白マントの長身な女。

“アヒル”と呼ばれるソレは馬車から出てくるなり、そうセリフを言う。

ノイズ混じりの人工の声を発する。



「勇者とはちゃんと別行動だナ? 一人カ?」

「いや、“荷物持ち”が一緒だ」



そして強引に、盾持ちの男を馬車の中に押し込もうとする。


だが、ガコンッ――と。

男の持つ大きな盾が挟まり、つっかえた。



「コレ持ってろよ。“哀れなフィン”」

「分かった。お代金は?」

「生きのいいをやる。後でたっぷりと」

「実験してもいいの?」

「ああ。回収班モグラも喜ぶだろうからな」



にんまりと笑う、その女。“哀れなフィン”。

彼女は口の端が裂けるほどに、笑って。

細い腕で難なく盾役の大きな盾を持ち上げる。



化け物フリークめ……その後、たっぷり殴ってやる」

「うん。ご褒美、嬉しい」

「ッ……ここで待ってろ」



盾役は心底に不快を顔に浮かべる。

その後、逃げるように馬車の中へ。


しかし、そこで待ち受けるモノ。それも不快――



「難儀だなぁ。盾のクリス・グノーフ」

「……陛下。見られていたのですか」



馬車の中、盾役――クリス・グノーフの前。

彼の席の前に座るモノ。

それが作り物の首を縦に振る。



「アレでも勇者パーティのカナメなのだろう? フィンとかいう、あの回復役は」



人形は口を開け、妙に高い……幼い声でそう言う。

それはクリスの上半身と同じサイズの、人形。

白い髪を生やした、赤い瞳の人形。


術者を介し、遠くから意思を伝える――精霊遺物。


つまり、その人形を操っているのは、遠くの人物。

聖なる王宮に引きこもる、“陛下”。



「オーフェリア・ゾエ・アップルビー女王陛下」



冷血王オーフェリア。

かの解放戦争の始末で元貴族68人を、月の満ち欠けの一周よりも早く処刑した。

迷いと救いのない殺人鬼。氷の女王。


そんな大層な人物と、クリスは密会していた。

もう彼の額は汗でぐちょ濡れだ。無理もない。



「恐れながら。いかなる御用でございましょう?」

「なるほど。お前は女遊びと、そのケツが大好きなクソ野郎らしいが」

「……」

「礼儀作法は存じておるようじゃ。それとも、余が可憐かれん清楚せいそ織女しゅくじょだから、なのかな? んー?」

「いいえ……とんでもない」

「あァ?」

「いえ、その……男女分け隔てなく、接してます。はい」



今のクリスはオーフェリアの顔を見れていない。

対しているのは人形だ。

その向こうが、女か、男か。

それすらハッキリ分からない。定かでない。


だから、女として優遇すること自体が無理だ。

本当に難儀だが。


もしも、相手が良さそうな女だったなら。

それだったら、熱く愛した後で――



ゴミのように捨ててしまえるのに。



「して、要件であるが」

「はい」

「お主、“月の盟約”は存じておるな?」

「はい、もちろん。これでも勇者パーティで一番の頭脳派なのですよ」

「んむ? 虫ケラの事情は、どうでも良いぞ?」

「はい……」



オーフェリアの意思を纏った人形は、少しうつむく。



「――数日前、オリバー・シルフが殺されての」

「はあ……」

「現場には、爪と、ヘソの緒が落ちておった」

「ヘソの緒……ですか」

「そのヘソの緒の中の血を調べたところ、シルフ家の勇者特性が出てきての」

「それで、オリバー・シルフと分かったのですか」

「そうじゃ。オリバーは殺されたのじゃよ……例の四族殺しに」

「ああ、赤憑きとかいうヤツですか」



あの、噂からしてザコそうな――と言いかけるも、クリスは言葉を止める。

その様子を見て、人形はカタカタと首を揺らした。



「暗殺者の方は問題ではない。問題は、オリバーが関わっていた“事業”じゃ」

「オリバーは、何を?」

「“塔”の管理を、少しのぅ」

「“竜殺しの塔”……?そんな大事なモノの管理を、シルフ家程度に?」

「あの発明は、元々、あいつが着想の元となりて、実現したモノじゃからな」



その動機は、どんなに幼稚じゃろうとも――と。

オーフェリアは付け加える。



「オリバーは分かっていたので?」

「んむ?」

