第19話 赤憑き vs 灰色ネズミ


自分のことをニセ勇者……

移植者パラスティクスと呼んだ、灰色ネズミ。

彼女は、指で挟んだチーズの欠片を、自分の目の前に持ってきて……


その次に、赤憑きへと放り投げた。


宙を舞う、チーズの欠片。

それを難なく右手でキャッチする赤憑き。

その顔に、驚きの色はない。



「何だよ。言っとくけど、ボクはチーズが嫌いだ」

「子ども舌ッスねえ……」

「……で?」

「で? ……って?」

「お前がニセ勇者で、移植者なのはわかった」

「はいッス」

「で、そこからの説明は? そこで終わりじゃないんだよな……?」

「……もちろん。ちゃんと説明するッスよ。でも、その前に――」



ネズミの言葉を遮り、ひと際大きな怒号が上がる。

2つも。



「このケダモノが――」

「いい加減に――」



その2つの怒号は、殴り合い、殺し合っていた、あの猫耳の女2人からだ。

獣人2人が怒り、叫び、声を重ねていたのだ。


そして次の瞬間――



「「死に晒せッ!」」



――拳がクロスして、互いの頭を吹き飛ばす。

さすがは獣人。超常的なパワフルさ。


首のない2つの肉塊が倒れて、その後に声が響いた。



「次、あーしらが戦うッスよー!」



甲高い感じの、どこか癪に障る声。

それは紛れもなく、灰色ネズミの声だ。


猫耳女2人を囲んでいた群衆が、ススだらけの顔を一斉に、声の主へと向ける。



「はあ!? おまっ……! おま! はぁああッ!?」

「どうしたッスか、赤憑き氏……? 頭大丈夫?」

「それはこっちのセリフだ!」

「ほらほらー、声抑えて? 今は内緒のお話中ッスよ」

「だったら、何で目立つ真似すんだよ……!」

「え。あーし、言ったじゃないッスか」

「何を……!?」

「説明は飽きちゃう」

「飽きちゃうって……」



まだネズミは、ほんの少しくらいしか、説明らしい説明をしていない。

ひとこと二言ふたこと……多く見積もっても、三言みことくらいしか説明していない。


それなのに、飽きただなんて――



本気マジか!?」

「マジっスよ。だから……屍よコルガ



灰色ネズミは右手を掲げ、空中につるぎを作り出す。



「戦いながら、説明するッスよ」



夕陽の光を受け、青く輝く、半透明の片手剣……

片刃のサーベル。

その曲がった刀身は長く、鋭く、その籠状のツカには草の冠の紋章があしらわれている。


そんなワザ物を作り出し、左手に取って、ネズミは軽く振るった。



「これなら飽きない」



素っ頓狂な提案に、激しく首を横に振る、赤憑き。



「いや、メチャクチャだから、それ」

「どこが? 完璧な説明方法ッスよね……戦いながら説明って」

「そんな事したら、話し声が周りに聞こえるだろ」



その返事代わりに、ネズミは観客の方をサーベルで指し示す。



「おいおい、連戦か。こりゃ見に来て良かった!」

「しかも、あの女、エルフだ……それも上物ッ!」

「それに、その相手は子どもと来たもんだ。最ッ高の泥試合が見れるぜ」

「早くフィールドに来いよぉ。ほら、早く血を撒けッ! れッ!」

「「「「殺れッ! 殺れッ! 殺れッ!」」」」



次の餌を――と、獣と化した観客は口々に叫ぶ。

彼らは汚い足で木製の床を踏み鳴らし、

さらに地響きみたいな音を立てる。


その凄まじい音が合わさって、廃教会の中でこだましていた。



「こんな大歓声じゃ、こっちの声なんて聞こえないッスよ」

「でも……」

「それに、闘技フィールドの真ん中で戦えば、観客からの距離もあるんスよ、ココ。ひそひそ声が聞かれないくらいには、ね」

「お前……最初から、このつもりで来たな」

「ふふん、刺激的な殺し合いするッスよ」



赤憑きはさっき、自分が言ったことを思い出す。


『“刺激的な殺し合い”を見せて、下水道でのことを有耶無耶にしようと……』


まだ、ネズミは誤魔化すつもりか。

赤憑きはそう考えて、眉をひそめた。



「もしかして、逃げるッスか?」

「いいや……受けて立つ」

「そう来なくっちゃ」

「お前こそ逃げるんじゃねーよ。色々と」

「別に、逃げないッスよ。だって……」



そう言いつつ、灰色ネズミは目を細める。

その頭をよぎるは、あの時のこと。


『掃除してやるよ、ゴミ』


――あの時。

下水道で赤憑きは、敵の兵士にを掛けて殺していた。


ネズミが胸を貫かれ、動けなかった時のことだ。

それでも彼女の目は、その様子を観察していた。


赤い精霊反応光スピリッツ・リアクト、黒い泥となる肉体――




「あーしも気になることがあるので」

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