第20話  炎を消すな。


時が経ち、日も暮れて……

ろうそくの火に囲まれ、ゲスの群衆に囲まれて。

戦闘の準備をする赤憑き。

その向かいの少し離れた位置に立つのは、サーベルを持ったハイエルフ。灰色ネズミ。



「へえ」



白ウサギは帰って来るなり、その惨状を見ると、悪い笑みを浮かべた。

彼女は群衆を掻き分けて赤憑きの背後にまで寄り、彼に囁きかける。



「何か面白……面倒なことになってるね、赤憑き」

「言葉を選んでくれてどうも、白ウサギ。殺すぞ」

「おお、怖いね。でも何があって、こんな事に?」

「それを一番知りたいのはボクだ……ん?」



視線を感じて、赤憑きは前を見る。

すると何故だか、ネズミがこちらをじっと見つめていた。



「何だよ、ネズミ! 怖くなったか?」

「別に」

「何だってー!?」

「……赤憑き氏ー、アレをチギられる覚悟はいかがッスかあ!」

「アレって何……?」



白ウサギはその二人のやり取りを見て、一瞬見せたことのない表情をする。

ほら穴のように暗い瞳を。



「ホント……何があったんだろうねえ」

「……? 何て?」

「何が何でも、勝てって言ったんだよ」

「お、おう……」



灰色ネズミと赤憑きは、それぞれ一つの武器……

一つの攻撃手段をそれぞれ手に持ち、フィールドで至近距離にて向かい合う。

フィールドといっても長椅子で囲まれただけの空間だが、ともかく二人は向かい合う。



「今更ッスけど……闘技のルールはご存知ッスか」

「決闘と同じだろ。対等な手段を使って殺し合えばいいんだ」

「その通り。でも、赤憑き氏は本当にその武器だけでいいんスか?」

「いいんだよ。お前が魔法を使わずレイピアだけを使うなら、ボクはこの長筒だけでいい」

「それで、対等ッスかね……? 本当に?」

「対等だよ。魔法を使わない、魔法使い相手なら」

「ははーん、あーしを舐めてるッスね? 赤憑き氏」

「お互い様だ。悔しかったら魔術で対抗してこい」



赤憑きはわざと灰色ネズミを挑発した。


挑発して彼女に魔術を出来るだけ多く使わせたい。

そういう考えの元でのアプローチだ。



「あー……それ無駄ッス」

「は?」

「そういう小細工のことッス」



灰色ネズミは、チッチッチッ―と人差し指のない右手を振る。



「そうやって煽って、あーしに魔術をたくさん撃たせれば移植者パラスティクスとしての特性をもっと分析できる……そう考えてたんスよね?」

「……まあな」

「やっぱり。赤憑き氏は頭いいッスね」

「何だよ、急に……」

「それだけ頭がいいのなら……“本当は”聞いたことあるんじゃないスか? 移植者について」




オリバー・シルフ暗殺の後。

雨の降るニンフ通りで、赤憑きが白ウサギに話したセリフ……その中でその単語は既に登場していた。


『だから、どの勇者だよ。四大貴族の誰かなのか? それとも不適合者フェイラーズ? あるいは““移植者パラスティクス””とか?』



つまり赤憑きは、灰色ネズミと会う前から、すでに移植者の存在を認知していた。




「“暗殺者アサシンが知っている情報でも、まず、対象ターゲットの口から喋らせる。”そうすることで――」

「“そうすることで、対象ターゲットは自らの秘密をも躊躇ためらいを捨てて暗殺者アサシンへと話し出す”」

「確か、交渉術の基本ッスよね」

「そうだ。そして、その交渉術をボクはさっきまでお前に使ってた」



赤憑きは年頃らしく、罪悪感を覚えた。

だから、謝罪をする。

その年頃の“普通の少年”がそうするように。



「だから……ごめん。ボクは移植者について、その“存在すら知らないフリ”をしていた」



サッと少しだけ頭を下げる、赤憑き。

観客に気付かれないように、灰色ネズミにだけ伝わるように。

そうして、すぐに少年は頭を上げた。



「ボクは嘘を吐いた。これから、辛いことを聞こうって相手に対して」

「……んー。嘘って言ってもね」



灰色ネズミは困った顔をする。



「どうせ赤憑き氏が知ってた事なんて、“移植者が存在すること”、それと巷の“噂話”がちょろっとッスよね」

「そうだけど……」

「だったら、そんなのは気にしなくていいッスよ。そんなの四族殺しをやってたら自然と耳に入る情報ッス。だから、あーしも知ってるんだろうなって、予想できた」

「……でも、ごめん」



ちっぽけなことで謝られ続けたので、灰色ネズミは首を傾げる。



「なんで、そんなに謝るんスか? こんなことで」

「だって、ボクはから」



その一言を聞いたハイエルフは口の端を歪ませた。


――正しくなかった……って。




『おいしいって言エ』


あの日、そのハイエルフは


それから多くの月日が経ってから……

ある日、勇者の子孫を殺し続ける暗殺者の話を聞いた。


彼の話を聞けば聞くほど、彼に興味を持った。

その興味は、実際に彼と会って、彼の魔術を見て、別のモノへと変わった。


彼なら、私の×××を分かってくれるのかも、という希望に変わった。

それなのに――




「ふへへ……赤憑き氏は悪くないッスよ。だから――」



灰色ネズミは朗らかに笑って……

そのサーベルを振り上げ、すぐに振り下ろし……

――赤憑きに向かい斬りつける。



「そんなに悪いって顔しないで」

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