「それがどんな大義か、分かっていたので?」

「分かる訳がない。あやつは、ただのバカじゃ」

「はあ……」

「だから、塔はシルフの所有物として与えてやったのだ。いや、返したってのが正解じゃろうかね」



人形がギシリ――と肩をすくめる。



「実は、その塔が、外見だけ前と同じ、全くの別物になってるとは、思いも寄らなかったのじゃろうがね。オリバーは」



クリスは何か考えている風に。

下アゴを指でつまむ。



「そして、彼は暗殺された……塔の正体をまったく何も知らないまま」



復讐心に燃える暗殺者の、赤い右手で。


塔の所有者は殺された。死んだ。

すなわち、アイテムとしての“持ち主”――

――それがいなくなった。


魔術的な意味としては、最悪だ。



「持ち主がいなくなれば、魔術的なアイテムはその意味、効力を失くす……」

「そう。つまり、塔の魔術が消えた訳じゃの」



“竜殺しの塔”は、王国に6つある。

国土の端から、等間隔で、国の中心を、その空を、囲むようにして円状に建っている。


その多くが、幻惑の魔術で隠されているが。


その塔。その存在は、世に明かされていない。

一部の者だけが知っている。



その塔。その意味……

それは、あの空を覆う、灰色の障壁バリアの為の物――


ぶあつく重なれば……

雨雲のような魔術障壁。それを作り出す為の塔。

その障壁バリア、その真の名は――



「天上のドラゴンから国を守る――空の障壁クイラル・バリア



人形がウンウンと頷く。



「あの塔は、そのバリア構成に不可欠じゃった」

「塔の魔術が消えて、バリアに穴が出来たのか……そうか。それで、ニンフ通りの雨が激しく……」

「良いぞ。察しが良い。虫ケラにしては」

「……お褒めの言葉、光栄にございます」



虫ケラ。そう連呼されて。

クリスは唇を噛みつつも、そうこたえる。


そうして、小山こやまほどの高いプライドを守り切った。



「でも、街はドラゴンに襲われてませんよね……? 被害報告がない」

「“ひかり経典きょうてん”の頃と違い、“けるほのお”が勇者に殺されてからというもの、あやつらは腰抜けよ」

「つまり、ドラゴンたちは襲う勇気も持たない……烏合うごうしゅう、と」

「そういうことだ。つまらん連中よのぅ」



オーフェリアは鼻を鳴らす。

ドラゴンたちを軽蔑するように。



「では、穴は?」

「とっくに塞いだ。塔は今、“真昼の傘下”にある」

「お早い処理、流石です。ならば、何の問題が?」



人形が腕を組み、手を組む――

組もうとして、諦める。

小さく部品の少ない手ではムリだった様子だ。


それを見て、クリスは見下すように小さく笑う。



「“戦火の名残”が、忍び込んだらしくての」

「と、言うと?」

「ドラゴンが一匹、侵入したのじゃ。穴が開いた、その一瞬を突いて」

「ドラゴン……それに名残? まさか……」

「そのまさか。雷光の遣い手――リントヴルド」

「天を這う竜……? 大昔に殺されたはずじゃ?!」



クリスは身を大きく乗り出した。


つかに、揺れる馬車。

それを見て、何かを呟く――哀れなフィン。


彼女のことなど放って、繰り広げられる会話。

勇者の盾役と、氷の女王の密談。



「ヤツは、今どこに?」

「それが問題での。ヤツを一度、サラマンダー家の猟犬に攻撃させたのじゃが……」

「はい」

「取り逃してしまっての。ヤツは変身の魔法を使って、川の排水口から、とある場所に逃げ込んだ」

「とある場所……?」

「そう。今、あのドラゴンがいるのは恐らく――」



人形のその赤い瞳が、鋭く光る。



「地下下水道」



そして、馬車の外を見て。

哀れなフィンを横目に、カタカタと揺れる。

首を揺らす。



「その何処かにおる。だから、殺させるのじゃ……勇者をき付けて殺させろ。殺せ! ヤツが――」



人形はカタカタと、笑う。

二人の、死の臭いを感じて。



「あの“遺跡”にたどり着く、その前に」





――その前に、お前らが殺されていなければ。

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