くっころ令嬢-5

第16話 変態――メタモルフォーゼ


『……何だ、そうだったのですね』



小さな魔獣用のケージの中で、象牙の彫刻のように綺麗な女が涙をぬぐう。

長い銀の髪に長い両の耳を持つ、その女は“自分の”言葉で呟いた。



『これは夢だ』



彼女が着ているドレスは灰とスス、若干の血にまみれている。

その若干の血は、右手の人差し指をナイフで切られた時に出た、彼女自身の血だ。



『ほおをつねっても痛くない……何も感じない。という事は、わたしはまだ夢の中なのです』



――カーンッ


ケージの鉄格子の鉄の棒を、緑色の顔の男がマッチ棒みたいな腕で叩いた。

少女はその音で顔を上げる。

男の下卑た笑顔。遠くには、焚き火のほのかな灯りが見える。



「おいおい。ハイエルフさま、また泣いてたのかよ」



緑顔の細い男は、自分の持っている木のボウルを耳の長い女へと差し出す。

その女はボウルを受け取ると、その中身へと視線を落とす。


中身は灰色のクリームシチュー。

具は全てドロドロに溶けて、形を残していない。



「ほら、今日の分。ほら。いつも通り、勇者さまからの特別な“材料”入りだぜ」

「……何を入れタ……の?」



慣れない人間の言葉で、耳長の女は緑顔の男へと聞く。



「昨日も吐くほど味わったろうが。“リンゴ”だよ」

「……」

「今日もコレを、おいしいって言えよ。そんで食べて見せろ。あれ良いんだ、ちょうど酒の肴に」

「……そうなんデス……か」

「はあ? 何がそうなのですか――だよ。本来なら、スプーン一杯で内臓ズタボロなんだぜ?」

「それが……」

「そう。それが亜人種の特権として生まれた、お前の最期って訳」



冷酷非情で無慈悲な言葉。

耳長の女が正常ならば、また泣いてしまうところだっただろう。

だが、今は違う。女は違うモノに変態していた。


彼女は背後にボウルを持った手を回し、隠し持っていた“リンゴ”と書かれたラベルの瓶を傾け、密かにその中身に毒を混ぜる。


変わらない苦痛はもはや刺激などではなく、すでに慢性化した日常だ。

彼女にとってはそうなのだが、この緑の顔の男にとってはどうなるのだろう。

気になっていた。まだ、自分と彼は同じ生物なのか。



「聞こえなかったか? お前はもう最期なんだ、シンディ」



笑う男を見て、耳長の女は抱いた興味をさらに深くする。



「……それが……どうしたというのデスか?」



無機質な石像のような顔が、その顔には張り付いていた。

その異質さに気圧されて、緑顔の男は後ずさる。



「……逃げない……デ」



少女は灰色のシチューを口に含み、男の頭の後ろに腕を回す。



「おまッ……何を……」

「おいしいって言エ」



口と口を合わせ、口移し。少女は男の中に毒を流し込む。

致死量を超える毒を飲まされ、口と口の接合部から男の泡が漏れた。


これだけ多いと、即効性もバツグンなのだそうだ。

少女は自分を捕まえた、戦士たちの会話を盗み聞いていた。



「答え聞きそびれマッシタ。どんな痛みだった……のカ」



残念そうに言ってみるも、残念という感情は胸の内に湧いてこない。

何も無くなってしまった。


それでも演技はできるはずだ。



「わた……? わ、わタ……アタ……? あた……」



ハイエルフは死体に向けて、笑顔を作り出す。



「……がそっちに行ったら教えて……ッス」

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