第24話 命の灯を“赤憑き”が笑う。
「はぁ? ボクは勇者の仲間なんかじゃ……」
そんな赤憑きの話も聞かず――
黒竜は、巨体にしては身軽に駆けた。
短い距離に四歩も使い、即座に間合いを詰めた。
その長い腕なら、さっきの距離でも攻撃が届いたろうに。
不利な間合いまで詰めてくるなんて。
「クソッ、ガキのケンカみたいな戦い方しやがって……ッ!」
至近距離で本能のままにやり合う、それでは子どもの喧嘩と違いない。
戦術もあったものじゃない。
さらには、黒竜は荒く駆けた。
そのせいで、その大きな足が廃教会のボロい木の床を
そのホコリ、そして、それを照らすロウソクの光。
この二つのお陰で、赤憑きは黒竜が握る何かが宙を斬るさまを
「透明な武器……」
宙に舞うホコリを裂き、
動きからして、長柄のポールアームや槍ではない。剣だ。
それを黒竜は軽く両手で握っていて、長いリーチを活かすように思いっ切り振っていた。
――推測:両手グリップの軽く長い剣。
「ロングソード・タイプカルヴェ」
分析をもとに、赤憑きは黒竜の見えない武器の形をイメージする。描き出す。
それは……最初の勇者、ナノカ・オンディーヌが命名した武器だ。
斬ることに特化したロングソード。
全長は約110セルト (※111センチメートル)。
握り方からグリップの長さは30セルトくらいだろうから、刃の長さは90~70セルトだ。
この長さだと後ろに下がっても避けきれない。
ならば――
赤憑きはわずかな合間で分析を終えると、その脚を開き、上半身だけを後ろに倒す。
そして、その体の柔らかさで攻撃を避けた。
「へえー……初めてで避けるとは、やるでござる」
「……こんなの何てことないだろ」
「ええ……? 竜さんの武器は見えないのござるが」
「ああ、うん。見えなかったな」
「それを避けたのに何てことないなんて……強がりでござるかな?」
「強がりじゃねーよ」
赤憑きは一歩横へ、長筒の落ちている位置へとステップを踏む。
「いくら凄い武器を使ってもさ、
「……舐めてんのか?」
バカにされて、黒竜は一歩下がる。
その後、見えないロングソードを掲げる。
右斜め上へと。
少年へと斬り下ろし、叩き斬る為に。
「ほら、すぐにカッとなる」
そんな黒竜をさらにバカにして笑った後、赤憑きは転がる長筒を足に乗せる。
それを蹴り上げ、右手に掴む。
次に、長筒を持ってその“見えない武器”に向かい、長針を発射する赤憑き。
長針に繋がる銀の糸を、黒竜の武器に絡めつける。
「こんな糸でセッシャの動きが止まるとでも?」
構わず、武器を振り下ろし始める黒竜。
その瞬間、赤憑きは勝ちを確信した。
そうすれば武器の正体が何であれ、後はどうとでも出来るのだ。
そう考えて、赤憑きは歯を剥く。
勝った――と笑う。
だが、それは明らかな油断だった。
「――
黒竜が大きな身体の癖して、割と高い声を上げる。
すると、それを合図にして、変化が起こった。
武器に絡まっていた銀の糸が解けたのだ。
いや、違う。武器自体がそこから無くなった。
――刃の長さが変わった? いや、形全体が……?
見えないだけでも厄介なのに。
形を変える武器だなんて。
「
黒竜が詠唱を口にする。
その後の刹那、ろうそくの炎に照らされ、黒いロングソードが見えた。
そして、すぐ宙へと掻き消える。
黒竜の見えない武器……
その形がロングソードに戻った。
そう悟った赤憑きは、瞳を閉じる。
死を覚悟した。
既にその時の黒竜の腕は、赤憑きの間近にまで下ろされていた。
もう少しで頭に当たるギリギリにまで。
つまりは、黒竜の長剣もそこまで迫っていたのだ。
「……ッ!」
もう回避するには遅すぎる。
赤憑きは自分の術式を過信しすぎた。
そのせいで、避けようともしていなかったのだ。
まぶたの裏に、あの日の光景が浮かぶ。走馬灯。
優しく見守るアレスと、はしゃぐ僕と――
「イヴァ……」
その名前を呼ぶ、赤憑きの声。
消え入りそうなかすれ声。
それに呼応して、彼の右手が真っ赤に輝く。
少年はその包帯まみれの右手、細腕一本で……
黒竜の見えない武器を掴み止めた。
「何……だ……?」
右腕に巻かれた包帯が剥がれ落ち、光る肌の上に赤黒い入れ墨の影が浮かぶ。
その影は、まるで少女の顔だ。
「ねえ、おじさま」
言葉を口にする赤憑き。
その表情は、もはや別人のモノだった。
「あんまり、赤憑きをイジメないでよ」
そいつは不気味にククク――と笑った。
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