第18話 アイを隠す、小さな動物。


「ボクなら、もっと上手く騙す」



赤憑きは、灰色ネズミの目を正面から見つめた。


瞳の濡れ具合、瞳孔どうこうの開き具合。

それは揺さぶりをかけたのに変わっていない。今の所は。


ならば、また違うアプローチを――



「……いや、もっと上手く“誤魔化す”だろうな」

「んー? ふへへ、何のことやら」



灰色ネズミは、不自然な笑顔を浮かべる。


――やっぱりだ


顔の上、貼り付いた笑顔。

それが何かを隠している。

その何かに、すぐ赤憑きは気が付いた。



「聞かれたくないんだよな、自分のこと」

「……」

「だから、お前は、刺激的な殺し合いを見せて、下水道でのことを有耶無耶にしようとした。それこそがここへとボクたちを連れて来た理由だ……だろ?」

「へへ……バレちゃった。でも、それだけでもないかもッスよ?」



そう言ってから、灰色ネズミは視線を落とし、自分の両手首を見た。


手首と手首……合わせられた、その白い柔肌には、何者かに強く抑えつけられた跡が残っている。

その痛々しい黒色を見て、赤憑きは声色を変えた。

少しだけ。



移植者パラスティクス……そう言ってたな。敵の騎士」

「あぁ……気遣いとかないんスね」

「……当然だ。ボクは命を懸けようとしてる。それも今回はボクの命だけじゃない。だから、なるべく危険リスクになり得ることは知っておきたいんだ……」



セリフを言いながら、赤憑きは目線を落とし、自分の右手首のほつれかけた包帯をイジる。



「悪いけど、今は女の子を気遣ってなんかいられる余裕がない」

「ふーん……女の子……ね。でもでも、赤憑き氏。一回は気を遣ってくれたッスよね?」

「そんな事あったか……?」

「あったッスよ。初対面の時――」



赤憑きの顔を覗き込む、灰色ネズミ。

彼女は銀色のまつ毛を二回閉じて……少年へと笑いかける。



「髪の色のこと、掘り下げないでいてくれた」



今までとは何かが違う、朗らかな笑顔。

それが眩しくて、少年赤憑きは思わず目を逸らす。



「やっ、えっと……あれは別に……」



赤憑きは言い訳をして、灰色ネズミの方を再び見て、言葉を詰まらせる。


まさにその時、彼女が大きく口を開け、串に刺さった肉を全て喉の奥に落としている所だったからだ。

赤憑きの返事に、もう興味なんて無さそうに。



「んん~! うーまっ! まっ、あーしには必要ないんスけどね。気遣いなんて」

「そうかよ……なんかドギマギして損した」

「ドギマギ? なんで……?」

「~ッ! 忘れろっ! 言葉のアヤだ!」



狼狽える赤憑きの様子に、ネズミは首を傾げる。

そんなネズミの様子に、赤憑きはため息を吐いた。



「……で?」

「はいッス?」

「聞かせろよ。その……ゆっくりでいいからさ」

「へへ……全部は無理ッスよ」

「いい。必要なとこだけでいいから」



ネズミは、座りながら足をバタバタとさせる。



「それに、ゆっくりってのもちょっと……」

「ちょっと?」

「飽きちゃう」

「え」

「説明、退屈だし」

「……そこは頑張ってくれよ」

「まあ、あーしなりに、ってことで」



灰色ネズミは、手に持ったボロボロの聖書を開いて、その上でローブの袖を振るう。

すると、袖の中からチーズの欠片が3つ出てきて、羊皮紙の上を転がった。



「んーっと……現在のこの王国には、3種類の“ニセ勇者”がいるッス。四大貴族、不適格者フェイラーズ……」



チーズの欠片を一つずつ……

左手の人差し指で指差していく、灰色ネズミ。

一つ二つと指差して、三つ目の前で指を止め、一つの欠片をつかみ取った。



「そして、移植者パラスティクス。これが――」



チーズの欠片を自分の顔の目の前まで持ってくる、灰色ネズミ。



「あーしのこと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る