第25話 死に至らしめる力。


黒竜の武器を掴んだ、そいつ……赤憑き。


“彼”は右手で黒竜の武器を掴んで引っ張る。

自分の右横にその攻撃を逸らし、流す。


その瞬間、少年にしては驚くべき怪力を使った――

のではなく、逆に黒竜の腕の力がまるで無くなったのだ。

いきなり、武器を振り下ろす運動力が消失した。



「お前、何をした……?!」



そんな黒竜の疑問には耳も貸さず――


赤憑きはすばやく一歩を踏み込み、武器を握る黒竜の両手へと右手で触れる。

そして直接、黒竜の肉体に赤の刻印を流し込む。


金色の目を見開く、黒竜。

驚きを言葉で表そうとして、彼はさらに驚いた。



「あっ……アッ……アァ……」



喋れなかったのだ。舌が回らない。

それどころか、身体が動かせなくなっていた。

どこもかしこも。


腕をピクリとも動かせない。

敵の顔のすぐそばに自分の武器があるのに。

なのに、その武器を持つ手が反応しない。


自分の意思に応じない。



「どうしたの? フフ」



赤憑きは艶っぽい笑みを浮かべる。

とても少年のモノとは思えない表情をする。



「あなた、私達を殺してくれるんでしょう? ほら、やってみなさい」



そう言って、目先すぐの剣先をチョンチョン――と左手でつつく赤憑き。



「ぐッ……アぁ……」



今、黒竜は明らかに挑発されている。

出来るなら反撃してやりたいだろう。

だが今、彼に動きは呼吸だけだ。

反撃なんて出来ない。

彼女が、その動きを許さない限りは。



「こういうのを絶対絶命って言うのかしら?」



赤憑きは“刻印”を使って、黒竜の呼吸……

更にその内臓機能以外の全ての動きを封じていた。


確かに。

黒竜からしてみれば、この状況は絶体絶命だ。

ここからの一発逆転はムリだろう。

その手段がない。


そう思うだろう?



「……あ……はは……」



しかし、黒竜にはその手段があったのだ。

それを赤憑き……いや、そいつは知らなかった。

ヒントを聞き逃していた。


魔術とは――



――『魔力源マナ・ソースたる自身のと肝臓から魔力を得て、それを脳で編み込み、その魔力を呪文で縛り上げ、正しい術にすること』


なぜなら、その理論を耳にしたのは……

別人格だったから。



「スゥーッ……」



ゆっくりと黒竜が息を止めていく。やがて完全に。

その心臓の拍動を弱める。



「ふッ……うッ……」



魔術基礎理論クリエイト・セオリーによれば、心臓は重要な器官だ。

源として溜まった魔力エーテルを吐き出し、血流に乗せて、脳まで運ぶ。

そのポンプとしての仕組みが無ければ、魔術は成立しない。


その仕組みを、もし弱めてしまえば、どうなるか?

それを弱め、魔力の流れをほぼ断ってしまえば?



「ぷはぁっ……答えは……決まって……る……!」



魔術は崩壊する。

魔力を断てば、発動中のそれは例外なく――



「オラァッ……でござる!」



――壊れる。



「こんな腕ッ!」



黒竜の大きな両腕。

その肉塊が壊れて、緑色に光る無数の粒として床に散らばる。

そのニセの腕が消えて、握られていた透明の長剣も床へと落ちる。


ドスンッ――という鈍い音。

見えない剣が床にぶつかる音。


その音の直後、黒竜の巨体……その身体全体が緑色に光る。顔に亀裂が入る。



「私は……“黒竜”は!」



巨体の皮の表面が割れて、その体内から小さな影が飛び出す。

その小さな影は鈴の鳴るような声をがならせた。



「死んでも、あいつを殺すんだッ!」



肌色に散らばるウロコ、金色の瞳に尖った耳に、トカゲのような尻尾を生やした、両腕のない少女。


そう。それは特殊な武器の魔法特性を使い、その身体の周りを偽の肉体で包み、強化しただけの……


小さな女の子だったのだ。

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