第26話 これで終わり。


赤憑きの前に立ち睨む、その暗殺者。

小さな女の子。黒竜。

その容姿は、まさに可憐かれんだった。


首をおおい、ほおの下半分を隠す……

白い肌に散らばる黒いウロコ。


太ももまで伸びる、長い長い黒髪。

人形みたいに整った顔立ち。


その顔の上に彼女がしていた黒い眼帯は、ニセの体が壊れる時に共に剥がれ落ちていた。


なのに、今も彼女の左目は、赤い糸でまぶた同士が縫い合わされており、いまだに塞がったまま。


対して、右の瞳は精いっぱいに見開かれていて。

金色の瞳孔を開き、うるみながらも威嚇している。


そして、熱気を吐き出すその口には、幼く凶暴性を示すギザギザの小さな牙がいっぱいに生えていた。



赤憑きわたしたちと同じくらいの背たけ……同じくお子様の暗殺者かしら」



赤憑きの口から咄嗟とっさに出た、そいつの言葉の通り。


黒竜の背たけは大体、赤憑きと同じくらいだ。

体格はとても細く、華奢きゃしゃで。

さっきまでピチピチだったウェディングドレスが、ゆるく感じる程度のサイズ感だった。


そんな小さな美少女が、ムサい大男の皮を引き裂き中から出てきて――



その後――破裂音。



「通せ」



気取った女の声が聞こえて、すぐ破裂音がした。


それは“試合”を見ようと群がっていた、ゲスな観客の内から聞こえた音。

薄汚い者の集団の中からした、空気を裂く音だ。



「何だお前! ……がッ」



続いて、怒号が聞こえて。

観客の一人が宙に浮き上がる。打ち上げられる。


次に、何か黒いのが跳び上がり、観客たちの頭の上をモノ凄いスピードで飛び抜けていく。


殺意の塊が飛んでくる。脅威として迫っている。


それを黒竜は見ていなかった。

というより、目線すら向けていなかった。

なぜか? その必要すら無かったから。


――それは3秒前、もう見た未来だったから。



封じられた、黒竜の左目がまぶたの中で白く光る。



「……させないッ!」



いち早く、そう叫ぶ黒竜。

彼女は続いて、赤憑きへとドロップキックを放つ。

ジャンプしてから、空中で細い両脚を突き出して、少年の胸板を蹴る。


白いドレスから太い尻尾を床へと垂らして、小さな身体を支えつつ。



「おっとと……」



少女のドロップキックで、よろける赤憑き。

それを確認して、黒竜は尻尾の力で後ろに跳ぶ。

さらに、着地してから床を転がり、赤憑きとの距離を大きく取った。


まずは、赤憑きの危険な右手……

予想不能な力との距離を置かなければいけない。


ここまでの動きで3秒。

そして――



誤概念エロール物質情報化ヴィジュアリゼーション



詠唱する黒竜。

その声を合図に、その足元に片刃の剣が出現する。


さっきまでのロングソードとは違う……

あまり街で見かけない異世界風の剣。黒いカタナ。

現れたその刃へと屈み込み、その黒き精鉄へと……黒竜は自分の、無い右腕の根本を触れさせる。


刹那、その少女を覆う――黒い影。



わきまえろ、ザコが」



その影は、黒い覇気を纏う女。赤い瞳に白髪の女。

それは白ウサギだ。紛れもなく。

だが、その表情はいつもと全く違っていた。



「あたしの約束を殺すんじゃねえよ」



白ウサギは静かに怒りを言葉に込める。

そうして空中で言い放つ。


彼女は弾丸のように飛んできたのだ。

下水道の時と同じように。

不意を突いて、蹴り殺すために。



「ッ! ……誤概念エロール生者複製!クレアーテ・アニマリス



少女は早口に、けれども冷静に。


黒竜は無い右腕の根本を刃に触れさせ、詠唱する。

直後、緑色に光り輝き、魔術効果が具現化する。



「へえ……」



白ウサギは、その魔法に少し感心して顎を引く。

詠唱の後、黒竜の右肩からは3本の片腕が生えた。

3本ともに右腕。

筋肉量の多い、どれも太い右腕だ。


その右腕3本で、黒竜は白ウサギの攻撃を止めた。

その必殺を掴んで止めた。

1本は衝撃に耐えきれず、破裂して砕けたが。

しかし――



魔力波まりょくはを防ぐなんて。やるじゃん、君。でもさ、ダメだよ――」



白ウサギのセリフの間を縫って、長針が飛ぶ。

銀の糸が舞う。

その瞬間、最悪の未来が黒竜の左目に映った。



「ちゃんと周りも見なくっちゃ」



わざとよろけて見せて……

それから、すぐに体勢を立て直した赤憑き。

油断させるための隙をわざと見せていた。

そんな計算高い少年。彼の攻撃が迫っていた。


少女、黒竜のすぐ背後へと。



「はい――」



黒竜の細い首に、銀の糸が絡みつく。

赤憑きの右手の呪いと、黒竜の肉体が繋がる。

その一瞬――



「これで終わり」



そう告げる赤憑きの目を見て、黒竜は笑ったのだ。

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