ウェディングドレスと竜の牙

第17話 殴れ、ケモ耳。


ノースリーブのボロい中着だけを上に着て、露出した火傷だらけの左腕を包帯まみれの右手でさする。


そんな風にして、寒そうな少年、赤憑きが長椅子に座って、眺める。

その視線の先――



「お前の目ン玉、えぐって潰すッ……!」

「お前は、腸をぶちまけやがれッ!」



頭部から獣の耳を生やした、亜人種の一つ、じゅうじん

起源を3000年前まで遡ると言われる、魔族の末裔。

超常的な身体能力と精霊並みの知性をあわせ持った、気高き種族……


そう伝えられ、敬われていたのは、今や遥か昔。

獣人の栄光は影も形も、もうどこにもないらしい。


群衆の中、血しぶきが上がるのを見て、赤憑きは口を尖らせる。



「いいぞ、いいぞ。痛め付けろ!」

「もっと殴れ! 殴り倒せ!」



かつて焼かれ、捨てられた廃教会。

その中全てを震わせる、ゲスの歓声。

焼け焦げた十字架を背に、小汚い集団がはやしたて、女二人を囲んでいた。



「グッ……アッ……!」



囲まれた女の一人は、肩に掛かる長さの金髪、緑色の瞳をしている。

囲まれた女のもう一人は、乱雑に切られた短く青い髪、青い瞳をしている。


そして、その女二人が二人とも頭の側面から猫の耳を生やしていた。


猫耳ネコミミを生やした、気高き獣人。その女二人が――



「くたばれッ……このアマ!」

「倒れろ! クズ野郎」



死に物狂いで顔面を殴り合っていた。

頬を血で汚して、目の周りを青く腫らして。


お互いの襟首を掴んで、逃げられないようにした猫耳女二人が、血の滲む握りこぶしを打ち合う。

その醜き争いを、赤憑きはただ眺めていた。

しかめっ面で。



「わー、やってるッスねえ……ああ、白ウサギ氏は、ちょっとお花を摘みに行ってくるらしいッス」

「えーっと…… ?」

「……トイレのことッス」

「あぁ、そう……」



ボロボロの精伝せいでん聖書せいしょ、それと妙な灰色の肉を刺した串を手に持ち、赤憑きの隣に座りながら、至って普通な感じで会話するハイエルフ。灰色ネズミ。


惨状の前なのに、彼女は真顔だ。

心ひとつ動いていないみたいに。


あの時もそうだった――


『そんなに痛いんスかね……?』



彼女はおかしい。明らかに他と違う。

“感情の出し方がわからない”――とか、そういうレベルの話じゃない。

もはや感情が……いや、感覚がないのかもしれない。


――だけど、なら……あの出会った時の発言は……


『……ハイエルフの図面引き。“好きな”ものは…………』



赤憑きは真剣な面持ちで、灰色ネズミに直接質問を投げかけようとする。



「灰色ネズミさ……灰色ネズミ、あの時は……」



まだぎこちない、人見知りの赤憑きの呼びかけ。

それに呼応して、再びこちらを見たネズミ。

彼女は灰色の肉の串を咥えている。

咥えて、すごくモグモグしている。



「んーんん」

「だから、なんで……」

「んんー?」

「……おま……あなたは……」

「んー、ん-んんん!!」

「……あーもう! 何なんだよ!?」

「ん……ふぁにが?」

「あの殴り合いだ! 何なんだよ……!?」



面倒臭くなった赤憑きは、猫耳女二人の殴り合いを指差す。



「んぐっ……あれはキャットファイト……ッスよ。にゃんにゃんっ」

「どう見ても殺し合いだろ。ギャンギャン。てか、食ってんじゃねえ!」

「ふへへ」



灰色ネズミは一度笑顔を見せてから、目を細める。


その目……その瞳の色は、下水道で彼女が蘇った時とはもう違っている。

あの時の白から元の青へと戻っている。



「……まあ、あれは娯楽ッスよ。娯楽。主に下の身分カーストの者にとってのね」

「娯楽……ねえ」

「相手を殺すか、降参させれば、“選手”は賭け金の半分をガッポリ貰える。観客には代金の分の刺激をキッチリ見せる……どうッスか? 上手いやり口ッスよね」

「そうだな。刺激的なモノは分かりやすく目を引く。その特性は利用しやすい武器だ。だけど――」



赤憑きは、灰色ネズミを真っすぐと見通す。



「ボクなら、もっと上手く騙す」

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