第21話 真剣の殺し合い。


「そんなに悪いって顔しないで」



その言葉が空気に消え入るより前に、サーベルの刃がその空気を裂いた。

そのまま灰色ネズミがその刃でサッと斬りつける。


上からの振り下ろし、斬撃。


その攻撃を、赤憑きは左手に持ち替えた長筒……

その頑丈な針で受け止める。


灰色ネズミがサーベルを持つ手……

その手首を右手で掴み、彼女の攻撃の威力を最小限に抑えながら。



――キィンと金属音がして、火花が散る。

それから二人の顔が近づいた。



「くッ……“悪いって顔”だ? 何だよ、それ!」

「自分だけが悪いんだって顔。赤憑き氏が…………さっきまでしてたヤツっス……よ!」

「そんなの……ッ……してねーよッ!」



人目を気にせず、叫び合う二人。

観客がいるのもお構いなし。

もはやこれでは、ただの真剣勝負だ。



「クソッ……」



赤憑きの長針と、灰色ネズミのサーベル。

その二つの刃が合わさり、二人はつば迫り合いぜりあいの状況になっていた。


純粋な力と力の押し合い。

いくら手首を掴んでいるとは言っても、こうなっては体格の大きい方が有利だ。



「……押されるッ!」



少年である赤憑きの方が、圧倒的に不利。

筋力的にも、ネズミの方に軍配が上がる。



「まだまだいくッスよ……!」



体格差と筋力のアドバンテージ。

これをネズミが利用しない訳がない。

ネズミは静かに片足を前に踏み込み、サーベルの刃へと全身の体重をかけ始める。


ネズミよりも背の低い赤憑きを、上から押さえ込むようにして。



「ぬあッ……!」

「……さっき」

「はあ?! さっきって……?!」

「さっき赤憑き氏は言ったッスよね。“正しくなかった”って」

「事実だろうが! ……ボクは誠意を欠いていた」

「“誠意”……赤憑き氏ってバカなんスか」

「なっ!? さっきお前、頭いいって!」

「冗談ッスよ」

「お前……覚悟しろよ?」



赤憑きは右手の指で筒の底を叩く。

そうして一時的に、長針を筒の中にしまった。

さらに、掴んでいたネズミの手首を離す。


こうすれば、長針を押すサーベルの刃にほぼ全体重を乗せていたネズミは、その重みの支えを突如として無くし、よろけるはずだ。



「およっ……」



実際、ネズミは体勢を崩した。

前に身体を倒しそうになった。

だが、それは一瞬だけの事だった。



「やっぱバカだ」



倒れそうになったネズミは、踏み込んだ足を捻り、力の流れを変えた。

自分が倒れる……その運動の力の方向を変え、上手に身体をクルリと回したのだ。


その力を右脚に乗せて、そのまま彼女は赤憑きの頭に向けたハイキックをする。


ネズミは武器による攻撃ではなく、自らの脚を使い格闘攻撃をしかけてきた。

間違いなく意表を突く、一手だ。



「……誰がバカだって?」



その一手、その攻撃を前にして。

赤憑きは一歩下がり、間合いを取ってから……

――右手で軽くいなし、受け流した。



「バカのクセに、なかなかやるッスね……!」

「まだ言うか!」



サーベルの刃を左右に振り回して、まだまだ斬撃を続けるネズミ。

それにまだまだ罵倒を続けるネズミ。

そんな彼女の攻撃を全てかわし、今度は赤憑きから仕掛ける。



「とぅりゃあッ!」



赤憑きはネズミの股下にスライディングで滑り込み、アキレス腱を狙う。

下水道でも見せた攻撃手法だ。


ネズミは上にジャンプして、その攻撃を回避する。


彼女は回避して、着地後の振り返り様、起き上がる赤憑きへとサーベルで下から斬り上げる。

それに対し、赤憑きは身体をらし、その刃が顎下に当たる寸前で避けた。



「っぶねーぞ、バカエルフ」

「ふへっ……バカって言うな」

「お前が言うな」

「だって……赤憑き氏は大バカっス。“正しさ”なんて気にして」

「気になんかしてねーし……!」

「暗殺者が正しさなんて気にするべきじゃない」

「……」

「それじゃ、いつしか自分で、自分を追い詰めることになるッス」



赤憑きは返事代わりに頭を振って、長針を構える。


互いとの一定の距離を空け、弧を描き、歩く二人。

刃を向け合いながら、互いの隙を突こうと伺う。

周りの空気がピンッと張り詰め、観客も思わず息を呑む。


そんな中で灰色ネズミは赤憑きに対し、急に走って距離を詰めてきた。

それに向かって身構える赤憑き。



「……ッ!」



そして、灰色ネズミは――


そんな赤憑きに何もしなかった。


至近距離から彼にだけ聞こえる小声で……

ただ、彼女はささやいたのだ。



「あーしはね」



灰色ネズミは優しげな口調で続ける。



「皆の正しさを守る為に、移植者になったんだ」

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