第27話 あの日から少女たちが守るモノ。


赤憑きの目を見て、笑う黒竜。

その少女の細い首に絡みついた銀の糸――その上を赤い光が走る。

必殺が駆ける。必死がもうすぐそこまで。


けれども、少女は少し息を吸って。

そして、詠唱をした。落ち着いた素振りで。

腕を生やし、白ウサギの攻撃を掴み止めた――

――そのさっきの瞬間、実はひろっていた黒いカタナを左手に持ち、鈴のような声で唱える。



誤概念エロール肉塊膨張エクスペンション



そうした詠唱の後、黒竜の首に絡んでいた銀の糸がフワッと浮いて――

次に小さな爆発が起こる。

その衝撃で糸が千切られ、床に落ちる長針。


――カァン、という金属音。長針が落ちた音。

戦況が悪化する音が響く。

赤憑きの大事な攻撃手段が床に今、落ちた。



「ッ……」



それを聞いて、それを見て――

赤憑きは息をのむ。

その少年の顔から、ずっとこびり付いていた気味の悪い笑みが消える。


代わりに、その顔には戸惑とまどいが現れた。

力を武器にする手段が一つ消えて、一瞬だけ。



「……あの子みたいに考える。考えなきゃ」



――推測:


小さな爆発。

アレは一体全体、何が爆発したのか。

まさか、黒竜の首そのものが爆発を……?


いや、そんなことはあり得ない。

そんなことをすれば、黒竜自体の命が危ないはず。


もしかすると黒竜は、致命傷でも死を回避する手段を持っているのか。


いやいや、そんな事はあり得ないだろう。

もしも、そんな手段があったのなら、もっと早めに使っていたはずだ。


分からない、分からない……

考えても分からなかった。そいつの頭では。



「ダメね……残念。私は知識じゃ勝てないか」



そいつは肩をすくめる。

力なら、刻印ならば、私が上なのに――と。


大体、見えない透明な武器といい、よく分からない左目といい、ニセの肉体といい……

この小さな暗殺者は手数てかずがあまりに多すぎる。


銀で繋がるか、触れなければ、影響しない――

そんな呪いだけじゃ倒せない相手だ。

明らかに。


それどころか、このままでは、“彼”までも失ってしまう。それに大事な弟も。



――ここまで、私も上手く戦えた時があった。

  けれども、しょうがないのよね。


  には、限界げんかいてんがあるのだから。



「今はあなたにゆずってあげる」



赤憑きの口でそいつはそう呟くと、脱力する。

少年の肩が落ち、両腕がだらりと垂れる。


黒竜がそれを見て、パシッと、武器を利き手に持ち替える。

無警戒に見える、赤憑きを攻撃しようと。



「おい、ザコ! 無視すんな!」



白ウサギが叫んで、その黒竜の注意を惹き付ける。

そうやって、赤憑きから少女の気を逸らした。


続いて、白ウサギは黒竜へと回し蹴りを放つ。

片足でジャンプして身体ごと大きく回し、黒竜の頭へと上からかかとを落とす。



「いい加減に死ね」



凄まじい速さでの蹴り攻撃。

だが、黒竜はすぐさま身を引いて、それを避ける。

こちらは、とてつもない反応速度。


しかし、白ウサギはその面でも負けていない。

予備動作ナシに、彼女は片足で着地して即座にまたジャンプ……

息を切らさぬ連続で、回し蹴りを黒竜に向けて放つ。



「あっ……」



またも身を引こうと後ろに一歩踏み出した、黒竜の足がもつれる。

そこで白ウサギが荒い仕草でかかとを下ろす。黒竜の隙を逃さないように。

とにかく、素早さを重視した動き。


その動きが、当の黒竜の、狙い通りとも知らずに。



「なーんてね……でござる」



白ウサギの蹴りが黒竜の側頭部に当たった――

――そのように見えたが、実際の白ウサギの蹴りは黒竜の頭のすぐ直前で静止した。


透明な何かにつかまれ、動かなくなった。


そして、その何かが今度は大きく爆発する。

その衝撃で白ウサギが後ろに飛ばされる。

そのまま、壁や床に当たれば、即座に死ぬ。

そういう速度で、彼女が飛ばされる。


その白ウサギに、自らの身体をブチ当てるようにして、“少年”が彼女を受け止める。

ほのかに光る右手を当て、その刻印で何とか運動力を打ち消して。必死に。



「まったく……見てらんないよ。イヴァもお前も、どうしようもないくらい――」



おとぎ話の王子のように。

お姫さまに接するように。

白ウサギを両腕で抱え込む、少年。



「仲間想いなんだからさ」



戻ってきた赤憑きは、彼らしく微笑んだ。

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