第22話 移植者と、マッチョの変態。



「あーしはね……皆の正しさを守る為に、移植者になったんだ」



そうささやいてから、灰色ネズミは再びサーベルを振るう。

赤憑きがその刃を再び長針で受け止めて、またもや鍔迫り合いの形になった。形の上では。


実際はさっきのとは状態が違う。

今度はただ刃を合わせているだけだ。

二人はあまり刃に力も掛けずに、鍔迫り合いのフリをしていた。


少しは落ち着いて、内緒の話をできるように。



「……赤憑き氏は、移植者パラスティクスについて知りたいんスよね?」

「ボクは……お前が持つ、そのリスクについて知りたいだけだ」

「あーしのリスクを知りたいのなら、なおさら移植者を知る必要があるッスよ」

「だよな。だから、話してほしい。聞いてるから」

「そうッスね……それじゃあ――」



灰色ネズミは、赤憑きが長筒を持つ腕を掴み――

そのまま押し倒す。



「おいおいおいおいい!」



間抜けな悲鳴を上げて、倒れる赤憑き。

床に叩きつけられた衝撃で思わずその目を閉じる。

衝撃で、その手からは長筒が落ちた。



「赤憑きッ!」



少年を心配するような白ウサギの鬼気迫る声。


その声にハッとして赤憑きは、目を開ける。

すると、灰色ネズミの顔がすぐ近くにあった。

息が掛かるほど近くにあった。



「おい……」

「なーに?」



上に乗った灰色ネズミは、髪を垂らして赤憑きの顔を覗き込む。銀のカーテンで視界を遮る。

その震える左手で、サーベルの刃を赤憑きの首へと当てながら。



「ひそひそ話しやすいッスよね、これなら」

「んな訳あるか」

移植者パラスティクスってヤツは……実験動物なんス」

「……実験動物って何だよ?」

「おっ、食いついたッスね」



灰色ネズミはさらに顔を近づけていく。

彼女の瞳に赤憑きが映って……。

もうすぐ唇と唇が当たりそうだ。



「“魔力源マナ・ソースたる自身の“心臓”と“肝臓”から魔力を得て、それを“脳”で編み込み、その魔力を“呪文”で縛り上げ、正しい術にすること”」

「……何じゃそりゃ」

「魔術の基本原理……魔術基礎理論クリエイト・セオリーッスよ。学院で学ばなかったッスか?」

「学ばねーよ。貴族じゃあるまいし」

「……はは。それもそうッスか」



灰色ネズミは顔を近づけるのをやめ、少しだけ距離を取った。

そして、視線を赤憑きから逸らす。



「“内臓を源にして、脳で術を組み上げる”」

「はあ……」

「これが基礎。そして、勇者のスキルもこの原理で動く」

「勇者も……?」

「そう、勇者も。大精霊による転生体――勇者は、内臓自体が特殊。だけど、そのスキルの発動方法は、基本的に魔術の原理セオリー通りなんス」



赤憑きは、灰色ネズミの話を聞きながら、横目で落ちている長筒の位置を確認した。

落ちているのは、木製の床の上……手を伸ばせば、届く位置だ。



「そして移植者は、勇者の原理を複製コピーしている」



その一言に、赤憑きは長筒へと伸ばす手を止めた。



「複製って、どうやって……?」

「勇者の特殊な内臓を複製するんス。そして、“元の”内臓と替える」

「は、まさか“移植”者って……」

「そう。そうすることで、勇者のスキルや特性をコピーするんス。あーしの場合は痛覚遮断アナステジア超回復リセーション

「そんなこと、可能なのか……?」

「ええ。一部の“特殊な体質持ち”にだけはね」

「特殊な体質持ち……?」



突然、観客がざわめき出す。

その中の一人が闘技フィールドに入ってきたのだ。

だが、二人は気づいていない。

話に夢中になっていた。



「……あーしには特殊な血脈けつみゃくがあった」

「ハイエルフだからってことか……?」

「そのハイエルフの中でも、とりわけ特殊だったんス。だから、アップルビー女王も――」



そのセリフを言い終えるよりも先に。

瞬間、灰色ネズミの顔がやわらかいボールのように歪む。

そして、彼女は体全体をバウンドさせて場外にまで吹っ飛ばされた。

ぶん殴られたのだ、正体不明の大男に。



「はいっ、失礼ッしっまーすッ!」



その大男の恰好は、例えて言うなら変質者だった。

もっと言うなら――



「ヘンタイだ……」



そいつは、白いウェディングドレスをぴちぴちと着て、トカゲみたいな尻尾を生やした……

ムキムキマッチョの変態だった。

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