第30話 ウサギの穴を覗いてごらん。
「その3秒で、避けてみせろよ――黒竜ッ!」
赤憑きがそう声を上げ、右手を上へと掲げる。
ほのかに赤く光る、右腕を。
その手、その腕に銀の糸が巻き付く。
白ウサギが投げてよこした、切り札。
黒竜が糸を千切って、しかして彼女の右腕に残っていた、銀の
その銀の糸が、赤憑きの腕に巻き付く。
その銀の糸が、少年の腕と白ウサギを繋ぐ。
それを確認して、赤憑きはボロ床を蹴り抜く。
蹴り抜くと、周りの床は崩れ――
転がった長筒と長針はそれぞれ下に落ち――
「クソッ、広範囲すぎるッ!」
左目を光らせた黒竜が、狼狽える。
その3秒後――彼らは宙を舞った。
周りの床が割れ、崩れ、足場を失って。
少年と少女が下へと落ちる。
少年の交渉術にまんまとハマり、彼の首を掴む腕……その力を弱めていた少女。
黒竜――その少女は、底の闇へと消えていく。
黒竜が落ち、
響く――かすかな水音。
「着水音……下は、下水道か。てか何だ、この穴」
赤憑きが呟く。
床下に出来た――
いや、元からあった穴を見下ろして。
穴の
その少年は落ちてから――
――その後、すぐに繋ぎ留められた。
結果として、赤憑きは落ち切らずに済んだのだ。
白ウサギが投げて、巻き付けた――銀の糸。
少年の右腕に巻き付けた――銀の糸。
その糸の先を
白ウサギが支えてくれたから。
だから底には落ちずに、ぶら下がることが出来た。
赤憑きだけは助かったのだ。
黒竜を下に落として。
「まったく乱暴だよ、赤憑きは」
「いいだろ。上手くいったんだから」
「良くないって。どうするんだよ。あたしが赤憑きの考えに何にも気付いてなかったら」
「考え、って?」
「赤憑きが床をブチ抜こうとしてたって。あたしがその策を悟れなかったとしたら?」
「あぁ……」
「そしたら、銀の糸も投げれなかった。そしたら、今頃、赤憑きは黒竜と一緒に穴の底だ」
「……」
本当に少しだけの間が空いて。
赤憑きは何気なく、その言葉を放つ。
「信じてたんだ、ボクは」
「へ」
「白ウサギなら、この策に考え至る――って」
赤憑きからの信じてた――という言葉。
長年の付き合いからしか出ない、言葉であろう――ソレ。
ソレを聞いて、白ウサギはピクリとする。
そして、彼女は視線を少し上へと向けた。
その視界に、ハイエルフを。敵を。
灰色ネズミを……
「
「あぁ……そう」
その会話の後、白ウサギは肩をすくめた。
赤憑きの信じてた――って言葉。
ソレは、白ウサギの能力に向けたモノだったかと。
そう誤解し、赤憑きへと視線を戻す。
未だ、ぶら下がり続ける少年へと。
「てか、そろそろさ」
「うん?」
「引き上げてよ。ホントもう、腕が限界」
「どうしよっかな……赤憑きってば、イケズだし」
「おい」
嘘だよ、今引っ張り上げるから――と。
白ウサギがそう言おうとした、その時に――
羽音がした。無数の羽ばたく音が。
「おい……何だ、アレ」
白ウサギの背後……差し込む月の光の出所。
そこに視線を向け、少しだけ引っ張り上げられた、赤憑きが問う。
少年はまん丸く瞳を見開き、その目に映す。
ヤツらを映す。
「カラス……?」
白ウサギが振り返り、呟く。
ヤツらはカラス。黒い観測者。
それが大量に群がり、月の光の源を塞いでいた。
廃教会の崩れた屋根の穴――
その穴の
青い瞳を光らせていた。無数に、不気味に。
「……観測班だッ!」
灰色ネズミの叫び声。
らしくない、鬼気迫る声。
それに対し、今まで“試合”を楽しんでいた観客たちが
「そんな……
「どけよ……退けッ!」
「俺が先だッ! 道を譲りやがれッ!」
薄汚い群衆が、廃教会の出口に向かって
そんな彼らを引き裂くように――
カラスたちが黒い荒波のように、教会内に
飛び降り、次々と獲物を仕留める。
方々で上がる――悲鳴。
「赤憑き……」
「分かってる……ボクたちは、騒ぎすぎた」
カラスの“一人”が、近くに降り立つ。
白ウサギの背後、すぐ後ろに。
そして、姿を変える。変身術を解いて。
黒い鳥の姿から、黒いマントに黒いマスクを付けた、
「灰色ネズミッ!」
赤憑きは獣人を睨み、そうやって仲間を呼び。
白ウサギの腕を引っ張り、白ウサギごと――
――落ちていった。わざと、穴の底へ。
「乱暴なヤツ……」
赤憑きたちの落ちた穴を見下ろして、そのハーピーは呟く。
それから、鎧を付けた羽を動かし、クチバシみたいに尖ったマスクを取り外す。
「アレも
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